ミストラル制圧作戦の会議に参加するため、宮廷を訪れた私とミル。
 すでに宮廷内部――舞踏会などで使われる大広間には多くの魔術師たちが集まっていた。
 私たちの他に魔術学園の制服を着ている人たちもいて、赤色の差し色からもわかる通り全員三年生である。
 とりわけ戦闘経験が豊富で実績のある三年生を招集して、今回の作戦に協力してもらうことになっているのだ。

「三年生って確か、全員襲撃隊じゃなくて防衛隊の方に加わるんだっけ?」

「はい、その分襲撃隊の方に腕利きの国家魔術師たちをたくさん回せるので、そういう采配になったとか」

 確かにこれだけ多くの国家魔術師たちを、防衛隊の方に割かずに襲撃隊に加えることができたら頼もしい戦力になる。
 その分、手薄になってしまう王都の防衛を学生たちに任せることによって、磐石な布陣が完成されるということだ。
 一部の話によれば、もし襲撃隊に加えて学生側に大きな被害を出してしまった場合、国家魔術師側の体裁が悪くなるため後ろに控えさせたという噂も。
 あくまで防衛隊は、ミストラル側が土壇場で魔獣侵攻の魔道具を使った時の保険という立ち位置だし、戦闘そのものが行われない可能性も高いから。

「そういえばミルの他にいる特待生さんたちは? 実力的に国家魔術師の人たちと遜色ないって聞いてるけど。ほらあの、星華祭でも注目されてた生徒会長の……」

「三年特待生のクロスグリ・トラヴァイエ先輩ですね。それとその弟さんの、二年特待生のカラント・トラヴァイエ先輩は、お二人とも防衛隊の方に加わるみたいですよ。この前学園長さんのお部屋に三人で呼ばれて、私はそう聞きました」

 そんな話をしている時、タイミングよくそれらしい人影が三年生たちの集まる場所に見えた。
 背の高い黒髪ショートの綺麗な女子生徒。
 同じく黒髪ショートの血の気の薄い男子生徒。
 華やかな印象のある女子生徒に比べて、前髪で目元が隠れている男子生徒は暗い印象を受ける。
 あれがクロスグリ先輩と、その弟のカラント先輩か。
 弟さんの方は星華祭ではほとんど姿を見かけなかったけど、特待生に選ばれるくらいだから相当の実力者のはずだよね。
 なんであんまり見覚えがないんだろう? 無詠唱魔法の使い手のクロスグリ先輩は、星華祭でも大活躍で脚光を浴びていたのに。

「カラント先輩はとても気弱な性格らしく、特待生でありながら星華祭のほとんどの競技に参加しなかったそうです。足を引っ張って迷惑をかけてしまうことが怖かったみたいで」

「へ、へぇ……」

 堂々としている姉のクロスグリ先輩とは正反対の性格みたいだ。
 しかし実力は確かみたいなので、あの二人がいれば王都の防衛もかなり安定することだろう。
 少なくとも、襲撃隊の国家魔術師たちが王都に帰還するまでの時間稼ぎは充分にできるはず。

「じゃあそろそろ始めさせてもらおうかな」

 そんな話をしている間に、すべての参加者たちが大広間に集まったようで、いよいよ作戦会議開始となった。
 広間の奥に設けられた壇上に、整った顔立ちの爽やかな茶髪男性が上がる。
 歳のほどは二十代半ばくらいだろうか。
 健康的な肌色と、すらっとした体躯を包む貴族風の黒コートからして、かなり出自の良さそうな男性といった風体だ。
 私は遠征任務中の国家魔術師たちを招集する手伝いをしてきたけれど、あの人には見覚えがない。
 彼が壇上に上がったのを見て、魔術師たちは一斉に静まり返る。
 男性はその様子を壇上から見渡すと、咳払いを挟んでから声を響かせた。

「初めましての人は初めまして。俺は国家魔術師のヴェルジュ・ギャランだ。もし名前を知らない人がいたら、これを機に覚えておいてもらえると嬉しい」

 その名を聞き、何人かの魔術師が驚いたように息を呑む。
 同じく私とミルもハッとなって、思わず互いに顔を見合わせてしまった。
 さすがに魔術師の中に、この人の名前を知らない人はいないだろう。
 私だって知っているくらいなのだから。
 国家魔術師の指標である『術師序列』。
 その“頂点”に十年近く居座り続けている、歴代最高傑作とも謳われている紛うことなき天才魔術師。
 それでいて魔術国家オルチャードの国王であるフェルム・ギャランの血を引く、れっきとした王子様。

 術師序列一位――ヴェルジュ・ギャラン。

 あの人が、現代最強と言われている国家魔術師か。
 彼の登場によって、この場の雰囲気が一気に変わった。
 羨望の眼差しを向ける者、驚愕して固まっている者、嫉妬の念を送る者。
 そして特に多いのが、緊張感を抱いて顔を強張らせている者たちだった。
 ヴェルジュさんの存在感に気圧された、というわけではなく、これほどの人物を招集しなければならない状況だとわかって、改めて緊張しているようだ。

「俺は今回、術師序列一位の立場として作戦の指揮を任されている。こんな機会は滅多になかったから、不慣れな点も何かと多いと思うが、そこは容赦してもらいたい」

 顕著な様子を見せたヴェルジュさんは、みんなのことを一望しながら続けた。

「じゃあさっそく作戦内容の再確認をさせてもらおうと思うが、その前に一つみんなの不安を少しだけ取り払っておきたい」

 ……不安?
 みんなが揃って怪訝そうにする中、ヴェルジュさんは言う。

「これだけ多くの国家魔術師たちが集まっていて、さすがにミストラル側に動きを悟られるのではないかと危惧している者も少なくないだろう。実際、作戦会議前にその危険性について何度か追及されたしな。しかしそこは安心してもらいたい」

 瞬間、ヴェルジュさんの碧眼が、チラッとこちらに向けられた気がした。
 私は思わずビクッと肩を揺らしてしまう。
 向こうは私のことを知っているのか。
 それなら、あのことを言うつもりなのだろう。

「王立ハーベスト魔術学園の学園長アナナス・クロスタータ殿と“一人の生徒”の協力により、王都内に奴らの残党や関係者がいないことはすでに証明されている。学園側に潜入していた内通者を暴いたのも同生徒で、これは確かな情報筋だ。ミストラル側に作戦が漏れる危険はまずないと思ってもらっていい」

 直後、『おぉ』というどよめきにも似た歓声が周りから聞こえてくる。
 隣にいるミルも、その生徒というのが私だとすぐに気付いたようで、感心するような視線を送ってきていた。
 さすがに名指しされることはなかったけれど、こんな風に大々的に公表されるとやはり恥ずかしい。
 国家魔術師の招集の手伝いをする前と招集後に、【我儘な呼び出し(アリアン・シフレ)】で王都の中に残党がいないか確かめさせてもらった。
 また、王都を監視している者がいないか、ミストラルへ情報を横流しする危険因子がいないかも、同じ魔法で事前に確認済みである。
 特に反応がなかったため、その辺りの心配はしなくていいということになった。
 どうやらアナナス学園長さんから、すでにヴェルジュさんにそのことは伝えられているみたいだ。

「じゃあ改めて作戦内容の再確認をしよう。今回の作戦は反魔術結社ミストラルが企てている魔獣侵攻の計画阻止と、組織の制圧となっている。すでに奴らの隠れ家も、内通者であるヒィンベーレから聞き出しているため、俺たちはそこへ可能な限りの戦力を率いて急襲を行う」

 隠れ家の場所はここより遥か南――ファーム王国との狭間にある魔獣領域にて確認されている。
 そこは広大な森林になっていて、厄介な魔獣が住み着いているとのこと。
 近づかない限り害はなく、森には人間側の利益になるようなものがないため、人が寄り付くことはまったくないそうだ。
 そんな名も無き『無益の森』に、奴らの隠れ家が存在している。
 森を隠れ蓑にするように、地下にこれまた広大な迷宮が広がっており、ミストラルはそこを研究施設と隠れ家に利用しているようだ。
 一応、ヒィンベーレからの情報が正確かどうか確認するために、【我儘な呼び出し(アリアン・シフレ)】にて私が実際に偵察を行っている。
 するとそれらしい地下迷宮を見つけたので、情報に間違いはないだろう。

「地下迷宮の入り口は北と南に一つずつある。それを塞ぎながら、奴らを上層から下層に追い詰めていき、一網打尽にするというのが今回の作戦内容となっている。そのため集まってもらった魔術師たちには、これから二つの部隊に分かれてもらう」

 北側入口から攻め入る北部襲撃隊、南側入口から攻め入る南部襲撃隊。
 その二手に分かれて、ミストラルの構成員を一人残らず捕らえるつもりのようだ。

「北部襲撃隊はこの俺、ヴェルジュ・ギャランが指揮を取らせてもらう。反対の南部襲撃隊は術師序列二位のシャン・ギャランが指揮を取る。能力的な観点と連携の取りやすさから、すでに俺たちの方で隊員の割り振りは決めてあるから、配る資料を見てもらってそれぞれの部隊に分かれてほしい」

 そのタイミングで魔術師の一人が、抱えていた資料を皆に配り始める。
 私とミルもそれを受け取ると、隊員の名前と能力、配属される部隊が記載されていて、すぐに自分の名前を探した。

「北部襲撃隊、か……」

「あっ、私もです」

 ミルとそう言い合って、互いに笑みを交換する。
 ミルと同じ部隊でよかった。
 ただでさえ歳の離れた国家魔術師たちに囲まれることになるのだから、仲の良い人が一人いてくれるだけで相当心強い。
 やがて、防衛隊に回る人たちを除いて、国家魔術師たちが北部襲撃隊と南部襲撃隊に分かれ終わった。
 熟練の国家魔術師たちに囲まれながら、私はふと壇上のヴェルジュさんに目を向ける。
 北部襲撃隊ということは、あのヴェルジュさんの指揮に従って襲撃作戦を手伝えばいいわけだよね。
 一方で南部襲撃隊の指揮を務めるのは、壇上の傍らに立っている術師序列二位のシャン・ギャランさん。
 確かあの人は、ヴェルジュさんのお兄さんだったはず。
 だからヴェルジュさんと同じ王族の血筋で、兄ということから王位継承順位一位の第一王子様だ。
 顔の造りや体格は確かに似ている気もするけど、こちらは目つきがかなり鋭い。
 怒ったら絶対に怖い人だ。

「ヴェルジュさんのとこでよかったね」

「そんなこと言ってはダメですよ」

 ミルとこっそりそんなことを言い合っていると、隊員たちの顔の確認を終えたと見て、ヴェルジュさんが再開した。

「じゃあ同じ隊の人たちの顔を見てもらったから、最後に作戦の流れを改めて説明して、作戦に移ろうか」

 というわけで、ヴェルジュさんの方から制圧作戦の流れについて、改めて話を聞くことになった。