王都ブロッサムの宮廷会議室。
 そこには現国王であるフェルム・ギャランと、多くの国家魔術師たちが集っていた。
 長机にかけながらあれこれと話し合いを進めており、時折言い争いになったり怒鳴り声が響いて険しい雰囲気が漂う。
 それもそのはずで、現在は魔術国家に仇なす反魔術結社ミストラルの制圧作戦の会議を進めているからだ。
 とてもにこやかな雰囲気でできる話ではない。
 連中の隠れ家となっている場所も突き止めることができたので、この好機を逃すわけにはいかないと皆が躍起になっている。
 その様子を会議室の窓際に止まりながら、静かに見守っている“フクロウ”が一羽いた。

(な、なんだか大変なことになってきましたね)

 政府が伝書鳩として飼っているフクロウ。
 魔導師マルベリー・マルムラードは、そのフクロウの体を借りながら緊迫した状況を密かに窺っている。
 魔術師としての弟子であるサチの様子を見に、咎人の森から飛び出して来たはいいものの、くだんの星華祭は暴走者が出たことで急遽中止となってしまった。
 せっかくサチが所属している一年A組が優勝できそうという場面だったのに。
 加えて事態は星華祭中止どころで収まりそうもなく、噂に聞いていた反魔術結社との戦争にまで発展しそうだった。

(組織の制圧と、魔獣侵攻の阻止……)

 どうやらミストラルは王都への魔獣侵攻を計画しているようで、それを止めつつ組織の制圧をするのが今回の作戦の目的らしい。
 内通者からの情報によれば、十二年前に王都を襲った『大災害』と同規模、もしくはそれ以上の被害が予想されるとか。
 どうも内通者が自白した内容だと、大災害はミストラルが意図的に引き起こしたものだということらしい。
 まだ確定的な証拠が出ていないため、国家側は訝しんでいる様子だが、その大災害で人生を狂わされたマルベリーは他人事ではない気持ちで会議を見守っていた。

(もしかしたら、今回の作戦でミストラルを制圧して、十二年前に大災害を引き起こしたという決定的な証拠を掴むことができたら……)

 災いの元として疑われた魔導師マルベリーは、咎人の森から解放してもらえるのではないだろうか?
 国民たちは未知の大災害を受けて混乱している中、魔導師という存在を原因として位置づけることで安心を手に入れた。
 だからミストラルから証拠を掴めば、大災害の真の原因がミストラルだとわかってもらえて、魔導師への疑いは解消できる。
 しかし、一つだけ問題が……

(……嫉妬、はどうしようもないですよね)

 災いの原因だと疑われて咎人の森に幽閉されたのは事実だ。
 ただその裏には、多数の国家魔術師たちの“嫉妬”も多分に含まれている。
 魔導師は魔素の声を聞き取って、新たな魔法詠唱の式句を生み出すことができる唯一無二の存在。
 魔法の創造者と言ってもいい。
 ゆえにその才能を妬む者が少なくないのもまた事実である。
 国民たちから疑いの目が向けられて、それを好機だと悟った複数人の国家魔術師が便乗する形で幽閉を言い渡してきたのだと、マルベリーは十二年前のその時にはすでに気付いていた。
 そもそも魔導師が“災いの元”だと疑われるようになったのは、他の魔術師たちの嫉妬を買ってそう仕向けられたのではないかとマルベリーは考えている。

(仮にミストラルから大災害を引き起こした証拠を手に入れても、また何かと理由を付けて国民の意識を誘導されてしまうかもしれませんね)

 マルベリーはそう思って、フクロウの体の中で人知れずため息をこぼす。
 もうあの閉鎖的な空間にいるのは嫌だという思いもあるけれど、何よりせっかく愛弟子が自分を解放するために頑張っているのに、それが無駄になってしまうかと思うと気が滅入る。
 サチは世界最強の国家魔術師になって、魔導師マルベリーは災いの元なんかではないと世間に訴えかけようとしている。
 その狙い自体はとても良い。それにサチの才能ならば実現するのも充分に可能な案だ。
 だが、それを阻止しようとする者が現れる可能性は非常に高い。
 国家魔術師には術師序列というものもあり、序列いかんでは待遇にもかなりの差が出るようになっているから。
 魔導師マルベリーが解放されることを望んでいない国家魔術師は大勢いるだろう。
 だからたとえサチが世界最強の国家魔術師になれたとしても、彼女の望みは叶わないかもしれない。

(これ以上、サチちゃんの悲しむ顔は見たくないので、そこはなんとかしなければなりませんね)

 と、考える傍らで、マルベリーは星華祭の最中に見たサチのことを思い出す。
 暴走者によって怪我人が出て、そこに駆けつけたサチのことを。

(サチちゃんが怒っているところは、初めて見たような気がします)

 十年近く一緒にいて、怒ったところを見なかったというのも稀有な話だが。
 まあ、サチの周りは幸せに溢れていて、一緒にいた自分の不幸も取り払ってくれていたから。
 だから彼女の周りはいつも、笑顔でいっぱいだった。
 そんなサチが初めて見せた怒りの表情。
 会場の隅で見守っていた自分にも、その気迫が充分に伝わってきた。

(あれは、お友達だったのでしょうか?)

 暴走者によって傷付けられてしまった、淡い茶色の髪の女子生徒。
 友達が傷付けられたとなれば、優しいサチがあそこまで憤りを見せるのも納得がいく。

(ちゃんと“学生”をしているみたいで安心しました)

 友人が傷付けられてしまったことについては痛ましく思うが、マルベリーは同時にサチにちゃんと友達がいるということがわかって深く安堵した。
 自分はずっと孤独で、友人と呼べるような存在は一人もいなかったから。
 やっぱり魔術学園に送り出してよかったと、マルベリーは親心にも似た気持ちを抱いて心の中で微笑んだ。



――――



 ミストラルの内通者であるヒィンベーレを拘束してから二週間が経った。
 着々とミストラルの制圧作戦の準備は進められている。
 私はあちこちに飛び回って、戦力になる国家魔術師たちの招集を手伝い、アナナス学園長さんは作戦に参加してくれそうな生徒たちに声を掛けていた。
 おかげでどうやらそれなりに戦力が集まったようで、いよいよ本日王都の宮廷にて全員を集めての作戦会議が執り行われる。
 ちなみに私は、戦力集めの間は学園を公欠扱いにしてもらった。
 同じくミストラルの制圧作戦に参加する生徒たちも、当日は公欠扱いになるらしい。
 あくまで学園は通常通りに授業を進めることで、ミストラル側に制圧作戦が進んでいることを悟られないようにしようという魂胆なんだとか。
 一応、【我儘な呼び出し(アリアン・シフレ)】で王都の中に残党がいないかも確かめてみたけど、特に見つかることがなかったのでその辺りの心配は無さそうだけど。

「よし、それじゃあそろそろ行こうか、ミル」

 そして会議当日、私は今回の作戦に招集されているミルと一緒に王都の宮廷へと向かうことにした。
 他の生徒たちが学生寮から学園に向かう一方で、私たちは別の場所に向かうというのはなんだか妙な背徳感がある。
 サボってどこか遊びに行くみたいな感覚だ。
 まあ、そんなにお気楽なものでもないんだけど。
 なんて思いながら玄関に向かおうとすると、ミルがベッドの上に座りながらじっとしていることに気が付いた。
 何やら国家魔術師連合の人たちから渡された“情報リスト”を見つめている。

「……ミル? どうかしたの?」

「あっ、いえ、なんでもありません」

 リストをじっと見ていたミルは、慌てた様子で立ち上がる。
 すでにヒィンベーレから、組織の人間に関する情報や保有している魔道具の詳細を可能な限り聴取していて、それはリスト化されている。
 今回の作戦に参加する人たちには漏れなく配布されているもので、その中に気になるものでも見つけたのだろうか?

「もしかして緊張してる? まあ、いくら読み込んでも、用心しすぎってことにはならないと思うから気持ちはわかるけどね」

「そ、そうですね」

 ミルからはなんだか煮え切らない反応が返ってくる。
 てっきり緊張してリストを読み込んでいるものだとばかり思ったんだけど。
 今まで受けてきた学園の試験とか、一大行事だった星華祭も重要なものだった。
 けど今回の制圧作戦は、そのどれとも違う異質な緊迫感を秘めている。
 失敗すれば王都が……それこそ魔術国家が転覆しかねない一大事だ。
 だから気の弱いミルは今からすごく緊張しているかと思ったけど、それよりも別のことに気を取られているような……
 いったいそれが何なのかはわからなかったけれど、とりあえず私は彼女の気持ちをほぐしてあげるように今さらのことを言った。

「遅くなっちゃったんだけど、参加してくれてありがとうね、ミル」

「えっ? どうしてサチさんがお礼を言うんですか?」

「今回のミストラル制圧作戦、個人的にどうしても成功させたいからさ」

 私は脳裏に恩人の姿を思い浮かべながら続ける。

「強制参加じゃないのにミルも参加してくれて、それがすごく心強くて……だからありがとうだよ」

「べ、別に、お礼を言われるほどのことでは……」

 ミルは学園長さんからの頼みで作戦参加を決めただけなので、私からお礼を言われるのはすごく違和感があるのだろう。
 ただでさえミルは自己評価も低いし。
 でもミルほどの魔力値を持つ人は、国家魔術師たちを含めてもそうおらず、ここまで戦力として頼もしい存在も他にいない。
 どうやら私と同じで襲撃隊のどこかに配属されるようなので、そこも心強く感じる。
 それに対してミルは謙虚な様子でかぶりを振ると、不意に彼女は顔に翳りを作って呟いた。

「それに私も、ミストラルに少し“用”がありますので」

「えっ?」

 用?
 ミルはそう言うや、私の横を通り過ぎて先に玄関扉の前に立った。

「では、行きましょうかサチさん」

「あっ、うん……そだね」

 何やら気になることを呟いたミルだったけど、その意味を問いかけることはなんだか憚られてしまった。
 だから何も聞かずに私も靴を履いて、二人して玄関口を出る。
 そして制圧作戦の会議に参加するために、私とミルは王都の宮廷を目指して学生寮を飛び出した。