拘束魔法でヒィンベーレ先生を捕らえると、私はすぐに学園長さんに連絡をとった。
そして数人の先生を寄越してもらい、容疑者としてヒィンベーレ先生を学園長室まで運んでもらう。
先ほどマイスを縛りつけていた拘束椅子に、今度はヒィンベーレ先生を括りつけると、またしても学園長室での尋問が始まろうとしていた。
「ど、どういうつもりですか先生方! 俺がいったい何を……!」
いきなりここに連れて来られたヒィンベーレ先生は、戸惑った様子で周囲の先生たちを見渡している。
無理もない。
あまりにも突然のことだったし、彼自身どうして拘束されているのか訳がわからないのではないだろうか。
それくらい完璧に何の証拠も残しておらず、これまで長きに渡って内通者活動をしていたのだから。
そんな彼に対して、学園長さんが単刀直入に切り込む。
「反魔術結社ミストラルの内通者として、ヒィンベーレ・セジールには疑いが掛けられておる」
「はあっ!?」
「学園内にその存在が臭い、第一容疑者としてお主が挙げられたのじゃ。すまぬが調査が済むまでは拘束をさせてもらうぞ」
「……」
ヒィンベーレ先生の……いや、ヒィンベーレの顔が途端に青ざめる。
直後、手足をバタつかせながら猛抗議してきた。
「な、なぜ突然そんなことを……! 俺がミストラルの内通者だっていう“証拠”はあるんですか!?」
当然そうくるだろうと誰もが思っていた。
ヒィンベーレはこれまで微塵も証拠を残しておらず、その気配すらもまるで感じさせてこなかったのだから。
何よりいまだに先生たちも、昔からの同僚に疑いが掛かっていてすごく動揺している。
そのためヒィンベーレの問いかけに即答できる者はいなく、全員の視線が私の方に向けられた。
まあ、そうなるよね。今回の作戦を提案したのは私だし。私が一から説明した方がいいよね。
皆の視線がこちらに向いていることもあって、ヒィンベーレも私のことを見てきた。
「君は、さっき俺に魔法を掛けた……。君が何か知っているというのか?」
その瞳は鋭く細められていて、僅かに怒りが滲んでいる様子が見て取れる。
いきなり後ろから拘束魔法を掛けられたら腹も立つよね。
そんな視線を向けられながら説明するのは、ものすごく気が進まなかったが、私は致し方なく前に出た。
「確率魔法の【我儘な呼び出し】って、ご存知ですか?」
「【我儘な呼び出し】……?」
「簡単に言うと“無作為転移魔法”です。自分で転移先を選ぶことができない転移魔法で、普通の人が使うと訳がわかんない場所に飛ばされちゃったり、転移失敗するってケースがほとんどなんですけど」
「そ、そんな魔法、聞いたこともないぞ……? というかその魔法が、俺がミストラルの内通者だっていう証拠にどう関係しているって言うんだ!」
ここまで聞いただけでは、訳がわからないのも無理はないけれど……
次の一言で、騒ぎ立てるヒィンベーレを完全に黙らせた。
「私、幸運値999なので、【我儘な呼び出し】を使うと……自分の“望んだ場所”に転移できちゃうんですよね」
「…………はっ?」
「今自分が行きたいって思ってる場所に、確実に行くことができるんです」
どこに転移するのかは運次第。
そう、運がすべてを決めてしまう転移魔法なのだ。
つまり幸運値が限界値の999に達している私が、この無作為転移魔法を使うと、自分が行きたい場所に確実に転移ができる反則魔法に変貌する。
「だから私は、『ミストラルの内通者のところに行きたい』って思いながら、この魔法を使ったんです。そしたら目の前にはヒィンベーレ先生が……」
「そ、そそ……! そんな無茶苦茶な犯人探しがあるかァ!!!」
当然ヒィンベーレは納得していない様子で険しい顔をした。
まあ、これが普通の反応だよね。
この作戦を学園長さんとかに提案した時も、みんなきょとんとしていたし。
でも実際、幸運値999の私が【我儘な呼び出し】を使うと、確実に望んでいる場所に行くことができる。
その副次効果として“容疑者探し”もできてしまうのだ。
「たったそれだけの理由で俺を後ろから拘束したのか!? 信憑性など欠片もないじゃないか!」
「でも、ヒィンベーレ先生がいたので」
「“いたので”って、それが証拠になるとでも思っているのか! そもそも幸運値999などデタラメを言うな!」
全部本当のことなんだけどなぁ。
やっぱり私一人だけの説明では納得してもらえなかったみたいだ。
「アナナス学園長! このようないい加減な生徒の言うことを鵜呑みにするんですか! 長年教員として魔術学園の支柱になってきた自分よりも、入学から日の浅い一学年の生徒の言うことを……!」
今度は学園長さんに視線が向けられる。
すると私に代わって学園長さんが前に出て、説明を引き継いでくれた。
「しかし実際にサチ・マルムラードの魔素を鑑定した結果、幸運値が異常に高いことが判明しておる。加えてすでに【我儘な呼び出し】の検証も行い、どの程度の自由性があるのか確認も終えておる」
「け、検証……?」
「まあ、簡単なものではあったがな。お主も知っての通り、教員しか立ち入りが許されていない職員室の倉庫に、次回の期末試験で使う予定の“問題用紙”が仕舞ってある。倉庫の扉には厳重に鍵をしており、ワシの魔法によって物理的な破壊も不可能になっておる」
「だ、だから、何だというのですか……?」
説明の意図がわからず、ヒィンベーレは目を丸くしている。
そんな彼に対して、学園長さんが少し得意げな様子でさらに続けた。
「サチには無作為転移魔法の検証として、その倉庫内に侵入してもらったのじゃ。一般的に知られている転移魔法の【星間の跨ぎ】は、訪れたことのある場所にしか行けないため、本来は生徒が侵入できる場所ではないのじゃが……」
学園長さんがこちらに視線を向けてきたので、その意図を察して私は懐から紙を取り出す。
次回の期末試験で使う予定の“問題用紙”を。
「ほれ、この通りじゃ」
「……」
「もちろん検証はそれだけではないぞ。サチには行ったことのない隣の大陸にまで飛んでもらい、名産品を持って帰って来てもらったり、サチが知るはずもないワシの実家まで行ってもらって私用物を取って来てもらったり。そのすべての実験を成功させておる」
学園長さんは咳払いを一つ挟むと、説明を締め括るように言った。
「以上の検証結果から、サチの【我儘な呼び出し】は自分の行きたいと思っている場所に確実に行くことができる……“超汎用的”転移魔法であることが判明した。やろうと思えばミストラルの隠れ家も探し当てることもできるじゃろうな」
「そ、そんな、ふざけた魔法が……」
ヒィンベーレは改めて【我儘な呼び出し】の恐ろしさを知り、静かに身震いしている。
そして私の方に警戒するような視線を向けて、唇を噛み締めていた。
「もちろんたったそれだけでお主をミストラルの内通者だと断定したわけではない。これから自白魔法をお主に使って内通者であるかどうかを確かめさせてもらう。あくまで今は疑いが掛かっているだけの状況なのでな、潔白を証明するためだと思ってこちらの言うことに従ってくれ」
「……っ!」
学園長さんはそう言って、ヒィンベーレの目の前まで歩いて行く。
次いで小さな右手を構えると、マイスの時にも使った自白魔法の詠唱を始めた。
「【不要なる審問――開かれた心の扉――ここは嘘吐きのいない世界】……」
詠唱を終え、魔法を発動させようとする。
「忘却された……」
――刹那。
「ク、クソがァ!」
拘束椅子に縛りつけられているヒィンベーレが、手足を無理矢理に動かして金具を強引に粉砕した。
予想外に驚異的な腕力。
身体強化魔法を使った様子はなかったのに、それ以上とも言える力を見せて先生たちを驚かせていた。
目の前に立つ学園長さんも思わず目を見開いている。
その中で、私は一人……
「【運命の悪戯】!」
密かに嫌な予感を感じ取っていて、あらかじめ魔法詠唱を終えていた。
「ぐあっ!」
念のために打っておいた布石が、見事にヒィンベーレに突き刺さる。
再び拘束魔法によって、全身を強烈に痺れさせると、倒れる奴の元に遅れて先生たちがのしかかって行った。
「す、すまないサチ・マルムラード……!」
「まさか自力で拘束具を解くとは……!」
次いで学園長さんが、地面で悶えているヒィンベーレを見下ろしながら呟く。
「これで確定じゃな」
今の暴走行為が何よりの証拠。
確信を得た学園長さんは、ヒィンベーレの顎を持ち上げながら、黄金色の瞳を鋭く細めた。
「ミストラルの情報、洗いざらい吐いてもらうぞ……ヒィンベーレ」