反魔術結社『ミストラル』の名前を聞いて戸惑ったのは私だけではなかった。
 周りの先生たちもお互いに顔を見合わせて、動揺をあらわにしている。
 そして学園長さんも耳を疑うような顔をして、マイスに聞き返していた。

「ミ、ミストラル……じゃと? 本当にお主は、あの反魔術結社と接触を持ったと言うのか?」

 その問いかけに対して、マイスは頷きを返すように答える。

「寮部屋の扉に、奴らからの手土産が掛かっていた。その中に魔力値を上昇させる薬が入っていた。『力を手に入れたければこれを飲め』と、そう綴られた文書と共に……」

「……」

 マイスを除いた全員が、その事実に言葉を失くして驚愕している。
 ミストラルからの手土産。
 しかもその中に魔力値を上昇させる薬が入っていた。
 不可解な点があまりにも多すぎる。
 そもそも……

「な、なぜ奴らが魔術学園にいるのじゃ? ワシは常に怪しい人物がおらぬか、園内だけでなく学生寮の方にまで警戒の目を伸ばしておった。星華祭の最中で一般人の出入りが可能だったとは言え、ワシの目を掻い潜れるはずは……」

 学園長さんは普段から学園内を魔法の力で監視している。
 やはり寮の方にまでその警戒の目を広げていたようだ。
 だというのにそれを潜り抜けて、マイスの寮部屋に物を運ぶなどできるはずが……

「ま、まさか、学生の中に……?」

「もしくは教師の中に、奴らの“協力者”が……」

「滅多なことを言うものではない、と言いたいところではあるが、正直その線が濃厚ではあるな」

 もし学生や教師が学園内で怪しい行動をしたとしても、あまり目立つことはなかっただろう。
 学園長さんは基本的に一般人に注意を向けていたようだし、生徒や教師は警戒していなかったのだ。
 もしこの星華祭の最中に、学園内で不審な行動を取れるとしたら、生徒や教師を置いて他にいない。
 何よりこれまでもミストラルの介入と思われるトラブルが、入学試験や進級試験でも頻発していたので、学園側に協力者がいたとしてももはや不思議ではない。

「犯人探しについては、その可能性を考慮に入れて今後進めていくとしよう。今はそれよりも……」

 学園長さんは改めてマイスに目を向けて問いかける。

「なぜお主は、連中から渡された薬を飲んでしまったのじゃ……! 反魔術結社からの贈り物とわかっていて服用するなど正気の沙汰ではない。なぜそのような愚行に……!」

 その問いに、自白魔法を掛けられているマイスは真実のみを語り始める。

「……仕方がなかったんだ」

「……?」

「どうしても私は、力を手に入れなければならなかった。暴走する危険があるのも承知の上で、私はミストラルの話に乗った。すべては、“グラシエール家”のために……」

「えっ……」

 これには思わず反応を示してしまう。
 実家の名前が出たことで、私の心臓は三度嫌な音を上げた。

「グラシエール? と言うと、マイス・グラシエールの生家のことか? 同時にサチ・マルムラードの生家でもあったな」

「は、はい。そうですけど……」

 なぜこのタイミングでグラシエール家の名前が出てくるのだろう?
 グラシエール家のために力を手に入れなければならなかった?
 暴走することも承知の上でミストラルの話に乗った?
 あの家に、何かあったのだろうか?
 そんな疑問に回答するかのように、マイスはさらに続ける。

「グラシエール家は現在、多額の“借金”を背負っている。領地内の不作と魔獣被害の多出。それらの“不運”が重なったことで経営不振に陥り、侯爵家の地位も返上に至る可能性が出てきた」

「な、なんで急にそんなことに……」

 実家のグラシエール家の経営状況は、幼子の頃の私から見ても順調そのものだったように思う。
 それがこの十年の間に、どうしてそこまで傾いてしまったのだろうか?
 まるで、私がいなくなった直後に、突発的に“不幸”が舞い込んで来たような……

「あっ……」

 不幸。
 もしかしてそういうことなのかな?
 幸運値999の私が、あの家からいなくなったから経営状況が悪化してしまった?
 さながら不幸を振り払うお守りを、どこかに失くしてしまったみたいに。

「ゆえに私は、此度の星華祭でどうしても名を揚げなければならなかった。父も体調を崩した今、グラシエール家を立て直せるのは私しかいない。星華祭で魔術師業界に名を馳せることができれば、グラシエール家を立て直すこともできたかもしれないのに……」

「それで力を欲した、というわけか。となると、マロン・メランジェに手を加えたのも故意であったと受け取っていいかの?」

「周りの目をこちらに集めるのに、奴は邪魔だった。ただそれだけのことだ」

 傍らでその話を聞いていた私は、密かに憤りを募らせる。
 グラシエール家のために、力を手に入れる必要があった?
 そんなことのために……
 ミストラルの誘いを受けて……
 たくさんの人たちの楽しみを奪って……
 さらには、私の友達まで傷付けたっていうのか。
 私が静かに拳を握りしめる中、先生たちは聞いた情報をまとめて頷きを交わしている。

「明らかにマイス・グラシエールを狙った犯行ですね」

「ミストラルの連中、学生の周辺まで調べて使えそうな人間を選り好みしているというのか」

 ミストラルの目的そのものは不明だ。
 なぜマイスを暴走させようと思ったのか、それは直接聞かなければわからないことだろう。
 ただ、マイスを狙った理由については現段階でも説明することができる。
 実家の再起のために力を求めているマイスは、少し揺さぶっただけで簡単に薬を服用するはず。
 ミストラルの連中はそう思ってマイスを標的にしたのだろう。
 学生の周囲まで調べ尽くしているというのは恐ろしい限りだ。
 そして結果として、マイスは薬を飲んでしまい、望んでいたような力は手に入らず暴走に至ってしまったと。
 マイス自身もここまで騒動が大きくなるとは思っていなかったようで、悔しげにぼやき始める。

「もはや私が魔術師の世界で名を広める機会も失われた。このままでは確実にグラシエール家は没落し、完全に滅びることになる。となれば、残されている道はたった一つしかない……」

「……?」

 その時、マイスは唐突に、私の方に金色の瞳を向けてきた。

「サチ、グラシエール家に戻って来い」

「……はっ?」