「昔の、私……?」
そう語るノワさんの表情には、どことなく不安のようなものを感じた。
「私は、メランジェ家に嫁いでくる以前は、実家のトルッセ家におりました。そこでは圧倒的に男性優位の環境が築かれており、魔法の才能が乏しかったこともあって、私は男兄弟たち全員から“蔑まれていた”のです」
「……」
当時のことを思い出しているのか、ノワさんは自嘲的な笑みをほのかに滲ませる。
性別と魔法の才能のせいで実家で蔑まれていた。
魔力値が1のせいで冷遇されていた私にとっては、とても身近な話に聞こえてしまう。
ノワさんも、あんな苦しみを……
「だから私はメランジェ家に嫁いで、マロンを身籠った時、彼女を誰よりも強い魔術師にしてあげようと考えたのです。私のように虐げられることがないように、トルッセ家の人間たちに蔑まれないために」
「だから、特別体制学級への移籍を、強く言いつけていたんですね」
心配するあまり、過剰とも言える案を押しつけてしまっていたというわけか。
それがマロンさんのためになると思って。
「少し、厳しくしすぎだとは思っています。ですが、マロンにはどうしても私と同じ目には遭ってほしくなかったのです。誰よりも強い魔術師になって、誰からも虐げられることのない確かな力を、この学園で身に付けてほしいと思いました」
ノワさんは確固たる意思を示すように、力強い声でそう言う。
そこからは確かな母の愛を感じてしまい、私の口からは何も言うことができなかった。
「…………と、思っていたのですけど」
「……?」
「今回の星華祭を見て、少し考えを改めさせてもらおうと思いました」
星華祭を見て?
そういえばマロンさんは、星華祭の最終日前日に、ノワさんと少しだけ話をしたと言っていた。
特別体制学級への移籍や学生寮の部屋変更に反対していると意思表示し、星華祭の結果いかんで考え直す約束をしたと。
もしかしてその頑張りが、ノワさんの心に届いたのだろうか?
彼女は優しげな視線で、眠るマロンさんの顔を見つめる。
「マロンはもう、あんなに強くなっていたのですね。初日から見ていましたが、我が娘とは思えないほど素晴らしい活躍をしていました。皆を先導する立場になって、見事にクラスを学内トップまで導いて……」
ノワさんはずっと、マロンさんの活躍を観客席の方から見守っていたみたいだ。
マロンさんの頑張りがこうしてちゃんとお母さんに届いていたのだとわかって、私はなんだか嬉しい気持ちになる。
「私がきつく言わずとも、マロンは自分自身の力だけでとても強く育ってくれていた。私の娘とは思えない才能と、それに甘んじない努力の結果です」
ノワさんはこちらに視線を戻し、私の目を真っ直ぐに見ながら続ける。
「ですので、特別体制学級への移籍の件は取り下げます。寮部屋も勉学に専念させるために一人部屋を用意するよう、学園側に要請をしていましたけど、すでにそちらも撤回してありますので」
「そ、それじゃあ、マロンさんはこれからも、私たちと同じクラスで……」
変わらずに学園生活を送れるということだろうか?
その問いかけに頷きを返すように、ノワさんはふっと微笑んだ。
「この子を特別体制学級へ移籍させたら、クラスで見せていたようなあの笑顔が、もう見れなくなってしまうと思いましたから。何より……」
彼女は私のことを、意味ありげな視線でじっと見つめながら続ける。
「あなたのような“優秀な魔術師”が隣にいてくれたら、きっとこの子にもいい刺激になると思いますからね」
「……」
これは、褒めてくれているということでいいのかな?
何はともあれ、どうやらノワさんは考えを改めてくれたみたいで、これからもマロンさんとは一緒に学園生活を送れそうで安心した。
「これからもどうか、マロンの友人として、隣にいてあげてください」
そんなお願いをされて、私は『任せてください』と胸を張って宣言した。
むしろこちらからお願いしたいほどである。
私なんてただでさえ友達が少ないんだから、その貴重な一人を取り上げるようなことはやめてほしい。
と、その時、マロンさんの方から『うぅん……』という寝息が聞こえてきた。
私とノワさんはハッとしてそちらを振り向くが、マロンさんはただ寝返りを打っただけである。
そんな彼女を、優しげに見つめるノワさんに、私はたまらず問いかけた。
「ところで、今の優しいノワさんを、マロンさんには直接見せてあげないんですか? その方がお互いのためになると思うんですけど」
「い、今さら態度を変えて接するのは、なんだか気恥ずかしいと思ってしまって……。ま、まあ、少しずつ変えていけたらいいなと思います」
ノワさんは、マロンさんにとてもよく似ている、可憐な照れ笑いをその頬に浮かべたのだった。