「む、娘は……! 娘は、無事なんでしょうか……!?」
「……」
ひどく慌てた様子でポム先生に問いかけるお母さん。
その姿は純粋に、自分の子供を心配する良いお母さんだった。
そのため私は思わず言葉を失ってしまう。
以前に見たマロンさんのお母さんと、まるで別人だと思ったから。
『なぜ学園に入学させて、国家魔術師を目指すように教えたのか、まさか忘れたとは言わせませんからね』
特別棟の玄関口で見た、あの厳格なお母さんの顔はどこにもない。
なんだか思っていた印象とだいぶ違うような……
「あ、あの、娘は……! マロン・メランジェはどこに……!」
「マロン・メランジェの母ちゃんだな。話は聞いてるよ。一番奥のベッドで寝かせてるから、様子見たきゃ好きにしな」
ポム先生は、言葉は汚いけれど、慌てているお母さんを落ち着かせるようにマロンさんのベッドへ案内する。
辿り着くと、お母さんは眠っているマロンさんを見て、安堵するように息をこぼした。
もしかして、マロンさんのお母さんって実は……
その姿を傍らから見ていると、ポム先生が赤髪を掻きながら私に言う。
「サチはもう寮に戻ってもいいぞ。それともマロンの目が覚めるまでここで待ってっか?」
「そう、ですね……。ちゃんと目が覚めるかどうか心配なので、できることならそうさせてもらえれば……」
その時――
『サチ・マルムラード』
「――っ!?」
『少し君にやってもらいたいことができた。忙しいようなら構わないが、もし時間があったら今から学園長室に来てはくれぬか?』
突如として脳内に学園長さんの声が響き渡る。
それを聞いた私は、言いかけた言葉を飲み込んで、代わりに別の台詞をポム先生に返した。
「……と、思ったんですけど、学園長さんに呼ばれていたので、ここで失礼します」
学園長さんが私にやってもらいたいことが、何かはわからなかったけど。
これから特に予定はなかったため、私はそのお願いを聞き入れることにした。
「そっか。んじゃ、話ぃ聞かせてくれてありがとなサチ。怪我すんじゃねえぞ」
生徒全員に言っている決まり文句なのか、ポム先生は慣れた様子でそう言って手を振る。
それを背中に受けながら、私は保健室を後にしようとしたが……
「あ、あの!」
「……?」
すぐに呼び止められることになった。
後ろから声を掛けてきたのは、マロンさんのお母さんだった。
「もしかしてあなたが、娘を助けてくれた……マロンの傷を治してくれた生徒ですか?」
「は、はい。まあ……」
まさかお母さんの方から話しかけてくるとは思わず、私は戸惑いながら返す。
すると彼女は姿勢を正して、綺麗な所作で頭を下げてきた。
「気が付かずに申し訳ございません。競技場の観戦席から、一部始終を見てはいましたが、顔までははっきりとわからなかったもので……」
「い、いえ、それは別にいいんですけど……」
以前に特別棟の玄関口で見た、厳格なお母さんの姿が脳裏に残っているので緊張してしまう。
次いで彼女は、こちらの緊張感を加速させるような一言を告げてきた。
「あの、学園長さんにお呼び出しを受けているとのことですが、それまでに少しだけでも、二人でお話させていただくことはできませんでしょうか?」
「えっ……」
二人で、話?
なんで私と二人で……? と一瞬だけ疑問に思うが、その理由は言わずもがなマロンさんのことについてだとすぐわかる。
この雰囲気からしてお礼か何かを言いたいのではないだろうか。
もしくはポム先生と同じように、私がどんな魔法でマロンさんを助けたのか気になっているんじゃないかな。
「んっ? 二人で話すんだったら、この保健室とか使ってもいいぞ。ここなら他に誰も来ねえしな」
ポム先生にも親切にそう言ってもらったので、私はマロンさんのお母さんと二人で話すことにした。
「そ、そこまで急いでいるわけではないので、少しくらいだったら……」
そう伝えると、彼女は『ありがとうございます』とお礼を返してくる。
「んじゃ、話ぃ終わったら声かけてくれ! ウチ、隣の準備室にいっからよ」
ポム先生がそう言って保健室を後にすると、私とお母さんは二人きりになる。
正確に言うなら眠っているマロンさんもいるけど。
まだ若干の緊張感を抱きながら言葉を待っていると、やがて彼女は先ほどよりも美しい動作で頭を下げた。
「娘を助けていただいて、誠にありがとうございます」
「……」
直球でありながら心の籠ったお礼の言葉。
やはりそれを告げてきた女性は、自分の娘を心の底から大切にしている慈母そのものだった。
「あなたがいなければ、きっと娘は無事では済みませんでした。それほどまでにあなたの力は凄まじいものでした。本当に、感謝しかございません」
「い、いえ、そんな……」
真正面から称賛を受けて、恥ずかしさと戸惑いが胸中で糸のように絡み合う。
いよいよ私は、ずっと気になっていたことについて、彼女に問いかけてみることにした。
「あの、つかぬことをお伺いするんですけど、マロンさんのお母さん……ですよね?」
「……? は、はい。私がマロンの母のノワです。ノワ・メランジェと申します」
……だ、だよね。
さすがに見間違えるはずもない。
でも、以前に見たあの厳格なお母さんの姿が印象的だったので、今の優しい様子が偽物なのではないかと疑ってしまった。
「あの、何かおかしなところでも……?」
「あっ、いえ……! 以前たまたまマロンさんと話しているところを見かけたことがあって、その時の雰囲気とだいぶ違うなぁと……」
あっ、やばっ。
思わず立ち聞きしていたことを口走ってしまった。
するとマロンさんのお母さん……改めノワさんは、綺麗な顔に苦笑を滲ませた。
「……お、お恥ずかしいところを、見られていたのですね」
「ご、ごめんなさい……! 盗み見するつもりはなかったんですけど……」
急いで謝罪しようとすると、それよりも早くノワさんが、まるで懺悔するように続けた。
「あなたの言うように、私は娘に必要以上に厳しくしています。そんな私がこんな風にマロンのことを心配しているのは、とてもおかしく見えたでしょうね」
「……」
なんだか訳ありな様子。
複雑そうな表情を見るからに、ノワさんは何か隠していることがあるのだろうか?
「な、何か、厳しくしている理由でもあるんでしょうか?」
少し踏み込みすぎかとも思ったが、聞かずにはいられずに私は問いかける。
ノワさんは、普通に優しいお母さんに見える。
だというのにマロンさんと話していた時は厳格な態度を貫いていた。
ノワさんはあえてそうしているみたいだが、それはいったいどうしてなんだろう?
こんなにも大切に思っているマロンさんに、わざときつく当たるのは、相当心苦しいだろうに。
するとノワさんは、眠るマロンさんの髪を撫でながら、聖母のような微笑みをその頬にたたえた。
「この子には、誰にも負けないくらい強くなってほしいのです。“昔の私”みたいにならないように」