「では皆様、最終日精一杯頑張りましょう!」

 クラスでの打ち合わせを終えて、いよいよ最終日の競技に挑むことになった。
 皆が各々意気揚々と教室を出て行く中、私とミルはそれに続く形で最後の方に出ようとする。
 しかしその寸前……

「サチ様、ミル様」

「んっ……? マロンさん?」

 不意に横からマロンさんに呼び止められた。

「少しお話したいことが……」

 そう言われたので、クラスメイトたちが教室を出て行った後、私とミルは教室に残った。
 シンと静まり返った教室内で、マロンさんを合わせた三人で向かい合う。

「競技まで間もなくですから、手短にお話しさせていただきます」

 そう言って切り出された話に、私は僅かに身を強張らせた。

「昨夜、星華祭の見学に来ていたお母様と、少しだけ話をしました」

「お、お母さんと?」

 先日、特別棟で見たマロンさんのお母さんの姿を思い出す。
 一見するとマロンさんのお姉さんにも見えるほど若々しい女性。
 しかし性格は厳格で、マロンさんに厳しく言いつけていた光景は記憶に新しい。
 そのお母さんとどんな話をしたのだろうかと、不安げに続きを待っていると、意外にもそれは良い方の報告だった。

「私は昨日、お母様と話をして、改めて自分の思いを告げることができました。特別体制学級への移籍に反対していること。現在のクラスのまま、学園生活を送りたいことを」

「……」

「お母様はやはり、あまりいい顔はしませんでした。しかし、星華祭の結果いかんでは、特別体制学級への移籍と学生寮の部屋変えを考え直してくれることになりました」

「えっ? それじゃあ……」

 マロンさんのお母さんが、少しだけ認めてくれたということだろうか。
 今のクラスのままでも魔術師として強くなれるということを。
 一般クラスが完全に無駄ではないということを。
 このまま優勝まで行けば、考えを変えてくれる可能性が非常に高くなった。
 改めてそれを伝えてくれたマロンさんは、嬉しそうに笑みを滲ませる。

「これもきっと、頑張ってくださった皆様とお二人のおかげです。本当にありがとうございます」

「い、いやいや、私たちは別に何もしてないよ。こうして星華祭の優勝まで近づくことができたのは、絶対にマロンさんのおかげだと思うし」

 もちろん全力で競技に挑んではいたけど、やはり代表者のマロンさんの功績が一番大きいと思う。
 誰がどう見ても、お母さんの心を動かしたのはマロンさん本人の実力だ。
 こうして代表者として一年A組を引っ張って、その実力を認めてもらったということだから。

「ていうか、それを聞かされちゃったからには、今日はますます負けられなくなっちゃったね」

 マロンさんは少し申し訳なさそうに眉を寄せる。

「脅しをかけるようなつもりはなかったのですけど、一応お二人にはお伝えしておこうと思いまして」

「ううん、俄然やる気出てきたからむしろよかったよ。このまま一年A組で優勝を勝ち取っちゃおう!」

 ミルも私の隣で控えめに拳を握っている。
 確かに緊張感も増したけど、それ以上にやる気の方が出てきた。
 最終日、絶対に優勝してみせる。



 なんて、意気込んでいた私の出鼻を挫くかのように……
 今日もまた、私が出場する競技は訓練場でひっそりと行われるものだった。

「……まあ、もう知ってたから別に驚かないけどね」

 昨日の時点で訓練場で執り行われることはわかっていたので、別段気落ちするようなこともない。
 それに、一日目と二日目とは、明らかに一つだけ違うところもあった。

「ね、ねえ、サチ……さん?」

「……?」

 競技前に声を掛けて来たのは、同じ競技に参加するクラスメイトのナヴェ・レディクションさんだった。
 濃い赤色の長髪を、高い位置で結びまとめている、結構派手目な印象の女子生徒。
 その後ろには同じく、ナヴェさんとよく行動を共にしているエピナール・ファリネさんもいる。
 こちらも濃い青色のショートヘアに、ウェーブをかけて派手にしている生徒。
 どちらもクラス内では目立った存在で、近寄りがたいと思っている人も多いだろう。
 かくゆう私もそのうちの一人で、今回の競技で二人と組むことになって心底ビビり散らかしていた。
 二人は他の人たちと比べても、あまり星華祭へ前向きではない印象も受けたし。
 と、思っていたら……

「サチさん、結構強いんでしょ。今回の競技、侵入者(インベーダー)の方やってくんないかな?」

「えっ、私が……?」

 今回私たちが参加する競技は、『空間侵入(パーソナルテリトリー)』。
 クラスごとに割り振られた『領域(テリトリー)』を守りながら、別のクラスの領域(テリトリー)に侵入して点数を稼いでいく三人一組の競技である。
 そのため参加者は自分のクラスの領域(テリトリー)を守る『防衛者(ガードナー)』と、他クラスの領域(テリトリー)に侵入する『侵入者(インベーダー)』に分かれることになる。
 作戦として、防衛者(ガードナー)をゼロ人にして、三人全員が侵入者(インベーダー)として他クラスの領域(テリトリー)に攻め込むということもできるけれど、この競技は侵入者(インベーダー)側が圧倒的に不利になるように作られている。
 領域(テリトリー)外には、先生たちの魔法によって強力な重力が発生しており、他クラスの領域(テリトリー)に侵入しようとする侵入者(インベーダー)は動きを阻害されることになる。
 そのため領域(テリトリー)外にいる時は、他のクラスの人たちから総攻撃を受けることになり、簡単に身動きを封じられてしまうことになるのだ。
 だからセオリーとして、防衛者(ガードナー)を一人か二人は置いておき、中でも優秀な人を侵入者(インベーダー)として採用しているクラスが多い。
 ナヴェさんとエピナールさんもそれは当然わかっているとは思うので、侵入者(インベーダー)をやってくれないかと言われて心底戸惑ってしまった。
 私でいいのだろうか?

「アタシら別に、星華祭に興味とかなかったんだけどさ……」

「クラスのみんな、なんか頑張ってるし、ここまで来たからには勝ちたいっていうか……」

「……」

 いつも気怠げに授業を受けたり、演習に参加している二人とは思えない台詞だった。

「だからさ、一番強いサチさんに侵入者(インベーダー)やってもらって、点取って来てもらおうかなって」

「まあ、嫌だったら、別にいいんだけど」

「う、ううん。私でよかったら、是非やらせてもらうよ」

 どうやらやる気になっているのは、私やミルやマロンさんだけではないみたいだ。
 みんながそれぞれ、星華祭の空気に当てられて、気持ちを轟々と燃やしている。
 それに……

『サチさん、結構強いんでしょ』

 少しずつだけど、私の力もクラスの人たちに認めてもらえているみたいで、なんだか嬉しい。
 密かに頬を緩ませながら、私は侵入者(インベーダー)として空間侵入(パーソナルテリトリー)に挑むことを決意した。

『それではただいまより、訓練場にて空間侵入(パーソナルテリトリー)を始めさせていただきます!』

 進行係の号令により、空間侵入(パーソナルテリトリー)が開始された。

『位置について、よーい……スタート!』



 そして、三十分後。

『脅威の歴代最高点数である“110点”を叩き出して、栄冠を手にしたのは……一年A組だ!』

 結果は無事に勝利。
 特に何事もなく、作戦通り私が得点を稼いで競技は終了となった。

「なんなんだよあの平民……!」

「どうして俺らの魔法が何も効かねえんだ!」

「どんな魔法も無効化するって、あの噂はマジだったのかよ……!」

 競技後、他のクラスの人たちから憎らしげな視線を頂戴することになる。
ひと時の平和(イージス・フリーデ)】と【火事場の馬鹿力(グラン・ディール)】が今回の競技でかなり光った。
ひと時の平和(イージス・フリーデ)】の効果で、迎撃して来ようとする生徒たちの魔法をすべて無効化。
 それだけではなく領域(テリトリー)外に張られている重力魔法も無効化してくれて、私だけが競技場の中を自由自在に動き回ることができた。
 そして【火事場の馬鹿力(グラン・ディール)】によって身体能力を極限まで高めて、あちこちの領域(テリトリー)に足を踏み入れて一点一点を稼いでいく。
 一度侵入したクラスの領域(テリトリー)は三分間侵入ができなくなるため、すぐに別のクラスの領域(テリトリー)を狙う必要があるのだが、【火事場の馬鹿力(グラン・ディール)】によって高められた身体能力ならば苦もなく競技場内を走り回ることができた。
 重力魔法の関係で、競技場内では転移魔法も上手く機能しないらしく、他の生徒たちはだいぶ苦戦している様子だったけれど。
 そんなこんなあって、私たち一年A組だけが点数を荒稼ぎして、無事に勝利を収めることができた。

「サ、サチさん、やっぱすごかったよ!」

「アタシらの代わりに点数稼いでくれて、本当にありがと!」

「い、いやいや、二人が領域(テリトリー)守ってくれてたから、私も自由に動けたんだよ」

 ナヴェさんとエピナールさんに称賛を送られて、私は顔を熱くさせる。
 正面からこんな風に褒められてしまうとさすがに照れるな。
 ともあれこれにて、私の星華祭での参加競技はすべて終了した。
 全力を尽くしたし、結果もかなりよかったと思う。
 後はみんなの応援をして、いい結果になるように祈るのみである。
 そう思うと、改めて三日間の疲れがドッと押し寄せてきて、私は深々とした息を吐き出した。
 体の力も抜けていき、思い切って地べたに座り込もうかと考えていると……



 ズンッ!



 まるで、学園全体を揺らすかのように、重く響くような衝撃が訓練場に広がった。

「……?」

 場内にいる人たちはそれぞれ怪訝そうに首を傾げて、私も同じく周囲を見渡す。
 今の衝撃はなんだろう?
 地震か何かだろうか?
 次いで遅れて、グラウンドの方がかなり騒がしいことに気が付く。
 現在グラウンドの方の競技場では、マロンさんとミルが一緒に競技に出場しているはず。
 時間的にはこちらの方がやや早めに終わったはずなので、今も競技の真っ最中だと思うけど。

「何、今の音?」

「さあ? グラウンドの方で派手な魔法とか使ってるんじゃない?」

 そう話すナヴェさんとエピナールさんを横目に見ながら、私はきつく眉を寄せる。
 魔法を使った衝撃と音にしてはかなり大きいように思う。
 高威力の魔法は過度な攻撃行為と見做されるため、星華祭では使用が禁止されている。
 そのためここまで衝撃が届くほどの強力な魔法は、競技では使われないはずなんだけど……

「……」

 グラウンドの方がやけに騒がしい。少々異様な盛り上がりだ。
 いや、これは盛り上がりというか、若干“騒ぎ”に近いような。
 言い知れない胸騒ぎを覚えながら、とりあえずグラウンドの方を見に行ってみようかなと思っていると……

『サチ・マルムラード!』

「――っ!?」

 突然、頭の中に幼い少女の声が響いた。
 この声は…………学園長さん?
 あまりにいきなりのことだったので、心臓をバクバクと鳴らしていると、直後にさらに驚くべきことを聞かされる。

『例の“暴走者”が現れおった! すぐに現場に転移させるが問題はないか!?』

「えっ!? い、今ですか!?」

 思わず口に出してしまい、ナヴェさんとエピナールさんから怪訝な視線をもらうことになる。
 同時に、訓練場の出入り口が扉で閉ざされてしまい、場内に放送係の声が響いた。

『訓練場にお集まりの方々にお知らせいたします。現在グラウンド競技場の方で事故が発生いたしました。被害抑制のため訓練場を一時閉鎖させていただきます。ご迷惑をおかけしますが、しばらくその場でお待ちいただければと思います』

 事故。
 余計な騒ぎを起こさないためか、放送係はあえてそのように表現して観客たちに呼びかけていた。
 例の魔術師暴走事件の暴走者。本当に現れてしまったみたいだ。

『詳しく説明している暇はない。教師陣はすでに星華祭の運営などで魔素がカツカツになっておる。そのため暴走者の抑制にあたってはいるがかなり滞っているようじゃ。そこで実際に暴走者を止めた君にも力を借りたい!』

「……」

 今回の空間侵入(パーソナルテリトリー)でも、かなり大規模な重力魔法を常時展開していた。
 だから先生たちの魔素はかなり消耗されていて、暴走者を食い止めることが難しくなっているらしい。
 それでも先生たちの実力なら、問題なく暴走者を捕らえることはできそうな気もするけど、そんなに手強い人が暴れているのだろうか?
 ともあれ私は学園長さんの提案を聞いて、自分の体を見下ろす。
 競技で使った【ひと時の平和(イージス・フリーデ)】と【火事場の馬鹿力(グラン・ディール)】は、まだ効果が持続したままである。
 あくまで害意のある魔法を無効化するだけなので、学園長さんの転移魔法を無効化してしまうということもないだろう。

「大丈夫です。すぐに動けます」

『急にすまんな。転移後すぐに戦闘になると思われる。教師たちと協力して暴走者の抑制にあたってくれ!』

 口早にそう言うや、念話の向こう側から学園長さんの魔法詠唱の声が聞こえてくる。
 直後、私の体は真っ白な光に包まれて、同時に足元が浮くような感覚に襲われた。
 私の視界は陽炎のように揺らぎ、次第に目の前の景色が切り替わっていく。
 やがて転移が無事に完了して、私は暴走者がいる現場に辿り着くことができた。

「…………えっ?」

 そこで私は、目を疑うような信じがたいものを見ることになる。
 転移させられた場所は、グラウンド競技場の中央。
 所々に破壊された設備が散乱しており、周囲には怯えた様子で端に寄っている生徒たちが見受けられる。
 そして目の前には身構えている先生たちと、傷付いて倒れている一人の“生徒”の姿があった。
 ふんわりとした茶色の長髪と、大人しげな顔が特徴的な女子生徒……

『これもきっと、頑張ってくださった皆様とお二人のおかげです。本当にありがとうございます』

 つい今朝、教室で話をしたばかりの知人。
 いや、私の数少ない“友人”とも呼べる大切な人物。
 “マロン・メランジェ”さんが、血を流して地べたに倒れていた。

「……」

 そして、騒ぎを引き起こしたと思われる暴走者が、先生たちによって包囲されている。
 それは、血眼になって、息を荒々しく吐き出している…………兄のマイス・グラシエールだった。