さてさて花型の魔獣はどこにいるのかな?
と思いながら怪花の森を歩くこと三十分ほど。
以外に魔獣を見つけるのに難儀している。
森を散歩するのは得意だと思っていたんだけどなぁ。
やっぱり咎人の森で修行していた時みたいにはいかないらしい。
だから開き直って、そこら中に咲いている色とりどりの花を鑑賞しながら歩いていると……
「うぇーん! どこに行っちゃったんですかー!?」
「んっ?」
どこからか人の声が聞こえてきた。
あどけなさの残る少女の泣き声。
なんだか穏やかならない声だと思い、私はとりあえず様子だけを見に行ってみる。
大木の裏から声のした方を窺ってみると、僅かに開けた場所に泣きじゃくる女の子が座り込んでいるのが見えた。
真っ青なフード付きケープを羽織っている、小柄な水色髪の少女。
つい『青ずきんちゃん』と呼びたくなってしまう見た目をしている。
少し痩せ気味で、血の気もやや薄いので、あまり裕福な暮らしができているとは言えなさそう。
ていうか筆記試験の会場で見た覚えがあるから、たぶん魔術学園の入学志望の子だよね?
こんなところで何をやっているんだろう?
何やら近くの茂みに頭を突っ込んで、『ありませんありません!』と泣き喚いているので、たぶん探し物でもしているのかな?
気に掛ける義理はなかったものの、森の中で泣いて困っている少女がいるという光景は、個人的に看過できなかった。
なんか、昔の自分を見ているみたいだから。
「あ、あのぉ、もしもし?」
「ひゃ、ひゃい!」
後ろから声を掛けると、青ずきんちゃんはビクッと肩を大きく揺らして驚いた。
涙でびしょ濡れになった顔をこちらに向けて、警戒するように身を引いている。
私はなるべく、神経質になっているだろう彼女を刺激しないように、ある程度の距離を取りながら尋ねた。
「お、驚かしてごめんね。森を歩いてたらあなたの声が聞こえたから、何かあったのかなって思ってさ……」
「う、うぅ……」
少女は変わらず涙を流しながら困り顔をしている。
なんだか幼児を相手にしているみたいだ。そんな機会今までなかったけど。
まだ少し警戒されてしまっているみたいなので、私は慎重に言葉を選んで続けた。
「魔術学園の入試を受けてる受験者の子だよね。私も同じ受験者なんだ。こんなところで何かあったの?」
「あの、えっと、その……」
青ずきんちゃんは怯えた様子をしながらも、ようやく口を開いてくれた。
「ア、死花の胚珠を、失くしてしまって」
「胚珠? それって試験官さんに持って帰って来いって言われた?」
「は、はい。腰のポーチに入れて、持っていたんですけど……」
そのタイミングで少女はぐすっと鼻を啜る。
そこまで聞いた私は、『もう胚珠を手に入れたんだ』と内心で驚いた。
まだ実技試験が始まってからそんなに時間が経っていないのに。
そう感心すると同時に、『はぁなるほど』とある程度の事情も察した。
大方、森を歩いている間に、死花の胚珠を入れたそのポーチを落としてしまったのだろう。
と、思っていたら……
「木の根に躓いて転んだ拍子に、腰のポーチが外れて飛んでしまって、木の上の引っ掛かってしまったんです。それを取ろうと思ったら、今度は大きめの鳥がポーチを持って行ってしまって、それを追い掛けていたらまた木の根に躓いて転んで見失ってしまいました」
「そんなことある?」
私の予想を遥かに上回ってきやがった。
運が悪かったなんて話ではない。
もはや神様に見放されていると言っても過言ではないくらいだ。
確かによく見たら、少女の脚はひどく汚れていて、右膝を盛大に擦り剥いていた。
腰に付けていたポーチが弾け飛んだくらいなので、随分と派手に転んでしまったらしい。
そしてポーチが木の上に引っ掛かって、鳥に持って行かれて、また躓いて転んで見失ってしまったと。
せっかく早めに死花の胚珠を手に入れたっていうのに、そんな台本のような不運に見舞われて失くしてしまうなんて。
何だろうこの子。よくよく見ると不吉なオーラが漂っている気がする。
「私、昔からすごく運が悪くて、悪いことが起きなかった日がないんです。怪我や病気なんて日常茶飯事ですし、今まで転ばなかった日の方が圧倒的に少ないですし、パンを落としたらジャムを塗った面が必ず下になる、どころか一緒にお皿も落として粉々に割れちゃいますし」
「入学試験より先にお祓いとか行った方がいいんじゃないの?」
たぶんこの子あれだ。
絵に描いたような“不幸少女”だ。
幸運値999の幸運娘の私と違って、この子の場合はおそらく……
「お祓いはもちろん試してみました。でも教会を訪ねてみたら、『それは単純に幸運値0のせいだ』って言われちゃいました」
「0の人なんていたんだ……」
幸運値0の超絶不幸娘。
幸運値は平均的に50くらいの人たちが多いと聞く。
低い人でもさすがに30はあって、それ以下の数値の人間はほとんどいないのだとか。
それがまさかの幸運値0。
幸運値は魔素の輝きによって数値を算出しているのだけど、この子の魔素はいったいどれだけ真っ暗なんだろうか。
「正確には0ではなく、さらにその下の“マイナスいくつ”だって鑑定師さんは言っていました。今までに見たことがなくて正確な数値が出せないから、とりあえず『“幸運値0”にしとこ』って」
「マイナスって……」
それはもはや幸運値ではなく『不運値』とでも呼んだ方がいいだろう。
これだけ不幸の連続に見舞われているのなら、きっとこの子の不運値はとんでもない数値のはずだ。
ていうか一緒にいるだけでもちょっと怖いんだけど。
私まで何か悪いことに巻き込まれそうでそわそわする。
だから気の毒だとは思いながらも、私はさっさとこの場を立ち去ろうとした。
けど……
「うぅ、せっかく死花を倒して、胚珠を手に入れられたのに……」
「……」
青ずきんちゃんは再び目元に大粒の涙を滲ませて、ぐすぐすと泣きじゃくり始めてしまった。
その姿を前にして、私は動かそうとしていた足をピタリと止めてしまう。
……はぁ、仕方ない。
「ちょっとの間だったら一緒に探してあげるよ」
「えっ?」
「私、失くし物を探すのは得意だからさ」
言うや否や、私は近くの茂みに頭を突っ込んだ。
そしてポーチらしきものが落ちていないことを確認し、すぐに次の茂みに移る。
そんな風に私がポーチを探している姿を見て、青ずきんちゃんは呆気に取られたような声をこぼした。
「い、いいんですか? ご自分の試験もあるのに……」
「だからちょっとの間だけだよ。長引くと思ったらすぐにやめるから。ほらっ、早いとこ見つけちゃお」
「は、はい……ありがとう、ございます」
青ずきんちゃんは意外そうな顔をしながら、ぎこちない会釈を返してきた。
まあ、少しの間だけなら別に問題はない。
失くし物を探すのは本当に得意だし。
それにもしこの状況を冷たく見捨ててしまったら、心の中のマルベリーさんにひどく叱られちゃいそうだしね。
それから私と青ずきんちゃんは、二人してポーチ探しを始めたのだった。
そして早くも十分くらいが経っただろうか。
この辺りの茂みや木の上を程々に探し終えて、私は“ふぅ”と一息吐く。
なんかこの辺りにはない気がするなぁ。
「もう少し先に進んでみよっか。あっちの方とか」
「えっ、どうしてですか?」
「なんかそっちの方にある気がするから」
「えっ? そ、そんな曖昧な理由で……?」
私の根拠のない自信を見て、青ずきんちゃんはひどく困惑していた。
それでもしっかりと後ろをついて来てくれる。
私が先頭になって森を進むと、茂みを掻き分けて行った先に一本の大木を見つけた。
するとどうだろう。
その大木の根本付近に、青色のポーチらしきものが落ちていた。
「あっ、私のポーチ!」
「ほらねっ、私の言った通りでしょ」
さすが幸運娘の私。
ドヤッと言わんばかりの顔で堂々と胸を張っていると、ポーチを拾ってきた青ずきんちゃんが夢でも見ているような顔をして首を傾げていた。
「ど、どうしてポーチが落ちている場所が、ピタリとわかったんですか?」
「別にわかったってわけじゃないよ。ただこっちの方にある気がしただけ。私、こういう勘ってすごく当たるんだよねぇ」
「は、はぁ……」
水色髪少女はピンと来ていないように呆けた顔をしている。
ポーチを見つけ出せた理由を“ただの勘”で片付けられてしまったからだろうか。
でも、それ以外に表現の仕様がない。
だって本当に勘なんだもん。その勘で私は、今まで失くし物や探し物をピタリと見つけ出してきた。
マルベリーさんが失くしちゃった魔道具とか、マルベリーさんが探していた薬草とか香草とか。
たぶん幸運値999のおかげなのかな? よくわかんないけど。
「じゃ、無事に失くし物も見つかったってことで、私はもう行くね。合格おめでとー」
「あ、あの! ありがとうございました!」
青ずきんちゃんからのお礼の言葉を背に受けながら、私は早々にその場を立ち去った。
私も早く死花の胚珠を手に入れなきゃいけないからね。
さて、軽く人助けもしたことだし、神様がこれを見ていたらちょっとくらい温情をくれてもいいんじゃないかな?
具体的には私にも早く死花の胚珠をくださいな!
そんなことを思いながら、少女と別れてから二十分ほど捜索をしてみたのだが……
私の目の前にはまったく、討伐対象の死花が現れてくれなかった。
「……おかしい。色々とおかしい」
どうしてこんなにも目当ての魔獣が見つからないのだろうか?
何かを探すのは大得意のはずなのに。
幸運値999の幸運娘じゃないの私?
「他人の失くし物は簡単に見つけられるのに、自分が探してるものはまったく見つからないなぁ」
もしやこれって幸運値とかあんまり関係ない?
それかもしくはさっきのあの子の不幸オーラに当てられて、私の幸運が僅かに薄れてしまったのだろうか?
うーむ、充分にあり得る。
私がここまで探しもので苦戦するなんて初めてだし。
縁起のいいものに触ったら運気が上昇するのと同じように、縁起の悪い少女に関わってしまったばっかりに私の幸運値が脅かされてしまったのかもしれない。
まあ、冗談はここまでにしておいて。
「ひょっとしたら、意外と入口の方に固まってるとか?」
てっきり森の奥の方に死花が集中していると考えて、ずっと奥を目指して歩いていたけど。
まさかそれは間違いだったのかな?
あの青ずきんちゃんも実技試験の開始直後に死花の胚珠を手に入れていたし、思った以上に入口付近に固まっているのかもしれない。
そう思ったので、私は一度引き返してみることにした。
これもまあ、ただの勘だ。根拠なんて何一つない。
そんな風に開き直って元来た道を引き返していると……
「おい、その胚珠を渡せ」
「んっ?」
またもどこからか人の声が聞こえて来た。
今度は少女ではなく男性の声。
ていうかなんだかまたも穏やかならない台詞だった。
さっきので懲りているはずなんだけど、進行方向の先ということもあり、つい私は声のした方に歩いて行ってしまった。
とりあえず様子だけを見て、面倒そうな状況だったらすぐに逃げよう。
そう考えながら茂みの影から声のした方を窺ってみると、森に線を引くように一本の獣道があって、その場所に四人の人物が立っているのが見えた。
綺麗な身なりの男子三人組と、そしてもう一人は……
「あれっ? さっきの子じゃん……」
ポーチ探しを手伝ってあげた、あの不幸な青ずきんちゃんが、ガクガクブルブルと震えていた。