翌朝。
 いよいよ星華祭の最終日となった。
 生徒たちは各々やる気をみなぎらせており、朝から通学路はかなりの活気に溢れている。
 私とミルもその空気に当てられて、自ずと全身に力が籠った。
 ましてや私たちは華のAグループで、優勝候補筆頭とまで言われている一年A組だからね。
 誰よりも前のめりになるのは必然だと言えるだろう。
 そんな活気に満ち溢れた通学路の中に、一人だけズンと気持ちを沈ませている人物を発見した。
 大きな丸眼鏡を掛けている、ボサボサの灰色髪の二年生。

「あっ、ピタージャ先輩だ」

「本当ですね。通学路で会うなんて奇遇です」

 周りの同級生たちが楽しそうに喋っている中、ピタージャ先輩はその邪魔にならないように小さくなりながら歩いている。
 いつも研究室で馬鹿騒ぎしている先輩の姿とは思えなかった。
 そんな彼女の背中を、後ろからポンと叩いて声を掛ける。

「ピタージャ先っ輩!」

「ひゃっ!」

 突然そんなことをしたからだろうか、ピタージャ先輩は可愛らしい悲鳴を響かせた。
 そのせいで周りの生徒たちからも若干の注目を浴びてしまう。
 少し驚くくらいかなと思ったのだが、まさかここまで大きな反応をされるとは。
 衆人の目がこちらに集まったことで、ピタージャ先輩は顔を赤くさせながら私たちの方を振り向いた。

「な、なんだ、サチ君とミル君か。びっくりさせないでくれよ」

「い、いやぁ、まさかこんなに驚かれるとは思っていなかったので……」

「通学路で声を掛けられるなんて滅多にないから、ついあんな声を……」

 それは申し訳ないことをしてしまった。
 ともあれ、程なくして視線が解かれて彼女は安堵の息をこぼす。
 そして再び皆の邪魔にならないように、体を小さく縮こまらせた。
 先輩は研究室の外だと意外と静かなタイプなんだろうか?

「ところで、この星華祭の間ずっとピタージャ先輩を見ていなかったと思うんですけど。先輩どこにいたんですか?」

 同じ競技に出場する機会もなかったので、本当に一度も先輩と会っていなかったように思う。
 でも普通なら、応援席とか学園内のどこかですれ違っていてもおかしくないと思うんだけど。

「わ、私は、競技が終わったら、すぐに研究室に引っ込んでいたからね。競技場にいる時間より、研究室で魔道具研究をしている時間の方が遥かに多いんだよ」

「…………なんか、ピタージャ先輩っぽいですね」

 星華祭より魔道具研究の方が大事らしい。
 それはものすごく、私たちが知っているピタージャ先輩っぽいとは思ったけれど……

「ピタージャ先輩ってもしかして…………“ぼっち”なんですか?」

「あうっ!」

 思いがけずこぼしてしまった台詞に、ピタージャ先輩は体をぐねっと曲がらせた。
 予想以上のダメージが入ってしまったみたいだ。
 星華祭に消極的な感じと、今のこの通学路の様子を見て、そうではないかと踏んでみたのだが……

「ご、ごめんなさい。つい口走ってしまって……」

「い、いいんだ別に。どうせ私は陰で、地味で根暗で近寄り難い、魔道具研究に取り憑かれたぼっち女と言われているからな。寮の同室者も私のことを気味悪がって、いつも友人の部屋で寝ているくらいだし。そもそも魔道具研究に友達なんて必要ないからな、私はぼっちでいいんだよ」

「……」

 本当にごめんなさい。
 私の一言がだいぶ深傷を負わせてしまったらしい。
 申し訳ないと思った私は、ピタージャ先輩をフォローするためにミルに話を振る。
 しかしそれは逆効果になってしまった。

「だ、大丈夫ですよピタージャ先輩! 今は私たちが一緒にいるんですから、全然ぼっちじゃありません! ねっ、ミル」

「は、はい。その通りですよ。別に同級生の中から親しい人物を見つける必要はありません。『あいつ後輩とだけよく喋るな』とか言われても、そんなの気にすることないですからね」

「ぐはっ!」

 ミルのその一言が、完璧なトドメとなってしまったようだ。
 “後輩とだけよく喋る”は禁止でしょ。
 同級生の友達はまったく作れないが、年下の後輩には強く出られる。
 そのため後輩とだけよく喋るぼっちが、一定数いるとは聞いたことあるけど。
 星華祭最終日、まだ競技が始まってもいないのに相当なダメージを負ってしまったピタージャ先輩は、覚束ない足取りで通学路を進んでいた。
 その時、不意に彼女はこちらを見て言う。

「そういえば、君たちの一年A組はダントツで首位のようじゃないか。頑張って優勝してくれたまえ」

「自分のクラスの応援はしないんですか」

 私たちの応援をしてくれるのは嬉しいけれど、自分のクラスのことはいいのだろうか?

「今この学園で一番仲がいいのが君たちなんだ。ならば当然君たちの応援をするに決まっているだろ」

「でもそれだと、クラス自体が注目されなくて、先輩も業界の魔術師たちに見てもらえなくなっちゃうんじゃないんですか? 先輩は目立ちたいとか思わないんですか?」

「私は別に構わないさ。それに私が将来やりたいことは魔道具の研究だからね。魔術師として名を広めても大した意味はない。星華祭の競技では魔道具の使用を禁止されているし、私にとっては本当に不毛な行事だよ」

 ますます先輩は力なく肩を落としていった。
 ここまで星華祭に後ろ向きな生徒も珍しい。

「魔道具に目を向けてもらえるような行事とか、他にないものだろうか? 私は星華祭などではなく、魔道具研究の腕を披露できる場を渇望しているというのに」

「そもそもここは魔術師の養成施設ですからね。魔術師本人が活躍するような行事しかありませんよ」

 それこそ魔道具専門の学会とか行かないと、そんな機会には恵まれないのではないだろうか?
 まあ、情熱は人一倍にある人だから、いつかはみんなに魔道具製作の腕と、先輩が作った魔道具を認めてもらえると思う。
 もしかしたら思わぬ形で、彼女の力が世界を救うことになる可能性だってあるかもしれないし。

 そんな他愛のない会話をしながら、私たちは魔道具研究会の三人で通学路を歩いたのだった。