星華祭、二日目の競技が終了して、私はミルと一緒に寮の部屋に戻って来ていた。
 総合点は現状トップ。このまま順調に行けば一年A組が優勝を掴み取れる。
 そんな状況となり、クラスのみんなは大いに盛り上がって、とてもいい雰囲気で最終日の打ち合わせもできた。
 周りからの注目も集まっているし、マロンさんのお母さんだってきっとクラスにいい印象を持ってくれているはず。
 まさに好調という流れにはなっているのだが、私は気持ちを曇らせながら、暗くなった窓の外を見つめていた。

「どうかしたんですかサチさん?」

 その様子を見ていたミルが、首を傾げながら尋ねてくる。
 どうやら心配させてしまったらしい。
 なんでもないと言うように、私は肩をすくめてみせた。

「うーん、ちょっと顔見知りを見つけた気がしてねぇ」

「えっ、お客さんの中にですか?」

「ううん、学園の生徒の中にだよ。まあ見間違いかもしれないけど」

 と、まるで自分に言い聞かせるように言ってみるが、心はいまだに晴れてくれない。
 あれを見間違いで片付けるのはさすがに無理があるからね。
 競技の見学をしている時、実況の台詞と周りの声から、ある一人の人物の名前が耳に飛び込んできた。
 そしてそれらしい人を探してみると、二年C組の生徒の中にその人はいた。
 やっぱりあれは……

「…………マイスお兄ちゃん、なんだろうなぁ」

 最後に会った時から十年経っているが、面影は充分にある。
 名前と顔がここまで一致していて、別人という方が無理があるよなぁ。
 年の頃も同じだし、あれは間違いなく私の実の兄であるマイス・グラシエールだ。
 まさかこんな形で再会するとは思わなかったなぁ。
 思えば、ここは最高峰の魔術師養成施設なので、代々腕利きの魔術師を輩出してきたグラシエール家の人間なら、当然入学をしているに決まっているか。

『わ、私と違って冷遇されていることに腹を立てて、父上が大切になさっている壺を砕いているところを見ました』

 私がグラシエール家を追放されるきっかけを作った一言。
 我が身可愛さに私を身代わりにした、なんとも小狡い兄貴。
 よもやこの学園で再会するなんて思っていなかったので、なんかとてもショックだ。
 私の大好きな場所に、苦手な人がいるというだけで気が滅入る。

「……はぁ」

 まあ、別にそんなことどうでもいいか。
 今さら私とあの人に関係はないし。
 それにあれから十年も経っているんだから、顔を見たところで向こうは思い出せもしないだろうから。
 気持ちを切り替えるという意味で、今度は私からミルに問いかけた。

「そういえばミルの知り合いとかは、星華祭の見学に来てないの? お母さんは病気だから仕方ないかもしれないけど」

「うーん、そういう予定は特にありませんね。そもそも私、知り合いとかはほとんどいませんし」

「……そんな悲しいこと言わないで」

 まあ私も知り合い皆無なんですけど。
 と、そこで先ほど兄のことを思い出してしまったため、自ずとこんな疑問が湧いてくる。

「ていうかミルって一人っ子なんだっけ?」

「はい。ですから見学に来る兄弟も姉妹もいませんよ。お母さんの面倒は村の人たちが見てくれていますし。あっ、でも、姉のような人が一人……」

 その時、不意にミルは口を止めて、声を途切れさせてしまった。
 ふとそちらに視線を移すと、心なしか彼女は切ない顔をしているように見える。
 意味ありげな表情を見て、私は一瞬戸惑ってしまった。
 ミルは何を言いかけたんだろう?
 しかしすぐに元の表情に戻って、彼女は続けた。

「まあ、最近は魔術師暴走事件など危険なことも多いので、もし知り合いや兄弟とかがいても来るのを止めていたかと思います」

「そっか。ていうか実際、そういう人たち多いって聞くもんね」

 近頃は町の方が物騒だから、家族や友人を呼んでいないという人が多くいる。
 活躍を見せてあげられないのは残念だけど、その人たちの身が危険に晒されるのが何よりも嫌だもんね。

「何はともあれ、ミルの活躍はちゃーんと私が見ておいてあげるから、存分に力を出し切ってきなよ」

「はい。ありがとうございます、サチさん」

「まあ、私ってミルの“お姉ちゃん”代わりみたいなもんだからねっ。妹の面倒を見るのは当然のことだよ」

「……」

 “なははっ”とバカっぽい笑い声を上げていると、ミルが何か言いたげな様子でジト目をこちらに向けてきた。
 どうやら勝手に妹扱いされたことが気に食わなかったらしく、思わぬ反撃を繰り出してくる。

「いつも脱ぎ散らかしてある同室者の衣類をまとめているのは誰ですか?」

「…………ミルです」

「朝寝坊しかけている同室者を心を鬼にして起こしているのは誰ですか?」

「…………ミルさんです」

「掃除係を忘れた同室者の代わりに部屋の掃除をしているのは誰ですか?」

「…………ミルお姉様です」

 調子に乗ってすみませんでした。
 思い返してみれば、私の方が断然情けない妹みたいじゃん。
 思い直して自重しよう。

「では、そろそろいい時間ですから寝ましょうか。明日は星華祭の最終日ですし。それと、魔術師暴走事件を止める役も、明日が一番大変になりそうですから」

 ミルのその言葉を聞いて、私は改めて魔術師暴走事件のことを思い出す。

「そういえば、私たち学園長さんから魔術師暴走事件を止める役を引き受けたのに、結局この二日間何も起きてなくない? 平和そのものじゃん」

「まあ、平和に越したことはないじゃないですか。おかげで私たちもちゃんと競技に出られていますし」

 次いでミルは私を注意するように、両手の人差し指を交差させて罰点を作ってみせた。

「それにまだ油断してはいけませんよ。最終日が残っているんですから。先生方も明日からさらに忙しくなるそうなので、本格的に私たちだけで暴走事件に対処することになると思います」

「だから明日が一番大変になりそうなんだよね。ちゃんとわかってるから大丈夫だよ」

 私は今一度、自分の役目を頭の中で思い返す。
 暴走者が出たら、学園長さんがその場に私たちを転移させてくれる。
 そして商業区で暴走者を止めた時のように、実力行使で無力化をする。
 きちんと頭には入っているから心配無用だ。
 その明日に向けて早く寝るために、私は就寝の準備を始めた。
 ミルがベッドを直してくれている間に、私は窓掛けを閉めようとする。
 その時――

「んっ?」

 窓の外。
 一番近くに立っている木の方で、何かがキラッと光ったように見えた。
 すでに日が落ちて暗いため、具体的にはわからないけれど、木の枝に何かが止まっているような……
 と、目を凝らそうとしたその時、光は素早く暗闇の奥へと消え去っていった。
 というか飛び去っていったように見える。鳥か何かだったのだろうか?

「どうかしましたか?」

「あっ、ううん。なんでもない」

 私は特に気に留めることもなく、シャッと窓掛けを閉める。
 そして明日に向けて、早々と寝床についたのだった。