星華祭、二日目。
この日も前日に負けず劣らずの観客が学園に集まっていた。
一日目から勢いが衰えた様子もなく、ますますの盛り上がりを見せている。
自然、生徒たちのやる気も連れ立って高まっていき、私も同様に胸を高鳴らせていた。
だから『よしっ、今日こそは目立つぞ!』と意気込んでいたんだけれど……
「…………なんで私、訓練場ばっかなの?」
今日参加する競技も、残念ながら訓練場で行われるものだった。
精霊捕獲。
訓練場に放たれた精霊に触れて、得点を稼いでいく場内競技。
まあ、簡単に言えば“追いかけっこ”だ。
先生たちが召喚魔法で呼び出した『光霊』という魔獣を、三人一組になって追いかけ回す。
一応、魔獣の一種ではあるが、害意はなく実体も存在しない。
ただの“光の塊”に近い存在で、人の生体と重なると消えてしまう儚い魔獣だ。
存在そのものが希薄で、魔獣という概念から外れた個体と言う人もいるほど不可解な魔獣。
そのため召喚魔法による魔素損傷もまったくないらしく、危険と言われている召喚魔法でも、『光霊召喚』だけは今回の競技に用いることが認められたみたいだ。
「確か光霊って、色によって“種類”が分けられてるんだよね? 五色くらいだっけ?」
「五じゃなくて七種類だよ。七色の光霊。色ごとに使える能力も違うから、捕まえた時の点数も全然違うんだよ」
そんな会話が訓練場の傍らから聞こえてくる。
そう、この競技はただ光霊を追いかけて触れればいいだけではない。
光霊は七色の種類に分かれており、色ごとに使える能力が異なっている。
それを正確に分析したり、あるいは点数の高い光霊に狙いを絞って探したりと、色々と戦略が求められる競技になっているのだ。
もちろん、他のクラスからの妨害も考慮しなければならない。
ここまで聞けば、なかなかに派手な競技になって、注目を浴びることができるかもしれないと思ってしまうが、残念ながら先日の超人疾走と同じく訓練場での競技となる。
そのせいで注目度はお察しだ。
グラウンド競技場の方に観客を取られてしまい、あまり客入りはよくない。
「……はぁ、仕方ないか」
ここは割り切って、できることを精一杯頑張っていくとしよう。
ミルの言う通り、上手く戦力分散できているから、幸運値が幸いしてくれた結果だと思えば気も楽だ。
……まあやっぱり、私にとってはあんまりおいしくないけどね。
ともあれこちらでも活躍ができれば、それなりに観客たちの目を引くことができる。
だから改めて、『訓練場でも頑張るぞっ!』と意気込んでみたのだが……
「あなたは特に何もしなくていいですよ」
「……」
同じ精霊捕獲に参加するクラスメイトに、出鼻をくじかれる一言を浴びせられた。
一年A組クラスメイト、オーベル・ジーヌ。
黒色の長髪を三つ編みにして、クールな顔立ちの上には眼鏡をかけている。
生徒会長でもやっていそうな、とても真面目そうな印象の彼女だが、どうやら他の生徒と同じく平民が嫌いらしい。
「今回の精霊捕獲は、私とアスペルジュの二人だけで充分です。あなたは足を引っ張らないように後ろの方に控えていてください」
「……っ! ……っ!」
もう一人、一年A組クラスメイト、アスペルジュ・ブランシィがオーベルの後ろに隠れながら頷いている。
深緑色の垂れ流すような長髪で、前髪も長く目元がほとんど隠れてしまっている。
ミルやポワールさんに劣らずの幼児体型で、基本的に無口な彼女は、いつも仲良しのオーベルの背中に怯えるように引っついている。
会話では首を縦に振るか横に振るかだけで意思を示してきて、コミュニケーションがかなり難しい女の子だ。
で、こんな二人と一緒に精霊捕獲に参加するわけなんだけど、第一声からこれでは先が思いやられる。
「カロートから、一応あなたの話は聞いています。どうやら幸運値が異常なまでに高いとか。それで確率魔法という特殊な魔法を使って競技に臨んでいるようですね」
昨日、一緒に超人疾走に参加したクラスメイト、カロート・ジュリエンヌと少しだけ仲良くなって、確率魔法のことを教えた。
他のクラスの人たちにも教えていいか聞かれたので、とりあえず了承しておいたけれど、もうみんなに伝わっているみたいだ。
それなら少しは私に対して期待を抱いてくれるかも、と思ったけれど……
「しかし、そんな運任せの魔法に頼っているだけでは、この先の競技に勝つことはできません。運が良かったから勝てた、というのが通じるのは三流までです。そもそもいくら幸運値が高いからと言って、成功確率の低い魔法が必ず上手くいくなんてまったく信じられませんよ」
まあ、簡単に信じてもらえるものでもないよね。
私自身、自分の力について完全に熟知しているわけじゃないから。
「肝心な時にヘマをされても困ります。ですので今回はあなたは見ているだけで充分ですよ。それと……」
不意にオーベルは、私の耳元に顔を寄せて、低い声音で囁いてきた。
「平民の分際で、これ以上マロン様にちょっかいを掛けないでください……!」
「……」
……ふむ。
今まで色々と他人の怒りを買ってきたせいか、私も段々と察しがよくなってきたみたいだ。
つまりオーベルは、同じクラスのマロンさんに好意的な感情を抱いていて、日頃からマロンさんと仲良くしている私が気に食わないと。
そういえばオーベルはよく、教室内にいる時にマロンさんのことをうっとりとした目で追っていたような……
「ジーヌ家の私が話しかけることも躊躇われるような存在に、平民ごときが慣れ慣れしくしないでください。低俗な者が接しているだけで、彼女の品位を貶めていると自覚したらどうでしょうか」
「……っ! ……っ!」
その発言に同意するように、アスペルジュがこくこくと激しく頷く。
両者から激しい拒絶心を感じた私は、内心で深々としたため息を漏らした。
ものすごい敵意だ。マロンさんと仲良くしていただけでこうも睨まれることになるなんて。
ここで無理に対抗心を燃やして反発すれば、競技にも支障を出しかねない。
しばらくは見守る他なさそうである。
『それではただいまより、訓練場にて精霊捕獲を始めさせていただきます!』
その号令を受けて、参加者たちはそれぞれの開始地点についた。
精霊捕獲は全二十一クラス、一斉参加の競技となっている。
それぞれのクラスから三人の参加者が出て来て、合計六十三名の競技者が場内で競い合うことになる。
大熱戦になること間違いなかったのだが、私はチームメイトから釘を刺されているためやや後ろの方に控えていた。
『位置について、よーい……スタート!』
直後、場内の至る所に蛍のような光の浮遊物が出現する。
ぽわぽわと漂っているそれらは、精霊捕獲の標的である光霊たちだ。
参加者は意気揚々と駆け出して、その光霊たちを捕まえに向かった。
『総勢六十三名の魔術師の卵たちが、未来の光を掴もうとするように光霊たちに手を伸ばしていきます! しかし光霊も特殊能力を用いて生徒たちから逃れていきます!』
赤色の光霊は高速移動の能力。
青色の光霊は偽物を作る能力。
緑色の光霊は瞬間移動の能力。
などなど、色ごとによって様々な能力を使いこなして、私たちを嘲笑うように場内を飛び回っていた。
皆が必死になって追いかける中、私もとりあえず身体強化魔法と防護魔法を使って光霊を追いかけ始める。
大人しく見ていろ、と言われたけれど、さすがにそういうわけにもいかないからね。
私もできる限りのことをやって得点を稼ごうとした。
「ほいっ! それっ!」
触れたそばから光霊が消えて、またどこかに出現する。
オーベルとアスペルジュも、口だけではなかったようで、私に劣らずの勢いで光霊を捕獲していた。
これなら確かに、私の手は必要なさそうだ。
ていうかこのまま順調に行けば、成績トップも狙えるんじゃ……
『場内に“黒色の光霊”が出現しました! 皆様大チャンスです!』
「――っ!」
黒色の光霊。
他の光霊より捕獲した際の点数が規格外に高い個体。
しかしその分、“透明になる能力”という、全光霊の中で最も厄介な力を有しているので、捕らえるのは容易なことではない。
そのため皆は血眼になって、黒色の光を探し始めた。
すると訓練場の中央に、目的の光を見つける。
皆は我先にと飛び出して行き、オーベルとアスペルジュも出遅れることなく走り出した。
だが……
「「「【成功者の躓き】!」」」
その隙を、冷静に構えていた三年生たちに、上手く突かれてしまった。


