それから、早くも一ヶ月が経過。
 生徒たちはこの一ヶ月の間、星華祭の練習に精を出し、学園内には活気が満ち溢れていた。
 みんな、これを機会に魔術師業界に名前を馳せようと躍起になっている。
 当然私も、マルベリーさんを咎人(とがびと)の森から解放してあげるという使命を持っているし、今は同時にクラスメイトのマロンさんを助けるために星華祭で成果を残したいと思っている。
 そして今日はいよいよ、みんな心待ちにしていた王立ハーベスト魔術学園の競技祭――星華祭の当日である。

『皆様、おはようございます。本日は待ちに待った星華祭の日です』

 その開会式が現在、学園の校庭にて行われている。
 校庭は星華祭の特別仕様となっており、周りは二階建ての観客席でぐるりと囲われている。
 いつもはだだっ広いだけの殺風景な砂のグラウンドだが、競技を観戦しやすいように魔法で観客席を設けたらしい。
 つい一ヶ月前までは何もなかったグラウンドなのに、短期間で立派な競技場を成形するとは魔法の力おそるべしだ。

『幸運なことに晴天にも恵まれ、今日までに目立ったトラブルもなく、滞りなく準備を進めることができました。お忙しい中お集まりいただいた観客の皆様には、改めてお礼を申し上げます』

 そして競技場の前方に置かれた朝礼台では、今まさに拡声魔法を通して、『生徒会長』さんが開会の挨拶をしている。
 三年D組所属の、学内最高の成績優秀者――クロスグリ・トラヴァイエさん。
 黒髪ショートボブの綺麗な感じのお姉さんで、ややハスキーな声と、細い感じの黒目がクールさに拍車をかけている。
 そんな生徒会長のクロスグリさんは、魔力値“260”の凄腕の実力者らしく、何よりも凄まじいのが魔法技能の才腕にあるとか。
 噂では、“無詠唱”で魔法が使える逸材らしい。

『マルベリーさーん。どうやったら詠唱しないで魔法を使えるようになるの?』

『雑念を払って、心の中だけで魔素に語りかけるんですよ。少しでも雑念があれば正しい式句を伝えることができませんので、今日の晩ご飯のことばかり考えているサチちゃんでは、ちょっと難しいかもですね』

 無詠唱魔法。
 魔素への命令を言葉に出さず、心の中で唱えることで発動できる高等技法。
 魔導師として常日頃から魔素と対話しているマルベリーさんでさえも、たまにしか発動ができない最難度技術らしい。
 しかしあの生徒会長さんは、どうやらそれを完璧に使いこなすことができるようだ。
 口を動かさず、頭の中だけで式句を成立させるので、その分魔法の回転率が異常に高いとのこと。
 力強い魔法を重ねて速射することで、これまで数多くの魔獣を討伐してきて、現在は学園依頼の完遂率は学内トップ。
 討伐点、学術点ともに最高成績を有しており、その優秀さを評価されて生徒会長の地位に上り詰めたのだとか。
 あと、顔がいい。スタイルもいい。そのため学内にはファンクラブまで存在するとかしないとか。

「……色んな意味で強敵だなぁ」

 星華祭の優勝を目指すとすれば、彼女は自ずと大きな壁になることだろう。
 厳密に言えば彼女が所属している三年D組が。
 というか言わずもがなだけど、現三年生たちはすでに魔術学園の進級試験を二度も突破している実力者揃いだ。
 三年生というだけで相当警戒しておいた方がいいだろう。
 むむむと勝手に対抗心を抱いて、列の中から生徒会長さんを見据えていると、彼女は凛とした声を張って挨拶を続けた。

『今日まで精一杯、全校生徒は競技練習に取り組んで参りました。その成果を存分に発揮し、見応えのある競技祭にしたいと思いますので、どうか皆様ご声援のほどよろしくお願いいたします』

 そうして生徒会長からの挨拶を締めると、続いてクロスグリさんに変わって金髪のお婆さんが出て来る。
 入学式の日にも見た、衆人用の姿の学園長さんだ。
 今度は学園長さんの挨拶が始まり、私はそれを聞きながら前に並んでいるミルに囁いた。

「ねえ、ミル?」

「……はい?」

「確か、暴走者が出たら学園長さんがそこに飛ばしてくれるんだよね? それなら見回りとかも別にしなくていいのかな?」

 改めて確認をとっておくことにする。
 私たちは星華祭の開催中、くだんの魔術師暴走事件の歯止め役を学園長さんから任されている。
 開会式では特に異常もなく、周囲を取り囲んでいる観客たちにもこれといった異変は見受けられない。
 という風に、いつどこで暴走者が出るかわからない状況だが、学園長さんはすぐに異常を察知することができるようで、私たちをそこに転移させてくれるという話だ。

「はい、そう仰ってましたね。ですから学園内の巡回なども必要はないかと」

「じゃあ私たちは、全力で競技に集中してもいいってことだね」

 それは本当に助かる。
 ただ、競技中に呼び出しをされるのはさすがにマズイので、それだけは勘弁願いたいところだ。
 転移魔法は拒否しようと思えばできるという話だったので、どうしても都合が悪い場合は断ってもいいとは言っていたけど。

「にしても、やっぱり結構な数の生徒だね。全部で何人くらいいるんだろう?」

 改めて周囲を見渡しながら呟くと、前のミルが横目にこちらを一瞥しながら教えてくれた。

「一年生のクラスがAからJまであって、一クラスおよそ三十人。入学時点の一年生の総数が三百人少しといったところですかね。それから試験で篩にかけられて、年々三割ほどの生徒が学園を去っていると聞いていますので、現在の生徒総数は…………六百から七百、といったところではないですか?」

「うーん、そう聞くと多いのか少ないのか、いまいちよくわかんないなぁ」

 いやでも、次世代の国家魔術師の卵たちが六百人近くもいるっていうのは、やっぱりすごいことだよね。
 そんな生徒たちと、競技という形ではあるけど戦わなきゃいけないわけか。
 それに自分一人が勝てばいいというわけではなく、クラス全員の競技点を合わせて競うことになる。
 必然、みんなそれぞれ緊張感を滲ませていた。

「うぅ、本当に優勝できるでしょうか……? もし不甲斐ない結果を残してしまったら、マロンさんにご迷惑が……」

 同じように不安げな様子を見せるミルに、私は後ろからガバッと抱きついた。

「そんな心配することないって。ミルは現役生徒の中でも最高の魔力値を叩き出してるんだし、今日まで頑張って練習もしてきたじゃん。それにうちには代表者のマロンさんだっているし」

 と、言った直後、私はあることを思い出して眉を寄せる。

「あっ、でも、同時進行でやる競技には、マロンさんが出られないものもあるのか。ミルが出る競技は一緒に出てもらえるの?」

「は、はい。私とマロンさんと、もう一人セルリ・ブランシールさんを加えての三人で出場をします」

「いいなぁ。私もマロンさんと一緒に出たかったけど、ちょうど私の競技の時、マロンさん別の競技出ちゃってるからなぁ」

 競技はこの第一グラウンドだけで行われるわけではない。
 ここの他に、私がカイエン・シフォナードと模擬戦を行なった訓練場も使って競技は進められる。
 同じタイミングで競技を行なった場合、代表者はどちらか一方にしか出られないため、マロンさんでも参加できない競技というものもあるのだ。
 それが、本日一日目に私が参加する『超人疾走(スピリットスプリント)』である。

「サチさんのお力なら、それこそお一人でも大丈夫かと……」

「うーん、負けるつもりはもちろんないけど、それ以前にマロンさんと一緒に競技に出て、思い出づくりとかしたかったなぁって思ってさ」

 次いで私は声を落として続ける。

「もしマロンさんのお母さんの考えを変えることができなかったら、今回の星華祭が思い出づくりの最後の機会になっちゃうでしょ。だから私もマロンさんと思い出づくりしたかったんだけど……。はぁ、私の幸運値はいったい何をしてるんだか」

 今回の行事を最後に、マロンさんとのクラス生活が終わりを告げるかもしれない。
 だから少しでも多くの思い出を共有したいと思ったんだけどなぁ。
 密かに落胆していると、ミルがふと晴天を見上げながらぽつりと呟いた。

「ある意味これは、幸運値が働いた結果……なのかもしれませんよ」

「んっ? どゆこと?」

「確かに思い出づくりができなくなってしまったというのは、大きな不幸だと思います。しかしサチさんとマロンさんの出場競技が分かれたことによって、どちらの競技でも高得点を取れる可能性が出てきたじゃないですか」

「……」

 はぁ、そういう考え方もあるのか。
 マロンさんと一緒に競技には出られないけれど、意図せず戦力を分散させることができた。
 学内でもトップクラスの実力者のマロンさんと、言わずもがな超絶幸運娘の最強魔術師サチちゃん。
 この両者が分かれたことによって、両方の競技で高い点数を稼げる可能性が生まれたというわけだ。
 これが幸運値999の力が働いた結果、というなら、確かに納得できる気もする。
 にしても……

「……なんかミル、私より前向きになってない?」

「顔は前にしか付いていませんからね」

 前に私が言った台詞を、そのまま引用してきたミルは、少しお茶目な笑みを浮かべて笑い声をこぼした。
 彼女も色んな面で成長をしているらしい。
 ちょうどそのタイミングで、朝礼台で話している学園長さんの挨拶が終わりに差し掛かる。

『日頃から切磋琢磨し合っている生徒たちの勇姿を、この星華祭を通じて皆様にお伝えできればと思っております。改めて生徒たちへのご声援のほど、何卒よろしくお願いいたします』

 直後、周囲から歓声と拍手が巻き起こった。
 会場は次第に熱気に包まれていき、それに当てられた生徒たちもやる気をみなぎらせていく。
 私も武者震いをしながら、静かに闘志を燃やした。
 ここで自分の実力を示して、魔術師の世界に存在を知らしめる。
 マルベリーさんを咎人の森から助け出してあげるために、そして友達のマロンさんの助けになるために。
 今回の戦い、絶対に負けられない。

「…………幸運値999の私、いったいどこまで活躍できるかな」

 さあいよいよ、待ちに待った星華祭が始まる。