ポワールさんのことを、私たちに相談したいの?
と、疑問に思うけれど、私はすぐにマロンさんが言いたいことを悟る。
「あっ、そっか。ポワールさんっていつもマロンさんにお世話してもらってるんだっけ?」
「ど、どういうことですか?」
唯一事情を知らないミルだけが不思議そうに眉を寄せている。
そんな彼女のために、私は得意げになって二人の関係性を説明してあげることにした。
「ポワールさんはマロンさんがいないと“ダメ”なんだよ」
「……???」
「あ、あの、サチ様。それだけですと説明不足な気が……」
あれっ、ダメだった?
私が言葉足らずな説明をしてしまったので、代わりにマロンさんが改めて教えてくれた。
「ポワールさんは基本的には“一人では何もできない方”でして、私がいつも身の回りの世話をしているのです。着替えの用意、移動教室の案内、教材の準備、誰かの手を借りないとまともに学園生活が送れない女の子で……」
「はぁ、なるほど」
そう聞くと、ポワールさんこそ特別体制学級への移籍が必要なんじゃないかと思えてくるけれど。
ただ果たしてそれだけの理由で移籍が許されるかどうかは際どいと思う。
「私がもし一年A組を離れて、特別体制学級に移籍してしまったら、ポワールさんの面倒を見る人間がいなくなってしまうのです。そうなったらきっと、ポワールさんは困ってしまうと思います」
「お花摘みの時もマロンさんが連れて行ってあげないと、場所がわかんないって言ってたもんね。それは確かに一大事かも……」
最悪みんなの前で……なんてことにもなりかねない。
だからマロンさんが一年A組を離れて、特別体制学級に行ってしまったり、ポワールさんとの寮生活をやめさせられてしまったとしたら、面倒を見られる人がいなくなってしまうということだ。
「じゃあ私たちに相談したいことって、マロンさんの代わりにポワールさんの面倒を見てほしいってこと?」
「はい。私がポワールさんの近くから離れることになった際は、お二人にポワールさんのことをお任せしたいと思いまして。他の友人たちにお願いすることもできるのですが、この事情を知っているのは今はお二人だけなので」
「なるほどね……」
少し込み入った話だし、変に言いふらしたくはないはずだ。
となると、偶然マロンさんとお母さんの話を聞いてしまった私たちに相談するのが一番ということである。
「サチ様とミル様なら、ポワールさんにも優しく接してくれると思いましたし、ポワールさんも嬉しいかなって思いまして……」
「うん、そういうことなら全然引き受けるよ。ポワールさんが困ってたら、絶対に私たちが助けるから」
「わ、私も、ポワールさんの助けになれればと思います……!」
私とミルは揃って、マロンさんに頷きを返した。
マロンさんは胸を撫で下ろすように頬を綻ばせる。
自分がいなくなった後で、ポワールさんのことを気に掛けてくれる人ができて、すごく安心しているみたいだ。
その問題が解決したのはいいことだと思うけど……
「でも、マロンさんは本当のところ、今の環境を変えたくはないんだよね? あのクラス……一年A組を離れたくはないんでしょ?」
「……」
私はマロンさんの心情を悟って、改めてそう問いかけた。
するとマロンさんは、少しだけ目を丸くして、直後に弱々しく首を縦に振る。
ポワールさんのことが気がかりだというのは当然なんだろうけど、やっぱりそれ以上に一年A組を出て行きたくない気持ちが強いようだ。
クラスにいる時のマロンさん、いつもすごく楽しそうにしてるもんね。
「な、なんとかならないんでしょうか?」
ミルが不安げな顔で私のことを見てくる。
私もなんとかしてあげたいとは思うけど、マロンさんのお母さんを説得するのはとても難しいと思う。
マロンさんだって、お母さんは一度決めたことは簡単には曲げないと言っているくらいだし。
私はこめかみに指をぐりぐりと当てながら、『うーん』と唸って考え込む。
何かいい作戦はないかなぁ、と頭を回していると、不意に一つの妙案を思いついた。
「だったらさ、“星華祭”で優勝しようよ」
「「えっ?」」
ミルとマロンさんの二人は、声を揃えて疑問符を浮かべる。
今回の話にまったく関係のなさそうな『星華祭』の言葉が出てきて、すごく戸惑っているようだった。
「サ、サチさん? 話の流れおかしくないですか?」
「おかしくないよ。マロンさんが今の環境を変えたくないなら、今の環境でも充分に魔術師として成長できてることを、お母さんに見せつけてやればいいんだから。それなら星華祭で優勝するのが一番いいと思うよ」
「ど、どういうことなのでしょうか?」
二人が不思議そうに首を傾げるので、私は咳払いを一つ挟んで説明をする。
「お母さんはつまり、マロンさんを早くすごい魔術師にしたいってことだよね。そのために特別体制学級に移動させようとしてるんでしょ? だったら今のクラスのままでも充分にすごい魔術師になってるってことをわからせてあげれば、もしかしたら考えを変えてくれるんじゃないかな?」
「で、ですけど、どうしてそれで、星華祭の優勝を目指すことになるのでしょうか?」
マロンさんが困惑するのもわかるけど、これには明確な理由が存在する。
「マロンさんが星華祭の“代表者”だからだよ」
「だい、ひょうしゃ?」
「マロンさんが代表者として一年A組を引っ張って行って、星華祭の優勝まで導くことができれば、成長できてることを存分に示すことができるでしょ。特別体制学級への移動なんて必要ないって思わせられるかもしれない」
マロンさんが代表者だからこそできる力の示し方。
上級生たちも入り混じる今回の星華祭で、一年A組を優勝まで導けば、さすがに今の考えを少しは変えてくれるかもしれない。
その作戦に、マロンさんも頷いてくれた。
「その可能性は、確かにまったくのゼロではないですね。ですけどやっぱり、それだけでお母様が考えを変えるとは……」
「星華祭で優勝して、それでも『特別体制学級に移籍しなさい』って言われちゃったら、もうそれは仕方がないと思うよ。でもさ、星華祭で優勝することができれば、一年A組での思い出を形として残すことができるでしょ? マロンさんが一年A組にいて、代表者として活躍したっていう、確かな思い出をさ」
「……」
そう、これはマロンさんのお母さんを説得するためだけではなく、もう一つの狙いもある。
お母さんの考えを変えられなかったとしても、星華祭で優勝したという大きな思い出を残すことができるのだ。
それならたとえクラスを離れてしまうことになったとしても、心残りは少しだけ軽くすることができるんじゃないかな。
という私の作戦に、ミルがこくこくと頷いた。
「“学級移籍の阻止”と“思い出作り”を両方狙うという考えですか。確かにそれは賢いかもですね」
「でしょでしょ!」
サチちゃん賢い!
学園に入って知識を蓄えたことで、地頭の方もよくなっているのかもしれないなぁ。
人知れず勝手に鼻を伸ばしていると、マロンさんが噛み締めるように呟いていた。
「皆様との、思い出作り……」
そんな彼女に、私は念押しをするように告げる。
「お母さんの考えを変えられるかもしれないし、星華祭の優勝を目指して頑張ってみようよ。私とミルも超頑張るからさ!」
「サチさんは元より、星華祭へのやる気は満々でしたけどね」
「まあ、私にも大きな目標があるからね。だから本音を言えば代表者として出たかったけど、今回はマロンさんに譲ってあげるよ」
「……もうマロンさんに決まっていますけどね」
冷静なツッコミを入れてくるミルの脇に、私はツンツン攻撃を繰り出す。
そんな風にじゃれあっていると、マロンさんは曇らせていた顔を少しだけ晴らして、いつもの笑顔を私たちに見せてくれた。
「はい、そうですね。私も代表者として、精一杯頑張ってみようと思います!」
星華祭優勝への目的が、また一つ出来たのだった。