先ほども耳にしたその言葉に、私は思わずおうむ返しをする。

「特別体制学級? って、なーに?」

 ついぞ聞いたことのないその単語に、ミルも不思議そうに首を傾げていた。
 やっぱり聞いたことないよね。

「ご存知ないのも無理はないと思います。通常の学生生活を送っている生徒なら、まず触れることのない『学園制度』だと思いますから。今は特別体制学級に所属している生徒は一人もいませんし」

「それって言葉の意味から察するとなんだけど、一般クラスとは違って“ちょっと特別なクラス”的な感じ?」

「その認識で間違ってはいませんよ」

 ほっ、よかった。
 さすがに浅学な私も、理解力まで残念なことにはなっていなかったようだ。
 人知れず安堵の息を吐いていると、マロンさんが改めて説明してくれた。

「特別体制学級は、一言で言えば特別な理由を持った生徒が所属する“訳ありクラス”という感じです。他の生徒たちと同じように授業を受けられなかったり、生活を送ることが困難な生徒に対して、特別な指導と環境を用意するのが特別体制学級なのです」

「特別な環境、か」

 ようは他の生徒たちとは交わらないような、特別なクラスがあるということだろう。
 いったいどんな理由があって、他の生徒と離れなければならないのかはわからないけれど。
 なんて不思議に思っていると、対してミルは納得したように頷いていた。

「『魔素過干渉不全』を引き起こす人など、そういった生徒さんを引き受けた際に使われるものなんでしょうか?」

「はい、ミル様の仰る通りです」

「ま、魔素過干渉不全?」

 あれっ、私だけ話について行けてない?
 またもや耳馴染みのない言葉が出てきて、私は頭に疑問符の角を生やした。
 それでもマロンさんは呆れずに解説してくれる。

「稀に感情的な魔素を持っている人がいるそうなんですが、そういう方が他の魔術師と接触した際、“体内不全”を引き起こすことがあるそうです」

「な、なんで?」

「何やら他の方の魔素と干渉をして、体内の魔素が感情を昂らせてしまうとか。その際に体調不調を引き起こしたりするので、そういう方はなるべく別の魔術師と接触しないように生活しないといけないみたいです」

「あっ、そのための特別体制学級ね」

 今度こそ完全に理解しちゃったもんね。
 他の魔術師と近い距離で生活を送ると、体調的に異常をきたしてしまう人がいる。
 だから一般生徒とは離れて学生生活を送るために、特別体制学級があるということだ。

「魔素過干渉不全をお持ちの方はもちろんなのですが、他にも様々な理由があってクラスを分けざるを得ない人たちがいるそうなのです。そういった方々のために用意されている特別体制学級に、私は移籍するようにお母様から言われているのですよ」

「えっ、でも、マロンさんは別に普通に授業受けられてるよね? なのになんで特別体制学級に?」

 他の生徒と一緒に授業を受けると体調が……!
 なんてことは今までに一度もなかったと思う。
 じゃあどうして? と疑問の視線を向けていると、不意にマロンさんは悲しげに目を伏せた。

「お母様は、私にとても期待しているのです」

「期待?」

「私は他の生徒とは違う才能を持っていると、お母様は疑っていないみたいです。ですから一般生徒と足並みを揃えての授業は、私のためにならないと思っているようで」

「うわぁ……」

 それはつまり、マロンさんが優秀だから、他の生徒と同じ速度で授業を進めるのは非効率だと言いたいのか。
 ナチュラルに他の生徒たちのことを見下している考えだ。
 自分の娘に期待を寄せるのは結構なことだけど、比較されるマロンさんも気まずくて仕方ないだろう。

「特別体制学級に移籍すれば、他の生徒たちとは異なるカリキュラムにて勉学を進めることができます。本来であれば一年を掛けて取り組む授業内容も、半年に圧縮して受けることもできてしまうので…………」

「マロンさんの成績と才能に合わせて、めちゃくちゃ内容を詰め込んだ授業を受けさせようってことか」

 確かにそれができれば、他の生徒たちよりも一歩も二歩も先に進むことができる。
 逆に今のままでは他の生徒と変わりない成長しか見込めない。
 だから……

『他の一般生徒に混じって勉学を進めては才能が枯れてしまいます。あなたは他の子たちよりも優れた素質を持っている魔術師なのですから』

 マロンさんのお母さんはあんなことを言っていたのか。
 実際にマロンさんなら、今よりも高度な授業内容にもついて行くことができるだろう。
 この魔術学園にも一応、『飛び級』という概念は存在しているらしいので、もしかしたら成績に応じて学年を飛ばして一気に三学年まで行けることだってあるかもしれない。
 学園開園以来、初めての飛び級生徒になれたら、確かにそれはすごいことだけれど……

「マロンさんは、その特別体制学級に移るのが嫌なんだね」

「……はい」

 マロンさんの気持ちというものを、どうやらお母さんは考えていないらしい。
 お母さんと話している時のマロンさんは、ものすごく気まずそうな顔をしていた。
 それこそ言いたいことがあるのに言い返せないという、もどかしい気持ちが滲んでいたように思える。
 そして改めて特別体制学級のことを聞いて、マロンさんがあんな顔をしていた意味をようやく理解できた。

「私は、特別体制学級には移りたくありません。私はもっとあのクラスの皆様と……一年A組の皆様と一緒に、学園生活を送りたいです」

 共感できる。
 私はマロンさんのように友達が多くないし、クラス内では孤立気味だけれど、それでもあのクラスを離れたいとは思わない。
 ミルやマロンさんやポワールさんとも話ができるし、レザン先生はとても優しいから。
 こんな私でもそう思うくらいなんだから、クラスのみんなとすごく仲がいいマロンさんは、なおさら特別体制学級には行きたくないだろう。

「お母様はそれだけではなく、研究会や学生寮での共同生活も不要だと考えているみたいで、どちらも退去するように言われてしまいました」

「えっ、研究会と寮も?」

「勉学には必要ないからと、特別体制学級への移籍申請と一緒に研究会の退会手続きを済ませるように言われてしまいました。学生寮については、お母様の方から先生たちに、私用の個室を用意するように申請しているみたいです」

「……」

 やりすぎでは?
 さすがに勉強以外のことにまで手を出してくるのは徹底しすぎている気がする。
 学生寮と研究会くらいは許してくれてもいいんじゃないかな。

「もしかして私たちに相談したいことって、今の環境を変えないで済む方法を、一緒に考えてほしいとか?」

「いいえ、おそらくそれは難しいと思います。お母様は一度決めたことは決して曲げませんから。無理にでも先生たちを説得してしまうかと。ですので、お二人にご相談したいことと言うのはですね……」

 マロンさんは、唐突に優しげな笑みを浮かべて、隣で眠っているポワールさんの頭を撫でた。

「ポワールさんのことです」

「「えっ……?」」