魔術師として、落第評価を受けた人物?
 私は今一度あの時の魔術師を思い出して、大きな疑問符を浮かべた。

「あ、あの犯人が、入学試験に落ちた魔術師? って、何かの間違いじゃないですよね?」

「ど、どう考えてもあの方は、国家魔術師相当の実力者だったように感じましたけど」

 ミルも同じことを思ったようで、驚きを隠せずに学園長さんに問い返す。
 だってどう考えてもあの犯人は、国家魔術師ないし、それに相当するだけの凄腕の魔術師に違いないはずなのだ。
 それだけの実力を、実際に戦った私たちが感じ取ったのだから。
 しかし学園長さんは訂正をせず、改めて詳しい情報を私たちに話してくれた。

「らしいの。目撃者たちの情報からも、犯人は明らかに国家魔術師と肩を並べるほどの力を持っているとのことじゃ。実際に使われた炎魔法からも、かなり高い魔力値が検出されたらしいの。しかしアブリコ・グリヤードという人物は、過去に王立ハーベスト魔術学園の入試を受けて篩い落とされておる」

「……」

 マジ?
 記録として残っているなら確かな情報なのだろう。
 それにしたってあれほどの実力の魔術師なら、魔術学園の入試くらいだったら簡単に突破できそうなものだけど。
 どうしてあの人は不合格になってしまったのかな?

「何よりそやつの魔力値は、国家魔術師なら平均150、並の魔術師なら平均100のところ、なんと“85”しかないとのことじゃ」

「85!?」

 これまた耳を疑う新事実が発覚した。
 あれだけの炎魔法が使えるのに、魔力値85しかないの?
 計測ミスとしか思えない数値だ。
 私の勝手な体感としてだけど、あの人の魔法は明らかに魔力値200を超えたものだった。
 それなのにどうして……

「ちなみに魔素の色は“赤”ではなく“緑”で、得意魔法は風系統魔法だと調査では判明しておる」

「……」

 も、もう、何が何やら訳がわからなかった。
 情報がはちゃめちゃになっていて、なんか頭が混乱してきたよ。
 実際に戦ってみた感覚と、耳にした情報が、あまりにも乖離しすぎている。
 まるでまったく別人の情報を聞かされているみたいだ。

「不可解な事件ではあるが、他の町で起きている魔術師暴走事件も似たような事象が発生しているとのことじゃ」

「えっ?」

「理性を失ったように暴走を起こして、突発的な破壊行為に及ぶ魔術師たち。その者たちは皆、事件の際には実力以上の魔法を放ち、町に多大な被害を出しているらしい」

「実力以上の魔法……」

 確かにその例と照らし合わせるなら、あの魔術師が実力を超える魔法を使えたのも理由が付くけど……
 そもそも実力以上の力を発揮できるのがおかしいのである。
 触媒を使えば、ある程度は魔法の威力を高めることができるけれど、それにしたって限度というものがある。
 超高級触媒を百本くらい束ねて使わなければ、あれほどの見違えた魔法はきっと出せないはずだ。
 触媒は複数に同時使用はできないので、そんな荒技使えるはずもないけど。
 そう思っていると、学園長さんはまた謎めくような事実を明かしてきた。

「犯人たちも事件後は、意識を失ったまま回復しておらず、まだ詳しい調査はできていない。じきに事件の詳細は明らかになっていくと思うが、現時点で判明しておるのは……事件に関与した魔術師たちは、触媒を持たずして“体内の魔素を極限まで膨張させていた”ということじゃ」

「魔素を、極限まで膨張?」

「しょ、触媒もないのに、そんなことってできるのでしょうか?」

「まだ断定はできない。が、実際に犯人の体を確かめた人物が、体内で膨張している魔素を確認しているのじゃよ。ゆえに実力以上の魔法が使えたことも、それで説明がつく」

 魔法の威力は魔力値に依存する。
 そして魔力値とは魔素の大きさによって変動するものだ。
 つまりは魔素の大きさに比例して魔法の強さも変わってくるので、話の通り魔素が限界まで膨らんでいるのだとしたら強力な魔法が使えたことも不思議ではない。
 でも、特別な触媒を持ってもいないのに、そんなことが果たして可能なのだろうか?
 さすがに学園長さんも、それ以上詳しいことはわかっていないようで、お手上げと言わんばかりに肩をすくめた。

「原因は定かではないが、何らかの要因で犯人らの魔素が膨張していたのは事実なのじゃ。それと暴走的になっていることを関連づけて、今は調査を進めている次第じゃよ。……と、ここからが本題じゃ」

「……?」

「この話をしたのは他でもない。またいつ暴走した魔術師が出現するかわからない状況なのでな、君たち二人にはその暴走魔術師たちを止める手伝いをしてもらいたいんじゃ」

「手伝い?」

 ようやく入った本題だったが、学園長さんからの曖昧なお願いに私は首を傾げた。
 それを見た彼女は、すぐに補足するように続ける。

「一ヶ月後、我が学園にて星華祭が開かれることは、当然知っておるな」

「は、はい」

「そこには多くの来客を招き、見物人の中には当然魔術師たちも大勢いる。これがどういうことかわかるか?」

「あっ……」

 私はすぐに、学園長さんの言わんとしていることを察して、密かに背筋を凍えさせた。
 一見すると、今回のこの事件と星華祭には何の関係もないように思えるかもしれないが……

「魔術師暴走事件は、例外なく突発的に発生する。前兆はまるでなく、条件もはっきりせず、発生している地域もまばらじゃ。ただ一点、『そこに魔術師がいる』というだけで起こりえる、災害にも似た事件なんじゃよ。つまり……」

「星華祭の開催中、学園内で暴れ回る魔術師が、出てくるかもしれない……?」

 アナナス学園長は、ゆっくりと頷きを返してきた。
 確かにその理屈で言えば、星華祭の最中は学園内が危険になる。
 ただでさえ多くの国家魔術師たちの卵を抱えている学園に、大勢の見物人の魔術師たちまで加わってしまえば、暴走事件が起こる確率は限りなく高くなってしまうのだ。
 あれだけ凶暴な魔術師が学園内で暴れ出したとしたら、下手をすれば学生の中から死傷者を出す事態になりかねない。

「だからこそ、君たちの出番というわけじゃよ」

「「えっ?」」

「すでに一度、暴走魔術師を止めた実績を持っている学生は、君たちを置いて他におらぬ。だからもし学園内で暴走した魔術師、あるいは生徒が現れてしまった場合は、君たちが止めてくれぬか?」

「……」

 暴走魔術師を止める。
 その頼みを聞いて、私とミルは思わず顔を見合わせてしまった。
 意味がわからなかった、というわけではなく、その頼みの理屈はすごく理解できる。
 確かに学園内で暴走魔術師が現れたら、実際に止めた経験のある私たちに任せるのは理にかなっているからだ。
 しかしもし暴走魔術師が出現したとしても、そこに都合よく私たちがいる確率は限りなく低い。
 駆けつける頃には被害者が出ていると思うんだけど?
 というこちらの疑問を感じ取ったように、学園長さんが説明を加えた。

「ワシは特殊な感知魔法を四六時中張り巡らせておる。範囲はこの学園内全体で、もし不祥事が起きればすぐにそれを感知できるようになっておるのじゃ。当然星華祭の期間中も常に張っておるからな、暴走魔術師を感知したら君たち二人を現場に遠隔転移させようと思うのじゃが」

「な、なるほど……」

 感知魔法で事件を察知して、遠隔の転移魔法で私たちをそこに飛ばすという案か。
 確かにそれなら私たちも現場に急行できる。

「本当なら犯人その者を牢獄まで転移できればいいのじゃが、遠隔転移魔法は対象者の了承がなければ拒まれてしまうからな。君たちを暴走者のところまで飛ばす方が確実なんじゃよ。ゆえに君たち二人には暴走者を止める役をやってほしいのじゃが……」

「そ、そんな大役、私たちに任せてもいいんですか?」

「君たち以外にいないと思ったから、こうして声を掛けさせてもらったわけじゃよ。無論、暴走者が出た場合は基本的には教師陣が取り押さえるようにする。しかし星華祭の間は教師たちも何かと忙しいのでな、祭りの期間は君たちにその役をやってもらえたらと思うのじゃ」

 次いで学園長さんは、レザン先生の方を一瞥して、再びこちらに視線を戻してくる。

「聞けば君らは星華祭の代表者でもないみたいじゃからな、融通が利く分、適任なのではないかと思ったのじゃ。もちろん、タダでとは言わぬぞ。引き受けてくれれば相応の学術点と内申点をやる。必要があればワシが聞ける範囲での望みも聞いてやる。どうだ? 引き受けてはくれぬかの?」

「「……」」

 学術点と内申点は、正直ほしい。
 それに学園長さんに借りを作ることもできるので、色々といいこと尽くめなのではないだろうか。
 だから私とミルは顔を見合わせて、互いに頷きを交わし合った。

「まあ、暴走者が出た時に止めるくらいだったら……」

「私たちでよければ、お手伝いさせていただきます」

「おぉ、そうかそうか! やはり二人に話をして正解じゃったな!」

 ということで、ひょんなことから私とミルは、星華祭の間だけ暴走魔術師を止める役を引き受けることになったのだった。