「代表者に選ばれました、マロン・メランジェです。皆さんに推薦していただいたからには、精一杯頑張らせていただきますので、どうかよろしくお願いいたします」
マロンさんが教壇に立って挨拶をすると、教室内に拍手が起こった。
私は一番後ろの席でその景色を眺めながら、悔しいような嬉しいような気持ちで呟く。
「……結局マロンさんかぁ」
まあ、当然の結果だとも言えるけど。
星華祭の代表者は、競技祭において勝利の鍵になる。
そんな重要な役目を任せられる人物と言えば、実力と人望を兼ね備えているマロンさんしかいない。
何かの間違いで私にも票が流れて来ないかなぁなんて思ったりもしたけど、こればっかりは幸運値の力ではどうしようもなかったみたいだ。
「まあ、競技に出られないわけではないんですから。自分に合った競技を選んで、そこで活躍すれば大丈夫ですよ」
「だね」
隣の席のミルにそう言ってもらえて、私はほっと安堵した。
しかしふと前の黒板の票数に目が留まって、私は眉を寄せる。
「ていうか、何気にミルも少しだけ票もらってるんだね」
「えっ?」
「私が入れた一票の他に三票、ミルに票が入ってるよ。たぶん入れてくれたクラスメイトがいるってことだよね。マロンさんとポワールさんはお互いに一票ずつ入れたって言ってたし」
「そう、みたいですね……」
自然とミルと一緒に教室内を見渡してしまう。
いったい誰がミルに投票してくれたのだろうか?
いまだに私たちは家章を持っていない平民ということで、貴族生徒たちからは心ない視線を集めているというのに。
もしや、最近のミルの功績を見て、彼女の力を認めてくれた人たちがいるということかな?
身体測定では学年最高の魔力値を叩き出したり、それによって一学年の特待生に選ばれたり、期末試験だってみんなと同じように問題なく突破することができた。
そのおかげなのかどうかはわからないけれど、平民というだけで白い目で見てくる人たちは減ったのかもしれない。
「少しずつミルのことを認めてくれる人も出てきたってことなのかもね」
「え、えへへ……」
「ちぇ、それに比べて私はミルの一票だけかぁ」
なんだろう、この例えようのない悔しさは。
私は特待生になったり何か大きく目立つような実績を残したわけじゃないから、こうしてミルと差が出てくるのは当然なんだけど……
やり場のないもやもやを感じて、私は思わずミルに手を伸ばした。
「私よりも先に人気者になりやがってぇ…………裏切り者にはこうだ!」
「や、やめてください! フードを裏返しにしないでください!」
久々にミルのフードをいじって遊んでいると、教壇に立っているマロンさんが話を進めていた。
「それでは僭越ながら、代表者の私が星華祭に向けての打ち合わせの進行をさせていただきます。まずは皆さんが出場する競技について決めていけたらと思います」
その様子を教壇の横で見ていたレザン先生が、補足をするように言葉を挟む。
「星華祭では一日に一度だけ競技に参加することができる。三日間で合計三回、皆には競技に参加してもらうことになるので、適性のある競技を見分けて慎重に選んでほしい」
どうやら一日目と二日目は、学年別で競技を行うみたいだ。
そして得点に応じてAグループ、Bグループ、Cグループに分かれて、最終日にグループ別で競技をするらしい。
当然目指すは、学園トップとなるAグループでの優勝だ。
まずは一学年の中で好成績を出して、Aグループの進出を狙う。
最後に他学年も混じったAグループで優勝をする。
その意思はみんなも同じようで、周りからは激しい熱気を感じた。
Aグループに進出して、たくさんの活躍を見せることができれば、学生時代の今のうちから魔術師業界で一目置かれる存在になれるからね。
「うちには魔力値トップクラスのマロンさんとポワールさんがいるから安心だな!」
「Aグループ進出はまず決まったようなもんだしな」
「二人と一緒のクラスになれて、俺らすげえラッキーだよな。あとは俺らが足引っ張らないように参加競技決めようぜ」
そんな話し声が聞こえてくる中で、私も競技一覧に目を通しながら首を捻る。
「さて、どんな競技に出ようかなぁ」
Aグループの進出の狙うのに重要になってくるのが参加競技だ。
みんなそれぞれ得意魔法が違ったり、身体能力自体にも差がある。
そのため適した競技というのを見分けなければならず、もし不適合な競技に参加してしまったら足を引っ張ることになってしまうのだ。
だからみんなは神妙な面持ちで競技一覧に目を向けていた。
やがて一人が手を上げて希望を告げると、そこから火が付いたように教室が騒がしくなった。
「俺は……『人形壊遊』に出場したい!」
「あっ、私も『人形壊遊』出たい! あとは『防壁突破』とか!」
「お前ら派手なもんばっか選ぶなよ!」
次第に“人気な競技”と“不人気な競技”というものが浮き彫りになっていく。
みんなやっぱり目立ちやすい競技に関心があるようだった。
学生たちが星華祭に意欲的になる理由は、存在感を示せるという一点に限る。
そもそも星華祭の目的が、言ってしまえば魔術学園と学生たちの宣伝なので、この機会を無駄にしたくないと思う人が多いのは当然だ。
ゆえにみんな、見映えが良くて実力を示しやすい競技に参加したいらしい。
私もできれば派手目な競技に出たいところだけど……
「……平民は肩身が狭いねぇ」
時折周りから、チラチラとクラスメイトたちの視線を感じる。
まるで警戒するようなその気配を感じて、私は密かにため息をこぼした。
どうやら好き勝手に選ばせてはもらえなさそうである。
入学からおよそ半年。いまだに私とミルは平民として、周りから蔑まれている。
だから当然クラス内でも浮いた存在ということに変わりはなく、参加競技も自由に選ばせてはもらえない雰囲気だった。
もし人気のある競技に参加の表明でもすれば、非難を浴びることは間違いあるまい。
その視線をミルも感じ取ったみたいで、苦笑を浮かべながら私の方を振り向いた。
「サ、サチさんはどうしますか?」
「私は、そうだなぁ……」
私の得意魔法は確率魔法。
特に即死魔法の【悪魔の知らせ】が主力武器となっている。
しかし星華祭はあくまでただの競技祭なので、即死魔法の出番はおそらく訪れないだろう。
幸運値999の真価を見せられる場面はほとんどなさそうだ。
となると私にできることと言えば、【火事場の馬鹿力】で極限まで身体能力を高めるか、【運命の悪戯】で誰かの足止めをするくらいだろう。
他にも確率魔法の種類は豊富にあるが、汎用的に使えるのはこの二つくらいである。
かつ人気のある競技を避けるとすると……
「シンプルなかけっことか玉転がしとかの方がいいかなぁ。みんなと違って魔法的な攻撃ができるわけでもないし、連携とかもできなさそうだから。なるべくは個人種目を選ぶようにしよっかなって思ってるよ。ミルは……?」
「私は……とりあえず余ったものでいいかなと。それなら反感を買うこともないでしょうし」
「控えめだなぁ」
ミルらしいと言えばらしいけど。
ふと私はあることを思いついて、ミルの耳に顔を近づけて小声で言った。
「でも、ミルの魔力値ならどんな競技でも活躍できそうじゃない? これを機に星華祭で大活躍して、一年A組をAグループの優勝まで導けば、一躍クラスの人気者になれるんじゃないの?」
「そ、そんなに上手くいくとは思わないんですけど……」
ミルは鈍い反応を返してきた。
いい作戦だと思ったんだけどなぁ。
ミルは平民である以前に、このクラスの“最大の戦力”と言っても過言ではない。
みんなが星華祭のてっぺんを狙っている以上は、ミルの魔力値はどんな時でも活躍してくれると思う。
あと少しで優勝できそうなのに! という時に、ミルが驚異的な魔力値でピンチを打開したら、それこそクラスの人たちが見直してくれそうなものだけど……
「それに私の場合は、学園を卒業して国家魔術師になれればそれで充分ですから。他の人の活躍の場を奪うわけにはいきませんよ」
「お母さんの病気を治すために、国家魔術師に充てられる研究費を治療費に使いたいって話だもんね」
入学試験の時からその姿勢は変わらないらしい。
だからミルは、変に星華祭に前のめりにならず、他の人の邪魔をしないようにしているのだ。
ミルがそう決めたならいいんだけど、せっかくクラスに溶け込めそうなチャンスを棒に振るのはもったいないと思ってしまうなぁ。
「では、参加希望の多い競技については、古典的なくじ引きで決めたいと思います。皆さん参加希望の競技を紙に書いて、こちらに提出してください」
そう言ってマロンさんが話し合いを進行させて、程なくしてあらかたの参加競技が決定した。
みんなそれぞれ納得したような様子で、今からやる気をみなぎらせている。
ちなみに私は、一日目は『超人疾走』、二日目は『精霊捕獲』、三日目は『空間侵入』という競技に参加することになった。
まあ他の競技に比べたら、少し地味な部類のものばかりである。
ミルも同じく地味な競技ばかりとなって、それでも私たちはクラス上位を狙うために頑張ろうと意気込んだのだった。