一ヶ月間の夏休みが明けて、すぐの登校日。
 私は朝礼で星華祭の話を聞いて、人一倍気持ちを弾ませていた。
 そして朝礼後に教室に戻って来るや、その思いをミルに告げてみる。

「私も、星華祭の代表者になりたい!」

 そんな風に鼻息荒く興奮している私を見て、ミルは呆れるような笑みを浮かべた。

「夏休み明け早々なのに、随分と元気ですねサチさんは」

「だって一ヶ月後に一大イベントの“星華祭”があるんだよ。これが落ち着いていられるはずないじゃん!」

 私は両腕を縦にぶんぶんと振って興奮をあらわにする。
 対してミルや他のクラスメイトたちは、まだ休みの空気感が抜けないのか、どこかぼんやりとした表情を浮かべていた。
 夏バテ? っていうよりかは、また授業の日々がやって来ると思って憂鬱になっているのだろう。
 その気持ちはわからないでもない。

「まあ、夏休みは楽しかったからねぇ。逆に遊び疲れちゃってる人たちとか多いのかな」

「研究会の方を頑張ったり、実家に帰省したり、皆さんそれぞれ思うままに過ごしたみたいですからね。私たちもほとんどは学園依頼の消化と研究室の往復だけでしたし」

「いやぁ、本当に充実した夏休みだったねぇ。まあ、私は欲を言えば、海とか島とか行きたかったけど」

 せっかくの休みだったので、どこかに遠出でもしたかった。
 でも魔道具研究会での研究や学園依頼の消化に夢中になるあまり、外出らしい外出はほとんどしなかったなぁ。
 マルベリーさんのところに帰省しようかとも考えたけど、まだ家を出て半年しか経っていないのに帰省するのはさすがにまずいと思った。

『寂しがり屋ですね、サチちゃんは』

 久々に会ったマルベリーさんからそう言われる光景が、容易に想像できてしまう。
 別に私は寂しがり屋ではない。
 まあ、自分で転移場所を選べない転移魔法――【我儘な呼び出し(アリアン・シフレ)】を使えば、いつでもマルベリーさんのところには帰れるから別に今じゃなくてもいいんだよね。
 だから学生生活がある程度落ち着いたら帰省しようと決めた。
 そして夏休みの間は、思い切り学生生活の方に注力をして、学園依頼や研究会を頑張ったり、あとは王都でちょっとしたお祭りとかやっていたので、ミルと二人でそこに遊びに行ったりはしたけど……

「って、思い出に浸ってる場合じゃないよ! 今は星華祭の話でしょ!」

「最初に夏休みの話をしたのはサチさんの方じゃないですか……」

 再びミルの呆れた視線を頂戴する。
 ともあれ話を戻すことができたみたいで、改めてミルは首を傾げた。

「それで、『星華祭の代表者になりたい』ということでしたっけ?」

「そうそう。このクラスの代表者になりたいの」

「星華祭でクラスの代表者になった生徒は、一日に何度も競技に参加することができるようになるって話ですよね。もしかしてサチさんは、そんなに競技が楽しみなんですか?」

 なんだか変な勘違いをされているみたいだったので、私はすぐにかぶりを振る。

「うんにゃ、競技自体はそこまで楽しみじゃないよ。まあ、ちょっと面白そうではあるけどね」

「では、どうして代表者になりたいなんて思っているんですか? 競技にたくさん出られるという以外に、大して利点は無さそうな気がするんですけど」

 当然の疑問だとは思う。
 星華祭の代表者は制限なく競技に参加できるようになるので、代表者を志す以上は競技への興味関心が高いのだと考えるのが自然だろう。
 でも、私が代表者になりたい理由は、別に競技が楽しみだからではない。
 もっと別の、とても大きな理由が存在している。
 そう、一言で言うならば……

「私が星華祭の代表者になりたいのはね……いっぱいいっぱい“目立ちたい”からだよ!」

「……?」

 きょとんと音が鳴りそうなくらい、ミルは見事に首を曲げた。
 私はそっとミルの頬に手を当てて、『よいしょ』と曲がった首を元に戻してあげる。
 それでも彼女はいまだに怪訝な顔をして、こちらに尋ねてきた。

「サチさんって、そんなに目立ちたがり屋でしたっけ?」

「どっちかっていうと私は、日々を平穏に過ごしたい派だね。悪目立ちとかしたくないし」

「あの、言っていること矛盾していませんか?」

 確かに今の答え方だと矛盾しているように聞こえてしまう。
 目立ちたくないのにいっぱい目立ちたいなんて、支離滅裂にもほどがあるからね。

「ていうか、もうすでに学園内でもそれなりに目立っている気がするんですけど。この上まだ周りから注目されたいって言うんですか?」

「ちーがーうーの! 学園内じゃなくて、“魔術師の世界”で私は目立ちたいんだよ!」

「……???」

 ミルはますます眉を寄せて、疑問符をたくさん浮かべた。
 そんな彼女にもわかりやすく説明するために、私は咳払いを一つ挟んで理由を明かす。

「……私、助けたい人がいるの。そのために魔術学園に入って国家魔術師を目指してるんだ」

「そういえば、入学試験の日にそう言っていましたね。大切な人を助けるためには、国家魔術師になるのが一番だって」

 覚えていてくれたみたいでよかったと思いながら、私は話を続ける。

「国家魔術師になれば、魔術師の世界に名前を広めることができるでしょ。そのうえ“世界最強”の国家魔術師として有名になれば、みんなが私の声に耳を傾けてくれるって思ったんだ。それが大切な人を助けるための、一番の近道だって思ってたんだけど……」

「……けど?」

「星華祭の代表者になれば、もっと早い段階で魔術師の世界で目立つことができるかもしれない。だって星華祭はたくさんの人たちが見に来るんでしょ? 有名な魔術師とかさ……」

 朝礼で聞いた話によれば、星華祭の期間は学園を一般開放するらしい。
 その時にたくさんの来客を招いて、中には著名な魔術師とかも多くいるとのことだ。
 ということは……

「その人たちの目の前で大活躍をすれば、今すぐに存在感を示すことができるでしょ? きっとサチ・マルムラードの名前をみんな覚えて帰ってくれると思うんだよ」

「確かに、国家魔術師になるよりも早く、魔術師界隈で目立つことができそうですね。だから星華祭の代表者になって、たくさんの競技に出て、いっぱい目立ちたいということですか」

 ミルは納得したように頷いた。
 改めて自分で口にしてみても、なかなかにいい作戦なのではないかと思う。
 この星華祭で大きな功績を残すことができれば、それだけ早くマルベリーさんを咎人の森から解放してあげられるかもしれないのだ。
 だから私は代表者になって、たくさんの競技で活躍したい。

「どう? 私ってば賢いでしょ? まさかこんなにも早く夢が叶いそうだとは思わなかったよぉ」

「……あの、ほくほく顔で幸せそうなところに水を差したくはないんですけど、いったいどうやって星華祭の代表者になるつもりなんですか? クラスの代表者は基本的に、“推薦”で選ばれるって話じゃないですか」

「えっ?」

 すい、せん……?
 私は頭の中が真っ白になった。

「……そ、そんなこと、言ってたっけ?」

「朝礼の時に言っていましたよ。星華祭の代表者はクラスの人たちの意見を募って、みんなが納得する形で決めてくださいって。だから基本的には推薦方式で決められているみたいですよ」

「……」

 マ、マジですか?
 よもやそのような方法で代表者が決められるとは思ってもみなかった。
 ていうかそれって……

「よ、ようは、クラスの人気者が選ばれるってこと?」

「ま、まあ、そういうことになっちゃいますかね。当然、星華祭で勝つことを目的にするわけですから、人気の他に実力も兼ね備えている人が選ばれるかと。このクラスの有力な候補としては、マロンさんかポワールさん辺りではないでしょうか?」

 た、確かにその二人なら、人気と実力は疑いようもない。
 マロンさんは言わずと知れた一年A組の聖母。
 容姿と性格、実力と家柄、そのすべてを完備している完璧超人だ。
 ポワールさんもぼんやりとした雰囲気がありながらも、そこから溢れる愛嬌と魔力値の高さで密かに人気を集めている。
 こんな二人を差し置いて、このクラスで一番の人気者になるなんて、そんなの不可能に近いじゃん。
 ただでさえ私は家章も持っていない平民で、クラスでも浮いているし、入学早々に悪目立ちをしてしまった問題児なのだから。

「ミ、ミルぅぅ……!」

「そ、そんな泣きそうな顔を見せられても、私ではどうすることもできませんよ」

 星華祭の代表者になる夢が潰えて、私は思わず鼻を啜った。
 せっかくマルベリーさんを森から解放してあげられるチャンスだったのに……
 するとその様子を見ていたミルが、少しだけ呆れつつも笑みを浮かべた。

「まあ、私は元からサチさんに投票するつもりでしたから、そこは安心してください」

「えっ?」

「まだあまりサチさんの実力は知れ渡っていませんけど、私はサチさんのお力をすでに知っています。ですから私はサチさんに投票しますよ」

 思いがけない言葉を掛けてもらい、私は面食らってしまった。
 続けてミルは、私を励ましてくれるかのように、なんとも嬉しい一言を掛けてくれる。

「誰がなんと言おうと、このクラスの中で…………いいえ、この学園で一番の実力者はサチさんだと、私は疑っていませんから」

「……」

 確かに私は、クラスの中では人望が薄い。
 でも、実力を認めてくれている友人が、少なくとも一人はここにいる。
 その事実があるだけで、私はなんだか救われた気持ちになった。

「ミル、大好きぃぃぃーーー!!!」

「ちょ、サチさん! 教室では静かに――! ていうか急に抱きつかないでください! みんなこっち見てますから!」

 感激の抱擁をミルに食らわせると、彼女は視線を泳がせながらあたふたとした。
 代表者になるのは難しいかもしれないけれど、ミルから一票をもらえるだけで充分嬉しく思う。
 というわけで、今の私にできることは、奇跡が起きるのただただ祈るのみ。
 頼む、私の幸運値!
 どうか私を星華祭の代表者にしてください!



 そして翌日。
 一年A組のクラスで、星華祭の代表者を決める投票が行われた。
 三十人全員が、一人一票ずつを持って代表者に相応しいと思う人物を推薦していく。
 それにより、投票結果は以下の通りとなった。

 マロン・メランジェ 十八票
 ポワール・ミュール 七票
 ミルティーユ・グラッセ 四票
 サチ・マルムラード 一票

 ということで、星華祭の代表者には、クラスの過半数の支持を集めたマロンさんが選ばれたのだった。
 さすがに幸運値じゃ、クラスの人気まで集めることはできなかったみたいだ。
 でも私は、何よりも大きな一票を得られた気持ちになっていた。

 ま、代表者になれなくても、数少ない参加競技で大活躍すればいいだけだしね。気持ちを切り替えていくことにしよう。