期末試験が終わってすぐのこと。
 魔術学園の学生たちは、試験の緊張感から解放されて、各々が自由に羽を伸ばしていた。
 試験のために勉強や特訓などで忙しなかった学園内は、今は嘘のように静まり返っている。
 特に初の試験参加だった一年生たちは、まるで地獄から解き放たれたかのように晴れ晴れとした顔をして、存分に息抜きを楽しんでいた。

「みんな元気だねぇ……」

 私は中庭のベンチでお昼ご飯のサンドイッチを頬張りながら、はしゃいだように遊ぶ生徒たちを眺める。
 ボールを使って遊んだり、不思議なダンスを踊ったり、果てには奇声を上げて先生に注意されている者もいる。
 試験から解放されて、相当浮かれているようだった。
 隣に腰掛けているミルも、同じく生徒たちの様子を見て、少し呆れたような笑みを浮かべた。

「まあ、不合格になったら即退学ですし、凄まじい緊張感でしたからね。それから解き放たれたとなったら、中庭で踊ってしまうのもわからなくはないかと」

「じゃあミルも一緒に踊ってくれば?」

「お、踊りませんよ……」

 もちろん奇声も上げたりしません、と言って、ミルはぷくっと頬を膨らませた。
 思えばドタバタした試験だったなぁ。
 森を踏破するだけとか言われたけど、中では何やらトラブルが起きていたし、それにミルが巻き込まれているし、ただならぬ雰囲気に包まれていたのは事実である。
 確かにこの解放感はとても気分がいいので、騒ぎ立ててしまうのもわかる気がするな。
 ミルの意見と同じく、そんなことするつもりはないけど。

「でもまあ、試験を突破できた記念に、何か自分にご褒美とかはあってもいいかもですね。高めのスイーツを食べに行ったり」

「おぉ、いいねそれ!」

 ミルの口からこぼれた何気ない提案に、私は大いに賛成した。

「そうだ! 明日お休みだから、一緒にお買い物とか行かない?」

「お買い物、ですか?」

「ピタージャ先輩も用事があるとかで研究室にいないっぽいし、学園依頼も試験後だから急いで受ける必要ないでしょ。久々に私たちも羽を伸ばそうよ」

 何より、二人してフリーの日ができるのは久々だから。
 私一人だけが暇している時は頻繁にあったけれど、ミルは何かと忙しい時期が長かったし。
 それにせっかく王都にいるのに、観光ができたのは最初の方だけだから。
 これを機にパァーッと遊びに行けたらいいなと思った。
 気分が高まった私は、親指をぐっと立ててウインクをした。

「一緒にデートしようぜ、ミルちゃん」

「デートとは、またちょっと違う気がするんですけど……」

 そんなこんなで明日、私とミルは王都にお出かけすることにした。



 翌日。
 魔術学園の学生寮から王都の商業区に向かう道すがら。
 通りすがったカップルみたいな男女二人組が、仲睦まじい様子で話しているのを見て、私は隣を歩いているミルに何気なく言った。

「デートって、まず最初は待ち合わせ場所で合流して、『ごめん待った?』『ううん今の来たところ』みたいな会話から始まるでしょ? 一緒の部屋に住んでると、そういうのないからちょっと味気ないよね」

「デ、デートしたことないので、よくわからないですけど……そもそもこれってデートなんですか?」

「私もしたことないからよくわかんなーい」

 そんな意味も中身もない話をしながら歩いて、商業区へと辿り着いた。
 買い物したりご飯を食べたりできるお店が揃っている。
 王都の商業区というだけあって、規模も賑わいも凄まじいものだ。

「まずはどこから行こうかねぇ。ミルは服とかあんま興味ない感じ?」

「そう……ですね。着られれば何でもいいかなぁと」

「なんか、ミルっぽいね」

 そこまで身なりにこだわりがなさそうなのは知っていたが、着られれば何でもいいほどとは、同じ乙女として恐れ入る。

「せっかくミルは可愛いんだから、この際似合う服とかいっぱい見つけようよ。私が選んであげるからさ」

「サ、サチさん!?」

 私はミルの手を引っ張って、手近な服屋へと飛び込んでいった。
 可愛い系の服がたくさん置かれているお店。
 種類も豊富で手頃な値段の割に質もいいときている。
 そのお店の服にざっと目を通して、最終的に明るい水色のワンピースを手に取った。

「これとかどう……?」

「わ、私に似合うでしょうか?」

「うん、絶対に可愛いよ! これにしよっ! 何だったら今日これに着替えて歩いてもいいじゃん!」

 私は今、普段着でお出かけ中だけれど、ミルは癖が付いてしまったのか学生服を着用して来ている。
 せっかくのお出かけなんだし、可愛い服を着た方が楽しいと思うので、ここは是非このワンピースに着替えてもらえたらと思った。
 けど……

「申し訳ございませんお客様。そちらは人気の商品となっておりますので、ただ今ほとんどサイズが品切れとなっております。現在お取り扱いしているのはお子様サイズのみとなっておりまして……」

「あっ、そうなんですか」

 近くで見ていた店員さんが、すかさず断りを入れてくる。
 次いで店員さんは、その残っているお子様用のサイズを持って来て、見本のために見せてくれた。
 大人用をいい感じにデフォルメしてある。
 サイズ感はやはり五、六歳児の女の子が着てちょうど良さそうではあるが……
 私はミルの体をじっと見つめて、ふむと目を細めた。

「お子様サイズ…………ギリいけるか?」

「普通に無理ですよ!」

 結局その服は入荷待ちということにして、私たちは服屋を後にした。
 他にもミルに似合いそうなものはたくさんあったけれど、それらがことごとく在庫切れで、妥協するのもどうかと思い次の入荷を待つことにした。
 奇跡的な不運に見舞われながらも、私たちは気を取り直して次に行く。

「落ち込んだ気持ちを切り替えるために、お待ちかねのスイーツ食べに行こ。どのお店がいいとか、ミルは結構知ってるんでしょ?」

「はい! 前々から行ってみたいなと思っていたところがありまして、そこのロールケーキがとっても美味しいらしいんですよ」

 ミルが少しずつ元気を取り戻していくのがわかる。
 そしていよいよお目当てのスイーツ店に到着して、席につくや、ミルは人見知りということも忘れさせるくらい意気揚々とロールケーキを注文した。

「申し訳ございませんお客様。ロールケーキはつい先ほど終わってしまいまして……」

「「えっ……」」

「本日は朝方からいつも以上のお客様がお並びしていて、過去に例を見ないほどの行列で……」

 異常なまでにロールケーキが売れてしまい、ついさっき品切れになってしまったとのことだった。
 ミルはしょぼしょぼと風船から空気が抜けるように萎んでいき、途端に人見知りを思い出したように顔を俯ける。

「他のメニューでしたらございますけど」

「あっ、それじゃあ、私はチーズケーキでお願いします」

「……わ、私は、ブルーベリータルトで」

 このお店名物のロールケーキは味わえなかったけれど、私たちはまた違った味でお腹を満たしたのだった。
 その後も……

「ごめんなさい、その商品はちょうど今切らしてて」

「悪いね嬢ちゃんたち、そのアクセサリーは昨日から値上がっちまってよ」

 何の因果だろうか、行くところ行くところ、何かしらのトラブルに見舞われてしまった。
 こんなことある?
 しかもその果てには……

「危ないミル!」

「わっ!」

 通りを抜けようとしていた馬車が、突然車輪を踏み外して、ガタッとこちらに寄って来た。
 すかさずミルの手を引いて大事を避けることはできたが、馬車の車輪がちょうど水溜りの場所を踏み、黒ずんだ飛沫がミルの服に襲いかかる。
 ビチャチャッ!

「……」

 気が付けば、ミルの制服は泥だらけになっていた。
 とても人様にはお見せできないような格好になってしまったので、私は呆けているミルの手を引いて細道に入る。

「あちゃー、こりゃ派手にやられたねぇ」

 何とか手巾で泥を落とそうとするけれど、汚れが広がるだけで焼け石に水である。
 そうやって頑張る私を見つめながら、ミルは何とも悲しげな表情を浮かべた。

「ご、ごめんなさい。何度も水を差すようなトラブルが起きてしまって」

「んっ? ミルが謝ることじゃなくない?」

「だって、絶対にこれ私の“不幸体質”が原因じゃないですか。普通だったらこんなことありえませんもん。欲しかった服が全部なかったり、目当てのスイーツも品切れだし、最後には泥まで被ってしまって……。せっかくのデートだったのに」

「およっ? 結局デートって認めてくれたんだ」

 心底落ち込んだ様子を見せるミルに、私は元気付けるように言った。

「まあ、服が汚れただけでよかったじゃん。他の誰かに迷惑かけたわけじゃないし、不幸中の幸いだと思おうよ」

「不幸中の、幸い?」

「そっ、ミルの不幸体質は今に始まったことじゃないし、“最悪”なことにならなかっただけマシだって考えよ」

 不幸の連続は起きていたけれど、どれも取るに足らない些細なことだった。
 もっとひどい事態になっていたっておかしくはなかったのに、これだけで済んだのだから逆に幸運だと言えるだろう。

「今日買えなかった服だって、もし在庫が残ってて今日買ってたとしたら、それに着替えてデートしてたかもしれないでしょ。そうしたら汚れてたのは新しい服になってたわけだし、在庫が切れてて逆によかったじゃん」

「……」

「それにスイーツも、ロールケーキが食べられなかったのは残念だけど、あの店の他のスイーツも美味しいことがわかったからよかったし、これも全部私の幸運値999のおかげだね」

 馬車の件だって、下手をしていたら、二人とも轢かれて大怪我をしていたかもしれないのだ。
 そうならなかっただけマシだと言える。
 ふんと胸を張って自分の幸運値を誇らしげに思うと、ミルは悲しげな顔をやめてくすりと笑った。

「どこまでも前向きですね、サチさんは」

「顔は前にしか付いてないからね」

「確かにサチさんがいなかったら、もっとひどいことになっていたかもしれませんね。今日は一緒にいてくれてありがとうございます」

 どうやら気分は元に戻ったらしく、ミルはいつもの柔らかい笑みを浮かべていた。
 泥だらけの格好で歩き回るわけにもいかないので、今日はここで帰ることにする。
 なるべく人と会わない道を選びながら、学生寮への帰路を急いでいると、その道中でミルがハッと何かに気付いた声を上げた。

「も、もし私が誰かとお付き合いを始めたら、幸運値0のせいでデートもめちゃくちゃにしちゃうのでしょうか……?」

「うーん、それは由々しき事態だね」

 今回のお出かけを見る限りだと、そうなってもおかしくはない。
 この私が一緒についていながら、この始末になっているわけだもんね。
 一般の人がミルとお出かけなんかした日には、欲しいものが買えないどころか財布も落として、二人ともとんでもない怪我をして帰ることになるやもしれない。
 それを危惧し始めたミルが額に冷や汗を滲ませていたので、私は再び安心させるように言った。

「よしっ、じゃあミルがお付き合いを始めたら、絶対に一番に私に報告してよ」

「ど、どうしてですか?」

「デートの時は、毎回私が付き添ってあげるから」

「気まずすぎですよ!」

 さすがにその提案は却下されてしまった。
 こうなったら私が、ミルに相応しい人物をどこかで見つけてくるしかないかもしれない。
 幸運値が高くて、ミルを引っ張っていけるような明るさがあって、ちょっとしたトラブルにも動じない剛胆さも持っている人物。

 そんな人がいたら、是非ともミルに紹介してあげようと、私は思ったのだった。



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 2022年5月13日(金)から、『幸運値999〜』のコミカライズが連載開始となります!
 コミカライズの連載は『comicグラスト24号』からです。
 ノベマ様の公式ページでは無料公開も始まっておりますので、是非ともご覧ください!