魔術師になれる可能性が見つかった。
一応あの後、もう何度か幸運値に依存している魔法を試してみたら、やっぱり百発百中で成功させることができた。
相手を稀に拘束できる魔法も、私が使えば絶対に拘束できる魔法になるし。
相手を稀に死に至らしめる魔法も、私が使えば必殺の魔法に変貌する。
これは紛れもなく魔術師になれる才能である。
まさか幸運値にこれだけの力があるとは思いもしなかった。
もちろんそれは『999』という驚異的な数値があるおかげなので、他の人たちは恩恵をまったく感じないだろうが。
ともあれこれで私も魔術師になれる可能性が充分に出てきたというわけだ。
そして私はマルベリーさんの教えのもとで、魔術師への道を歩み始めた。
魔法の基礎を学び、私に合っている魔法を選別して教えてくれた。
それから月日が経ち、私は十五歳になった。
「サチちゃんにお話しがあるんですけど」
「んっ? なーに?」
いつものように魔法の授業を終えて、これから晩ご飯を作るぞという時。
不意にマルベリーさんが私を呼び止めて、再び席に座るように促してきた。
何だろうと首を傾げながら腰掛けると、マルベリーさんはごほんと咳払いをしてから意外な提案をしてくる。
「魔術学園に入学してみませんか?」
「えっ?」
魔術学園。
広くは魔法を学ぶことを目的とした教育施設のことを指す。
しかしこの魔術国家オルチャードにおいては、魔術学園と聞けば誰もが『王立ハーベスト魔術学園』のことを連想するだろう。
王都ブロッサムに設立された、世界最大の魔術師養成施設。
入学試験、進級試験、卒業試験のすべてが難関と言われていて、類稀なる素質を持った者しか足を踏み入れることを許されないという。
そして魔法の素質は完全に血筋によって決まる。
大昔は貴族だけに許された秘術とまで言われていたことがあるそうで、今でも一般庶民が魔法に触れる機会はほとんどない。
ゆえに魔術学園に通うほとんどの者は高貴な生まれの者たちばかりだ。
言い換えれば“貴族学園”ということにもなる。
そこに入学するってことは……
「これからはマルベリーさんからじゃなくて、学園に行って魔法を勉強して来いってこと?」
「はい、そうです。魔術学園に行けば、最新鋭の魔術教育を受けることができますし、文献や書物も自由に閲覧が可能になります。今後、サチちゃんの魔法に関しての知識を深めるためには、魔術学園に入学するのが一番だと思ったんですよ。何よりも、一般常識くらいは学んでおいた方がいいと思いまして……」
マルベリーさんは相変わらず無表情で淡々と語ってくれる。
魔術学園で勉強かぁ。
確かにそこなら最先端の魔法技術を学ぶこともできるだろうし、一般的な常識を身に付けることもできると思う。
でもなぁ……
「マルベリーさんに教えてもらうだけで充分だと思うんだけど?」
「私はあくまで魔法の基礎を教えることしかできません。常識的なことは学園に行って学ぶのが最適だと考えました。それに、いつまでもこんな湿っぽい森にいるのも体に悪そうですし」
まあ、魔法についての知識をもっと深めたいとは思っている。
それと人間らしい常識を身に付けたいとも。
今まで私は閉鎖的な家庭内で迫害されるか、この森の家でしか暮らしたことがないから、一般常識に疎いし。
正直、学園に通うっていうのも、興味がないわけじゃないしなぁ。
うーん、でもでも……
「友達できるかわからないしなぁ……」
「そっちの心配ですか」
いや、友達ってかなり重要だからね。
学生生活を豊かにしてくれる何よりの存在だし、それが勉強への意欲にも直結しているんだから。
って、マルベリーさんが持っている本で読んだ気がする。
それに私はこれまで友達と呼べるような人ができたこともないし、それ以前にこの森から出ていないんだから、他人とまともに会話したことすらないのだ。
友達ができるかどうか不安になるのは当然である。
「マルベリーさんも一緒に入学して、クラスメイトになってくれるんだったら喜んで学校に行くんだけどなぁ」
「無茶言わないでくださいよ。というか一緒に入学できたとしても、サチちゃんだけお友達が増えていって、次第に私とは疎遠になっていく未来が見えます」
「なんでそんなに卑屈なの?」
マルベリーさんは淡々としながらも物騒なことを言い始めた。
なんでそんなに卑下するのだろうか。疎遠になんて絶対にならないから。
仮に友達が増えても、私はずっとマルベリーさんと一緒にいるつもりだよ。
たとえマルベリーさんが教室の隅で誰とも話さずに、ずっと本を読んでいるようなぼっち女子になっちゃっても、私から積極的に話し掛けに行ってあげるから。
でも確かに学園内で一人ぼっちになっているマルベリーさんは容易に想像ができてしまう。
「そもそも私は、すでに王立ハーベスト魔術学園を卒業していますので、サチちゃんと一緒に入学はできませんよ。年齢的にもダメですし」
「あぁ、そっか。魔術学園に入れるのは十五歳って話だもんね。さすがに四十代のマルベリーさんには厳しいか」
「……あの、私まだぎりぎり二十代なんですけど」
そんな冗談を交えると、マルベリーさんはジトッとした目で私を睨め付けてきた。
基本的に魔術国家オルチャードにおける教育の過程は、六歳まで家庭教師やら自宅で基礎教育を受けて、それから小学部の学校に入学することになる。
そして十二歳から中学部の学校に進み、十五歳で高学部へと進学することになる。
本格的に魔法を学び始めるのは中学部からだそうだが、魔術師の名家においては幼い頃から魔法の英才教育を施すらしい。
そして王立ハーベスト魔術学園は三年制の高等部の教育施設に当たり、その年の入学時期時点で十五歳の少年少女に受験資格が与えられるそうだ。
一応、十六歳や十七歳からでも途中入学が可能な編入制度もあるみたいだけど、その編入試験が怪物のように難しくて、仮に編入できたとしても卒業まで到達できる可能性は皆無だという。
理由としては、進級や卒業までに必要な成績もゼロから積み上げなければならないので、少しの遅れが命取りになるんだとか。
ともあれ編入可能な十代をとうに過ぎてしまったマルベリーさんは、残念ながら入学できないらしい。
「そういった事情がありますので、私はついて行くことができません。魔術学園にはサチちゃん一人で行ってください。というか、私はそもそも……」
途端、マルベリーさんは顔に影を作り、沈んだ声をこぼした。
「この森を出ること自体、許されていない存在ですから」
「えっ?」
どこか気落ちした様子のマルベリーさんを見て、私は深く眉を寄せる。
森を出ることを許されていない? いったいどういう意味なんだろう?
何やら物騒な響きだと私は思った。
「いつの日か聞いてくれましたよね。どうして私がこの森で暮らしているのか」
「うん。こんなに町から離れてて、魔獣も頻繁に出る危ない場所なのに、どうしてずっとここにいるのか不思議だったから」
誰もこんな森で隠居しようとは考えないだろう。
それでもマルベリーさんは、まるで人目を避けるようにこの森での暮らしを続けている。
それが気になって、確か六、七歳くらいの頃に『なんで森に住んでるの?』と聞いたことがあるのだ。
「その時は自然が好きとか言ってはぐらかしちゃいましたけど、本当のことを言うと私……実はこの森に閉じ込められている最中なんです」
「閉じ込め……られている?」
ますます穏やかならない雰囲気になってきた。
必然、私の顔も強張ってくる。
思えばマルベリーさんのことって、知っているようでまるで詳しく知らなかった。
料理が上手で優しくて、でも人見知りで感情を表に出すのが苦手で、それでいてすごい魔術師だってことくらいしか、私は知らない。
「『咎人の森』。それがこの森の正式な名称です。ここにはその名の通り、罪深い人たちが放り込まれるようになっています。簡単に言っちゃえば牢獄代わりですかね」
「牢獄? 私ってそんな森に捨てられてたんだ。実の娘を牢獄代わりの森に捨てるってどんな神経してるんだろう。ていうか、マルベリーさんって犯罪者だったの?」
「そ、その言い方はやめていただきたいんですけど」
マルベリーさんはジト目を細めてこちらを見てきた。
どうやら今の言い方は間違いだったらしい。
「犯罪者とは少し違いますかね。ただ罪を犯しただけなら牢獄送りになりますけど、私の場合はそうではないのでこの『咎人の森』に閉じ込められてしまいました。簡単に言うと私は、『町に置いておくこともできないくらいの“危険人物”』として、国に見られてしまったんですよ」
「危険……人物……」
「あっ、まあその、ちょうど良い機会なのでお話ししておきましょうか……」
なぜか申し訳なさそうな様子で、マルベリーさんは言った。
「私、魔素の声が聞こえるんですよ」
「ま、魔素の声?」
「体内に宿っている魔素は言葉を発することができて、私はその声を聞くことができる特殊な体質なんです。聞くところによると、五百年に一度の逸材、らしいですよ」
マルベリーさんは心なしか、自信ありげに大きな胸を張っていた。
魔素の声が聞こえる人なんているんだ。私はまったく聞こえないんだけど。
どんな風に声が届くのか、少しだけ聞いてみたいような気もする。
でも、それがいったいどうしたというのだろう?
魔素の声が聞こえるから、国に危険人物として見られてしまったってことなのかな?
どこら辺が危険なんだろう?
「魔素の声はかなり独特で、大抵は意味のないことばかりを独り言のようにこぼしています。でもたまにとても重要なことを教えてくれたりするんですよ」
「重要なこと? 魔素が何を教えてくれるの?」
「魔法の『詠唱文』です」
……んっ?
マルベリーさんの言葉を聞いても、あまりピンと来なかった。
魔素が魔法の詠唱文を教えてくれるの?
「そもそも魔法は、魔素の声を聞いた古代人が生み出したものとされているんですよ。今では色々な詠唱文が文献などで語り継がれていますけど、最初は私のように魔素の声が聞こえる古い魔術師が魔法を誕生させて、伝えてきたらしいです」
「……全然知らなかった」
魔素の声が聞こえる古代の魔術師が、詠唱文を聞いて一つ一つ魔法を編み出したってことだよね。
まあ、今にして思えば、魔法ってどこからやってきたの? という疑問は確かにある。
それが体内に宿っている魔素が教えてくれたのだとしたら、色々と納得できる気がするもんね。
じゃあマルベリーさんは、また新しい魔法を生み出すことができるかもしれない貴重な存在というわけだ。
あれっ? でもじゃあなんでこんな森に閉じ込められているんだろう?
五百年に一度の逸材じゃないの?
「魔術国家オルチャードでは昔、魔素の声が聞こえる人のことを『魔導師』と呼んで、まるで神様のように崇めていたそうです。でも、いつの日からか魔導師は、逆に災いを引き寄せる悪い存在だと言われるようになりました」
「災い?」
「魔導師が住んでいる町に自然的災害が多く降り掛かったり、明らかに異常な頻度で魔獣が攻め込んできたりと、悪い事象は数えたらキリがないそうです」
いわゆる地震とか台風とか異常気象とか、それらをすべて魔導師のせいにされてしまっていたわけだ。
まあ魔獣までおかしな頻度で攻め込んできたりしたら、何かを疑いたくなってしまうのはわかる気もする。
「でもそれって、本当にその魔導師が原因なの? 何か証拠とかは?」
「確実なことは何もわかっていないそうですよ。でも、あらゆる被害に見舞われている中で、何百年に何度も現れない“特別な存在”がその場にいたとしたら、懐疑的な視線が集中するのは自然な流れですよね」
災害に遭って余裕を失っている状態ならば、なおさらそうなっても仕方がないと思った。
そして魔導師は悪だという風潮が強まったわけだ。
魔導師は不幸を呼び込む悪い存在だと。
「でももちろん、それだけが理由で私は森に閉じ込められたわけではないですよ。私も最初の方は若干の危険視をされていただけで、普通の生活を送ることはできていましたから」
「まあ、国家魔術師になって、『賢者』って呼ばれるようになったって言ってたもんね。じゃあどうして今はこんな辺鄙な森に幽閉されちゃってるの?」
何気なく問いかけてみたけれど、驚くべき答えがマルベリーさんから返ってきた。
「そ、その……本当に起きちゃったんですよね、大災害」
「えっ……」
「滅多に見ることのない伝説級の魔獣たちが、何十体も王都ブロッサムに押し寄せてきたんですよ。原因は何もわかっていません。そしてわかっていないからこそ、王都で暮らしていた魔導師の私に、疑いの目が殺到しました」
伝説級の魔獣たちが、何十体も……
その光景を想像しただけで背筋が凍えた。
なんでそんなことが起きたのだろうか?
その原因がわからなくて、魔導師のマルベリーさんに疑いの目が向けられたわけだ。
「魔導師の私が魔獣を引き寄せた、魔術師として力を付けたから災いを招いた、なんて言われてしまって、あっという間に危険人物扱いです。最後には人里への出入りも許されなくなり、この森から出ることも禁じられてしまいました」
「……ただの体質のせいで? そんなことって本当にあるの?」
なんともひどい話である。
何も確かな証拠はないというのに。
一方的に災害の原因と決めつけられて、こんな危ない森に閉じ込めるなんて。
「昔から、災いを招いた魔導師たちは、このように咎人の森に封じ込められていたそうですよ。ここに閉じ込めておけば町に被害が出ることもありませんし、それに何やらこの森には邪気を抑え込む神秘的な力があるんだとか」
「えぇ、嘘くさぁ。そんな話なんか信じないで、こっそり町に戻っちゃえばいいじゃん。この森、魔獣がうじゃうじゃいて危ないし、町で暮らした方が断然楽しいと思うんだけど」
「そうしたいのは山々なんですけど、すでに私は国家から危険人物として認定されています。その証拠に国家魔術師たちによって、この咎人の森に特殊な結界魔法を張られてしまって、私が一歩でも外に出たら王都に知らされるようになっているみたいなんですよ」
特殊な結界魔法?
そんなものが張られているなんて気が付かなかった。
森の端っことかには、木の実拾いとかでよく行っているけど、もしかしたら目では見えないものなのかもしれない。
見えないということは触れもしないのかな? じゃあ壊すのも難しそうだ。
そもそも国家魔術師たちが束になって作った結界を容易に壊せるはずもないか。
たぶんだけど、マルベリーさんの魔素だけに反応する透明なカーテンみたいな結界なんだ。
で、効果も閉じ込めるんじゃなくて、あくまで出入りを検知するだけの魔法だから、魔力効率も相当いいと思う。
これなら半永久的に、人の手を借りることなく結界は維持されるだろう。
それに気弱なマルベリーさんに対してなら、出入りを検知するだけの魔法でも、脅迫の効果は絶大だろうし。
脱走が発覚したら国を挙げてお前を捕らえに行くぞ、みたいな。
なんだかいやらしい結界魔法だ。
マルベリーさんがここを安全に、安心して出るためには、国から許しをもらう以外に方法はない。
「ですから私は町へは行けません。顔もおそらく周知されているでしょうし、首を刎ねられるのはさすがにごめんですからね。それに……」
マルベリーさんは再び顔に翳りを作り、罪悪感の滲んだ顔で呟いた。
「もしまた、とんでもない災害を町にもたらして、皆さんに迷惑を掛けてしまったらと思うと……」
「……」
申し訳なさそうにするマルベリーさんを見て、私は密かに胸を痛める。
魔導師と自然災害の因果関係ははっきりしていない。
でも言い伝えの通り悪いことが起きてしまったせいで、マルベリーさん自身も疑心暗鬼になっているのだ。
もしかしたら本当に自分が災いを持ち込んでしまったのではないかと。
何よりマルベリーさんは凛とした雰囲気の反面、気弱な心の持ち主なので、そういった不安を覚えて自嘲的な気分になってしまうのも無理はない。
その時ふと、マルベリーさんと出会った頃のことを思い出した。
「もしかして、昔の自分と私が似てるって言ったのは、それが理由だったの?」
「えっ?」
マルベリーさんに拾ってもらった時のことだ。
どうして助けてくれたのか理由を尋ねたら、『昔の私に似ていると思ったから』とマルベリーさんは答えた。
いったいどの辺りが似ているのか、その時は何も聞くことができなかったけど、マルベリーさんの過去を知った今、それが少しだけわかった気がする。
「家族に冷たくされて森に捨てられた私と、町から追い出されて森に閉じ込められたマルベリーさん。確かに少し似てるよね。だからマルベリーさんは、私のことを助けてくれたんでしょ?」
問うと、マルベリーさんはその時のことを懐かしむように天井を見上げた。
「そう……ですね。確かにあの時、自分とサチちゃんのことを重ね合わせて見てました。だからつい助けてあげたくなってしまったんです。あとはまあ、そうですね……」
そこでマルベリーさんは、途端に言葉を切ってしまう。
すると、いつも無表情のマルベリーさんにしては本当に珍しく、今にも泣き出してしまいそうな、悲しそうな表情を一瞬だけ覗かせた。
「もう、一人でこんな森にいるのが、寂しくて仕方がなかったんですよ」
寂しかった。
そうなって当たり前だと今さらながら気付かされる。
こんな湿っぽくて危ない森に、たった一人で暮らしていたら、気持ちがどうかなってしまうに決まっている。
生き延びるだけでも一苦労のはずなのに、森から出ることも禁止されて、町の人たちからは厄介者扱いだ。
町に戻りたくても戻れない。もうこの薄ら暗い森で一生を過ごさなければならない。
ただの体質のせいでそれを強制されてしまった。
マルベリーさんがそんな境遇に陥っているのだと改めて知り、私は密かに唇を噛み締める。
そして、一つの決意を胸に抱いた。
「私がマルベリーさんをこの森から解放してあげる!」
「えっ?」
「魔術学園に通って、国家魔術師になって、マルベリーさんが咎人の森から出られるように説得してきてあげるよ」
我ながら良い案だと思った。
これ以上ない解決策なんじゃないかと。
でも、マルベリーさんの反応はかなり鈍いものだった。
「そ、そんなこと、本当にできるんですか?」
「ただの一般人として国に訴えても、全然効果はないと思う。でも、国家魔術師としてマルベリーさんが危険人物じゃないってことを伝えれば、きっとわかってくれるんじゃないかな」
だって国家魔術師は国に認められた魔術師のことを指すんだから。
少なくとも一般人として訴えるよりかは断然効果的だと思う。
そんな私の提案を聞いて、マルベリーさんは困惑した表情をしていた。
「そ、そんなに上手くいきますかね? 国家魔術師の影響力は確かに大きいですけど、さすがに国の意思を動かせるほどでは……」
「えぇ、ダメかなぁ?」
国家魔術師ならいけると思ったんだけど、それでもまだ足りないのかぁ。
まあ、国から危険人物として見られちゃった人を、確実に安全だと証明するのは想像以上に難しいのかもしれない。
たった一人の国家魔術師程度では不可能なようだ。
あっ、じゃあそれなら……
「ただの国家魔術師でダメなら、“世界最強”の国家魔術師になればいいじゃん」
「世界、最強?」
「世界で一番強い魔術師になれば、さすがにみんなも私の声を無視できなくなる。それできっと最強の魔術師の言うことなら間違いないって思ってくれるはずだよ」
すべてを実力でねじ伏せられるくらい強い魔術師になる。
そして最強の魔術師として名前を上げれば、言葉の重みも説得力も桁違いに上がるんじゃないの?
国の考えだって正せるかもしれない。
何よりここは魔術国家オルチャードなんだ。魔術師としての力がすべてと言っても過言ではない。
うん、いいじゃんそれ。ものすごく完璧な計画だよ。
「というわけで、行ってくるね魔術学園。きっと世界最強の国家魔術師になって、マルベリーさんを助けてあげるから」
「……そういうつもりで提案したわけじゃ、なかったんですけどね」
勝手に決めて、勝手に決意を燃やしていると、マルベリーさんは見るからに呆れたように肩をすくめていた。
子供ながらに都合の良すぎる夢を語ってしまっただろうか?
そう危惧したのだが、マルベリーさんは呆れた様子から一変して、いつもは笑わないその顔に、薄い笑みを滲ませていた。
「でも、そうですね……。町でサチちゃんと一緒にお買い物したり、色んな場所を見て回って遊んだりするのは、すごく楽しそうだと思います」
「でしょでしょ! ま、期待して待っててよね」
「……サチちゃんは相変わらず自信満々ですね。でも、サチちゃんなら確かにやれちゃいそうな気がします」
当たり前でしょ。
だって私は、幸運値999の、神にも愛されているんじゃないかってくらいの幸運娘なんだから。
何よりも、ここまで育ててくれたお礼がしたいから、私は全力でマルベリーさんを助ける。
こうして私は、マルベリーさんを咎人の森から解放してあげるために、国家魔術師を目指すことにした。
あっ、じゃなくて、“世界最強”の国家魔術師を目指すことにした。