授業やら勉強やら研究会で日々を過ごしていくうちに、いつの間にか半月が経過していた。
 そして私たちはいよいよ、期末試験当日を迎えることになる。
 まずは一日目の筆記試験。
 こちらは別段問題はなく、一学期で出た範囲を復習していれば比較的簡単だった。
 今日まで真面目に試験勉強をしていた甲斐もあって、取りこぼしはまったくないような手応えを感じた。
 で、問題はここから。
 試験二日目に行われる実技試験。
 こちらは筆記の時とは比べ物にならないほど、皆の緊張感が伝わってきて、私まで手に汗を握ってしまう。
 校庭にて一学年全員が集まって待っていると、やがて一人の教員が号令台の上にのぼって声を張り上げた。

「此度の実技試験を任されることになった、一年C組担当教員のヒィンベーレだ! みんなよろしくな!」

 赤茶色の短髪をガシガシと掻き上げる男性教員。
 度々廊下ですれ違うことが多くて、印象としては絵に描いたような熱血教師だ。
 そのヒィンベーレ先生から実技試験についての説明が行われる。

「今回、一年生の皆に出される課題は、『未開地の踏破』だ」

「……?」

 誰もが同じ反応を示した。
 この魔獣を倒してこい、この素材を取ってこい、というわかりやすいものではなかったため、これには思わず耳が寄る。

「まあ簡単に言うとあれだ、君たちはただ指定の森を抜けてくればいい。何かを取ってくる必要も、倒してくる必要もない。制限時間内に開始地点から目標地点に辿り着けば、それで試験終了だよ」

 指定の森を抜けてくる。端的にそう言われると単純な試験のように思えてくる。
 ピタージャ先輩から聞いた前年度の試験は、逃げている先生を捕まえるという『追いかけっこ』の試験だった。
 確か先生を逃亡者に見立てた試験って言っていたっけ。
 となると今回の試験は言うなれば、『かけっこ』ということになるだろうか?
 いや、森を抜ける時間を競うわけではなく、踏破することに重きが置かれているので、『探検ごっこ』ということになるのかな?
 どうして今回はそんな試験内容になったのだろう?

「最近この国は、未開拓領域の探索に力を注いでいてな、今のうちから学生たちにその基礎を叩き込んでおきたいっていうのが学園側の願望だ」

 国家魔術師の一つの仕事して、未開拓領域の探索が含まれている。
 まだ人の手が介入していない未開の地には、凶悪な魔獣や未知の災害が蔓延っており、警戒区域として立ち入り制限がされている。
 しかしそんな危険がある反面、特殊な薬草や未確認の素材が眠っているとされているので、それを獲得するために魔術師たちが未開地を切り開いているのだ。
 どうやら昨今はその未開拓領域の探索を重要視しているらしく、今回の期末試験はそれを見越した内容になっているようだ。
 言うなれば、未開の地を踏破する能力を問う試験。

「試験場所は王都の北西に位置する『日知(ひし)らずの森』。密集した木々から遮光性の高い葉が茂っていて、日光が一切入らず常に真夜中のように暗い森だ」

 生徒たちの視線が、自ずと北西側の方に向く。
 ヒィンベーレ先生がごほんと咳払いをして生徒たちの視線を戻すと、試験の説明を続けた。

「光源もなく、道らしい道もない。非常に迷いやすい場所になっているだけでなく、出没する魔獣たちも厄介な連中が多いからな、簡単に森を抜けられるとは思わないことだ」

 続いてヒィンベーレ先生は傍らに置いていた簡素な箱を持ち上げて、生徒たちに見せてくる。

「開始地点は森の東側で、到着地点の西側を目指してもらうわけだが、一学年全員が合わせてスタートすることになっている。そのため開始地点で大きく広がってもらう必要があり、その細かい開始地点は抽選によって決められる。到着地点までの距離に差はなく、地点ごとの有利不利もまったくない。そこだけは公平なので安心してほしい」

 抽選による開始地点の振り分け。
 まあ、生徒数が生徒数なだけに、必要不可欠な措置だろう。
 各々が自由に森の中に入ってしまったら、それはそれで公平でなくなる気がするし。
 だって、仲良い人と固まってスタートできちゃったら、そういう囲いを作っている人たちが圧倒的に有利な試験になっちゃうもんね。
 というこちらの心情を覗いたわけではないだろうが、先生は付け足すように説明してくれた。

「まあ、中で別の生徒と合流して協力するのもありだが、正直現実的ではないとだけ伝えておく」

 言われた後で『確かに』と思う。
 迷いやすい森の中で、狙った人と合流するのはかなり難しいだろう。
 開始地点も抽選で決まるらしいし、何より誰かと合流したところでうまみもそこまでない。
 結局試験の内容はゴールを目指すだけなので、魔獣討伐をスムーズに行えるという以外に利点は感じない。
 合流するための労力を、ゴールを目指すことに使ったほうが堅実かもしれない。

「ちなみに転移魔法で森の中を移動したり、直接到着地点を目指すのは禁止だ。っつっても予め使用できないように、教員らで結界魔法を張っているからズルはできないけどな」

 険しい森を探索して抜けるまでの試験。
 それで転移魔法を使ってしまったら確かに試験にならないよね。
 まあ、転移魔法はそこまで便利な魔法ではなく、高い魔力値がなければ長い距離を移動することができない。
 国家魔術師の人たちでも、町の端から端まで転移するだけでも一苦労だと聞いたことがあるくらいだ。
 一度訪れたことがある場所に転移する魔法や、座標を記録してそこに転移する形の魔法なら、長い距離でも問題なく移動することができるけど、今回の試験では役に立ちそうもない。
 そもそも転移魔法を禁止する結界魔法を張っているみたいだし。
 あぁ、でも……

「…………“あの魔法”は使えるのかな」

 ぼそりと独り言を漏らしていると、再びヒィンベーレ先生の声が耳を打った。

「それと入学試験の時と同じように、試験中の怪我や事故は自己責任となっている。実力不足だと感じたら即座に森から出て棄権した方が身のためだぞ」

 それはすでに承知しているのか、生徒の誰も萎縮した様子を見せてはいなかった。

「とまあ、簡単な説明はこれで以上だ。何か他にわからないことがあったら、試験場に向かう途中で引率の教員にでも聞いてくれ。答えられる範囲で答えてくれるはずだからよ」

 そこで校庭での実技試験の説明は終わり、私たちはクラス別に分かれて、日知(ひし)らずの森へと向かうことになった。



 馬車に乗って草原を走ること二時間。
 私たちは試験場となる日知(ひし)らずの森へと辿り着いた。
 まだ森の外にいるというのに、すでに内部の暗さと湿っぽさが伝わってくる。
 森全体も横に広く、全貌がまるで掴めない。
 ともあれその入口前に到着するや、私たちはまず開始地点を決める抽選を行なった。
 抽選方法は至ってシンプルなくじ引きである。
 ヒィンベーレ先生の持っていた箱の中に、数字が書かれた紙が入っていて、それによって開始地点が決められる。
 一年生全員がくじ引きを終えると、各自に試験用の方位磁針が配られて、いよいよ期末試験の実技試験が執り行われることになった。

「それじゃあ各自、指定の開始地点に向かってくれ」

 くじ番号が150より下の生徒は入口の北側、上の生徒は南側へと歩いていく。
 日知(ひし)らずの森はかなり広大で、開始地点に行くだけでも一苦労だった。
 まあ一学年の生徒全員が、一度に試験を受けられる場所となると、これだけ広くて当然だと言えるが。
 その道中、たくさんの生徒たちの群れの中に、見慣れた青髪がチラッと映り込んだ。

「あっ、ミルー!」

 駆け寄ると、ミルは少し驚いたように目を丸くした。

「サチさんもこっちの方だったんですか」

「奇遇だね。もしかして開始地点すごく近かったりするのかな?」

 ミルが持っている紙を見ると、書かれている数字は『260』だった。
 そして私が持っている紙には『247』の数字。
 およそ三百人ほど一年生がいる中で、まさか開始地点が十数人ほどしかズレていなかった。

「おぉ、これも幸運値999の力……」

「それ、本当に関係あるんですか?」

 それはどうかは断定できないけど、こんなにも近場でのスタートになったのは幸運と言わざるを得ない。
 だってこれならすぐにミルと合流して、協力しながら到着地点を目指せるわけだから。
 別の生徒と合流するのは現実的ではないとは言われたが、こんなにも開始地点が近いならすぐに会えると思うし。

「試験が始まったら、すぐにミルがいる方に向かってみるよ。森の中がどうなってるかはまだよくわからないけど、できるだけミルはその場でじっとして……」

「……」

 協力するのが当たり前のような口ぶりで、私は話してしまう。
 しかしミルは複雑そうな表情で、ぎこちなくかぶりを振った。

「いえ、今回は、一人だけでやらせてください」

「えっ?」

「この試験、私は一人だけで、乗り越えてみたいんです」

 思いがけない返答をしたミルは、決死の覚悟をしたように顔を引き締めていた。