中庭の隅っこにあるベンチ。
 あまり日当たりもよくなく、薄暗い印象のあるこの場所は、どの時間帯でもほとんど誰も使っていない。
 そのため食堂での食事を避けたい場合は、よくここを有効的に活用している。
 そして今日もまた周囲の生徒たちから注目されてしまっているサチとミルは、人目を避けるように中庭のベンチにやってきた。
 ただ今日は、注目されているのがサチではなく、ミルの方だったため彼女の顔はどこか浮かない。
 購買で買った菓子パンをかじることもなくじっと見つめながら、小さなため息をこぼしていた。
 対照的にサチはパンをもごもごと食べながら、納得したように頷いている。

「ミルの言ってたことが私にもわかったよ。特待生になったら、他の生徒たちから間違いなく反感を買うから、素直には喜べないって思ってたんでしょ」

「……はい」

 職員室にて特待生の話をもらった瞬間に、こうなることは予想していた。
 それなら断ればよかったじゃないかと自分でも思ってしまうが、教員たちに上手く説得されてしまい首を横に振ることができなかった。
 小心者の自分が憎らしい。
 何より学費が大幅に免除されるという特典を無視することができず、病気の母の治療費のために、少しでも足しになればと思って引き受けてしまったのだ。
 今でもこの選択が間違いだったとは思っていない。
 完璧に正解だったとも思っていないけれど。

「魔法の才能で優っているはずの貴族様たちが、たかが平民生まれの女の子に成績で負けて、そのうえ名誉ある特待生の称号まで奪われて気に食わないとか思ってるんだろうね。本当にプライドだけは達者なんだから」

「……それでもやっぱり、私自身もこの称号は、身に余る評価だと思っています」

 それこそ他の人が受け取るべきだったのではないかと思うほどに。
 自分よりも優秀な生徒たちなら、もっとたくさんいるはず。
 それをたかが魔力値の一つで特待生に選ばれてしまったので、ミル自身もいまだに自覚できずにいるのだ。
 平民生まれという負のレッテルもあり、周りからも納得のいっていない声が多発しているから。

「他の連中の言うことなんて気にしなくていいよ。誰が何と言おうと特待生に選ばれたのはミルなんだから、もっと堂々と胸を張っていいんだよ。私は最初からミルがすごい奴だって知ってたし、この評価も妥当だと思ってるよ」

「……サチさん」

 不安な感情が表に出ていたのだろうか、サチがパンを頬張りながら慰めてくれる。
 それでもやはり気持ちは晴れない。
 こんな臆病な自分が魔術学園の特待生に選ばれるなんて、どう考えてもおかしいと思ってしまう。
 特待生になるなら、もっと相応しい人物がいるのに……

「……んっ? なに?」

「あっ、いえ、なんでも……ありません」

 菓子パンを頬張っているサチを横目に見ていたが、すぐに視線を逸らして誤魔化すように自分もパンを齧った。
 自分なんかより遥かに強くて、勇敢で、特待生に選ばれるべき人物を自分は知っている。
 それなのにその人は、魔力値が1だからという理由で他の生徒たちから嘲笑をもらったり、格下だと見下されたりしている。
 こんなにも才能溢れた人が誰の目にも留まらず、笑い者にされているのが納得いかない。
 サチ・マルムラードこそ、この学園において、もっと言えば世界中の魔術師の中で『最強』と謳われても不思議ではないのに。
 サチは悔しくないのだろうか。
 不当な評価を受けてバカにされている現状に、不満を抱いていないのだろうか。
 ということを尋ねてみようと思ったが、それよりも先に別の方向から声がした。

「んっ、君たちは……」

「「えっ?」」

 声のした方を振り返ると、そこには紫髪を長髪を靡かせる、黒眼鏡が特徴的なレザン・エルヴェーがいた。
 菓子パンを頬張っていたサチは咄嗟にごくんと喉の奥に押し込んで、担当教員であるレザンに片手を上げる。

「あっ、先生、こんなところでどうしたんですか?」

「私もたまにこの場所で昼食をとることがあってな、今日は食堂も混んでいたし久々に来てみたんだよ」

 どうやらレザンもこのベンチの有効活用者だったとわかり、少しだけ親近感が抱く。
 サチとミルは少しだけ横にズレると、レザンは遠慮して立ち去ろうとした。
 けれど、サチが“どぞどぞ”と執拗に促したため、致し方なくといった様子で腰掛けてくれた。
 そして彼女も購買で買ったと思しきパンを、片手で持ちながら手早く食べていく。
 同じものを食べているはずなのに、どこかレザンの姿には気品が感じられた。
 ベンチに座り、学園の中庭をバックにしながら片手でパンをかじる。パン屋の広告の絵として使えそうな景色だと思った。
 そんな風景に見惚れていると、いつの間にか食べ終わっていたレザンがミルの方を向いた。

「そういえば言い忘れていたな。ミルティーユ・グラッセ君、改めて特待生の件おめでとう。担当しているクラスの生徒が選ばれて、私もとても誇らしいよ」

「い、いえ、私は別に何も……」

 本当に自分は特に何もしていないので、褒められることに多大な違和感がある。
 歯痒い思いで頬を掻いていると、蚊帳の外のサチがムッとした表情で手を上げた。

「ねえ先生わたしはー?」

「サチ君も私の生徒として自慢できる一人だと確信しているよ。魔力値測定では辛い思いをさせてしまったが、あくまで魔力値は才能の指標にしかならない。実戦での強さは実戦でしかわからないものだ。笑いたい者には笑わせておけばいいさ」

 その意見には声を大にして賛同したかった。
 確かに実戦での強さは実戦でしかわからない。
 サチの実力に関して言えばまさにその通りで、魔力値測定だけですべてを推し量れるはずもなかった。
 笑いたい者には笑わせておけばいい。自分がサチにそう言えたらどれだけよかっただろうかと、ミルは少しだけ後悔した。

「さすがにいじめにまで事が発展したら、私が即座に対応するので心配はいらない。それにじきに期末試験が始まる。本当に魔術師の才能がある者だけが生き残り、それ以外が脱落していく試験がな。君の真の実力はそこで見せつければいいさ」

「おぉ、先生いいこと言うねー!」

 実力主義の魔術学園に勤める教師らしいと思った。
 サチもその意見には共感できたようで、とても嬉しそうな顔で笑っていた。
 実力は嫌でも試験で示されることになる。
 サチの本領はそこで発揮されて、カイエンとの模擬戦とは違い、もっと多くの生徒たちの目に焼き付けられることになるだろう。
 彼女に対する不当な評価は、時間が解決してくれるに違いない。

「そういえばミルティーユ君、君に一つ連絡事項があるのだった」

「えっ?」

「今日の放課後、何か予定は?」

 そう問われ、思わず『あっ』と声を漏らしてしまう。
 次いでチラリとサチの方を一瞥して、あわあわと口を開閉させた。
 放課後はいつも一緒に帰る約束をしている。
 学園依頼を受ける時も、いつも二人で相談して決めたりしていて、放課後は常にサチと行動を共にしているのだ。
 しかし今日初めて、サチと関係しないことで放課後の予定ができそうだった。
 するとサチは何も言わずに、首を縦に振ってくれた。
 たったそれだけで、『私のことは気にしなくても大丈夫だよ』と言ってくれたのだとわかった。

「と、特に、何もありませんけど……」

「そうか。それなら授業が終わり次第、学園長室まで来てほしい。学園長直々に君に話したいことがあるそうだから」

「が、学園長……?」

 王立ハーベスト魔術学園の頭領。
 世界最高の魔術師養成機関のトップに君臨する、魔術師界の最有力者の候補となっている偉大な一人だ。
 そんなすごい人物が直々に、自分に話したいことがある。
 そう聞かされたミルは、途端に緊張の汗を滝のように流した。