身体測定の後、学年中をざわつかせたミルは、先生に職員室へと呼び出された。
 やがて程なくして教室に戻ってくる。
 ミルは職員室から帰ってきた後、ずっとどこか上の空の様子で宙を見つめていた。
 いったいどんな話をしてきたのか、私だけではなく他のクラスメイトたちも気になっているようだが、誰も話しかけには来てくれない。
 入学からなんだかんだで一ヶ月が経ち、クラス内でのグループは完全に出来上がってしまった中で、私とミルは孤立した立場になっている。
 他のクラスの人たちがミルを避けていると言うよりかは、ミルが不幸体質を気にして誰とも接触しないようにしているといった感じだ。
 そのため他の人たちもミルには近寄り難い雰囲気を感じているのか、普段から話しかけて来てくれることはない。
 私は普通に声を掛けることはできるんだけど、周りの目が集中している中でミルと話すのはなんだか憚られる。
 というわけで寮部屋に戻ったら聞いてみることにした。
 いったい職員室でどんな話をしてきたのか。

「特待生に選ばれました」

「えっ、マジ?」

 特待生制度の話を思い出す。
 特待生に選ばれれば学費が大幅に免除されたり、内申点をもらえたりする。
 何より名門魔術学園の仮の首席を名乗れるというだけでも相当高価値な称号だ。
 ミルがそれに選ばれた?

「そういうのって魔力値だけじゃなくて、学校の成績とかも関係してるんじゃなかったっけ? いくらなんでも選ばれるの早すぎじゃない?」

 魔力値測定後、即特待生に抜擢される。
 という状況に疑問を感じざるを得なかった。

「私の魔力値なんですけど、どうやら記録に残っている限りでも、歴代で五本の指に入るほど高い魔力値らしいです。そもそも魔力値300を超えている魔術師が、世界にも数えるほどしかいないみたいで、是非この一学年の“顔”となる第一の特待生になってくれないかと頼まれてしまいました」

「……それはまた、ミルにしては随分な重荷を背負わされちゃったね」

 浮かない顔をしていた理由がようやく判明する。
 そんなプレッシャーを感じるような言い方をされたら、誰だって緊張してしまうに決まっている。
 まあ、一般的な国家魔術師の魔力値が150くらいって言われている中で、驚異の魔力値300オーバーだからね。
 そんな貴重な存在を学園側も手放したくないだろうし、できる限りの支援をしたいって思っているんじゃないかな。
 いつかミルが大成した時、母校の魔術学園の株も大いに跳ね上がることだろうし。
 そして頼み込まれてしまい、意思表明が苦手なミルは流されるままに承諾してしまったと。
 気の毒というか何というか……

「あんなに人に褒められたのは、生まれて初めてです……」

「職員室でどんなこと言われてきたのよ」

 ていうかそんな悲しいこと言わないでほしい。
 あまり人に褒められたことがないというのなら、私がたくさん褒めてあげるから。

「まあ、何はともあれ、おめでとうミル。王立ハーベスト魔術学園の特待生なんてめちゃくちゃすごいじゃん。明日からは胸を張って廊下の真ん中を歩けるね」

「普段から廊下の端っこを歩いているわけではないんですけど……。というか少なくとも、今回の結果に胸を張ることはできないと思いますよ」

 胸を張れない? 魔術学園の特待生に選ばれたのに?
 これでもかと言うくらい乳を前に出しても怒られないんじゃないのかな?

「あっ、そっか、身体測定の結果が悪かったんだね」

「いやそうじゃないですよ! 確かに身体測定は微妙な結果でしたし、満足のいく胸のサイズではなかったですけど、私が胸を張れないと言っているのは、その……」

 そう言いかけて、ミルは途端に口を止めてしまった
 そしてもごもごと唇を動かしながら言い淀む。
 首を傾げて続く言葉を待っていると、やがてミルは再び浮かない顔をしてそっぽを向いてしまった。

「いえ、やっぱりなんでもありません」

「……?」

 最後には口を閉ざして黙り込んでしまう。
 その後、ミルは特に何も言ってくれず、結局特待生になったことを誇れない理由は教えてもらえなかった。
 身体測定の結果が悪くて胸を張れない、というのはあくまで冗談として。
 特待生になったことを自慢できない他の理由があるというのだろうか?
 その時はまったくわからなかったけれど、後日それはすぐにわかった。



 翌日、学園に行くと、すでに特待生の知らせが園内中に広まっていた。
 例年よりも一ヶ月ほど早い特待生選定に、他学年の生徒や先生たちも驚いた様子を見せている。
 という学園の反応を見た特待生のミルちゃんは、すっかり目に馴染んだ青ずきんちゃんに変身して顔を隠していた。
 そしてビクビクと肩を震わせながら、誰の目にも留まらないように体を縮めて、廊下の端っこを歩いている。
 とても華の特待生に選ばれた生徒には見えない。
 もちろん周りの生徒たちもそんな青ずきんちゃんが噂の特待生だとはわからずに、特に絡まれることもなく教室に辿り着くことができた。
 だが席に着くと、さすがに周囲の視線から逃れることはできなかった。
 同じクラスの人たちはもちろん、特待生ミルの噂を聞いた他クラスの生徒たちが教室の前まで押し寄せて、ミルのことを観察するように見据えてきた。
 傍からそれを見ていた私でも、それらの視線に好意的な意味が含まれていないのは一目瞭然だった。

「なんであいつが特待生に……」

「納得できねえよな……」

「……」

 当然ミルにもその声は聞こえて、彼女は萎縮したように肩を縮こまらせてしまう。
 そこでようやく私は、昨晩のミルが言いかけたことを理解した。

「……なるほどね、ミルはこれが言いたかったわけか」

 特待生になっても胸を張れない。
 それもそのはずで、貴族の子息令嬢が集まるこの学園で、平民生まれのミルや私は生徒たちから僅かに蔑まれたりしている。
 そんなミルが他の生徒たちを押し退けて特待生の名誉を獲得したとなれば、当然妬み嫉みの視線が集中することになるだろう。
 ミルはそれを危惧していたのだ。
 そしてその悪い予想の通り、周囲の生徒たちから嫉妬の目を浴びることになってしまった。
 図らずもこの事態を招いてしまった学園側としては、特に悪気はなかったのだろう。
 無理に責めることはできない。
 だから私は慰めだけでもと思って、隣の席のミルを小声で元気付けようとした。

「気にすることないよミル。ミルは当然の評価を受けただけなんだから、堂々としてていいんだよ」

「……は、はい」

 とは言っても、小心者のミルのことだ。
 好意的ではない視線を向けられているだけで、千本の針で刺されているような感覚を味わっているのだろう。
 彼女は席に腰掛けたまま、青いフードを目深に被って俯いてしまった。
 私がどうにかできないものかと思ったけど、これといった解決策は思い浮かんでこない。
 何と言ったって私自身も、カイエンとの模擬戦以降に浴びていた視線をどうすることもできなかったのだから。
 結果的にそれは魔力値測定にて剥がれることになったけど。
 そして奇しくも、カイエンとの模擬戦との一件で私が集めていた視線が、まるっきりミルに移る形になってしまった。