まさか魔力値の測定があるなんて知らなかった。
 しかもそれが実技形式で、みんなに見守られている中で行われるとはさらに予想外。
 これではみんなに知られてしまう。
 私が魔力値1の才能無しだということを。
 この魔法大国、魔法時代において、魔術師の才能を持っている者が最も偉いとされている。
 そして魔術師の力を如実にあらわすとされているのが、何を置いても魔力値だ。
 端的に言えば魔力値が高ければ称賛され、低ければ馬鹿にされる世の中ということである。
 まあ、さすがにそれは誇張が過ぎるけれど、この魔術学園においてはあながち間違いではない。

「……なんでわざわざみんなの前で」

 もちろん、魔力値が高ければ、それだけで魔術師として大成できるわけではない。
 魔法の知識や実戦での経験を併せ持って、初めてその魔力値を生かすことができるから。
 しかし、そもそも魔力値が高くなければ、そのスタートラインに立つことすらできない。
 だからこそ才能豊かな魔術師を生み出す貴族の血を、この国は何よりも大切にしているのだ。
 その貴族の生まれでありながら魔術師の才能に恵まれなかった私は、これまで自分の魔力値をあまり人に明かしてこなかった。
 現在知っているのはミルくらいで、他に事情を把握している者はいない。
 一人や二人くらいになら別に知られてもいいんだけど、それが何十人ともなれば話は変わってくる。
 単純に恥ずかしいのだ。才能の原石たちが集まるこの場所で、魔力値1なんて醜態を晒すことが。
 なんでわざわざみんなが見ている目の前で、魔力値の計測をしなければならないのだろうか。
 その説明は、レザン先生がしてくれた。

「魔力値は魔術師にとっての指標となるものだ。何よりも正確に測定しなくてはならない。過去に教員買収の不正を行い、虚偽の魔力値を報告させた生徒がいてな、それからはこのような実技形式になっているのだ」

 貴族の通う学校にありそうな話だと思った。
 魔力値の嘘を吐いてどうするつもりなのか、と一瞬だけ思いもしたけど。
 この学園には『特待生制度』があり、特に優秀な学生が選抜されるようになっているそうだ。
 特待生に選ばれればその年の学費が大幅に免除されたり、内申もよくなって卒業後は大幅に進路の舵を取れるようになる。
 何よりも名高い子息令嬢たちが集まるこの学園で、事実上のトップを名乗れるというのは魅力的なステータスだ。
 それこそ大金を積んで教員を買収し、虚偽の魔力値を報告させるほどの価値があるほどに。
 どうやら特待生に選ばれるためには、学校の成績はもちろんながら、魔術師の指標となる魔力値も必要になってくるらしいから。
 という説明をレザン先生から聞いて、見るからに周りの生徒たちのやる気が上がった。
 絶対に自分が特待生になってやるんだという気概を肌で感じる。
 もちろんやる気だけで魔力値が上がるわけではないし、生まれながらに数値は定められてしまっているわけだが。

「魔力値の測定方法は、この鑑定魔法を応用した魔道具を用いることになっている」

 そう言ってレザン先生が運んできたのは、大人くらいの大きさの“人形”だった。
 どんな素材が使われているのかはわからないが、全身が真っ白のマネキンのように見える。
 顔もなく、のっぺらぼうなのでどことなく不気味な雰囲気が醸し出されている。
 唯一目を引く点があるとすると、額の部分に数字のダイヤルがあるというところだろうか。
 三桁の数字を表示できるようになっていて、そこだけ測定器っぽい要素だと思った。

「指定の魔法をこの人形に向けてぶつけると、その威力に応じてダイヤルが回るようになっている。使ってもらう魔法は【不可視の弾丸(ファントムシェル)】という、前方に衝撃を与えるだけの無属性魔法なので、魔素の色も関係なく魔力値が純粋に反映されるようになっている」

 あの人形そのものが測定器になっているみたいだけど、人型にする必要はあったのだろうか?
 という疑問が生まれてくるが、それはまあいいとして。
 思った以上にシンプルな測定方法で少しだけ驚いてしまった。
 無属性魔法を人形に撃ち込むだけ。
 それに人形も複数体用意されたため、進行もかなり早く、次々と生徒たちが測定を進めていった。
 先生から魔法の詠唱文を聞いて、人形に魔法を叩き込んでいく。

「【引き金は引いた――死角からの砲弾――立ち塞がる壁を撃ち砕け】――【不可視の弾丸(ファントムシェル)】!」

 構えた手の平から空気の砲弾が射出されて、人形が不可視の衝撃で後ろに飛ばされた。
 どうやらそこまでの破壊力がある魔法でもないらしく、魔力値が大きくても人形が少し飛ぶ程度の威力しか出ないようだ。
 そして人形の額にあるダイヤルがカチカチと回り、数字を示してくれる。

「魔力値140だな。では、次の生徒……」

 国家魔術師の平均的な魔力値は150程度だと聞いた覚えがある。
 魔力値は生まれつき決まってしまっているものなので、それに近い魔力値を有していれば、国家魔術師になれる素質がある者とされている。
 生徒たちはその平均値と近しい魔力値を続々と叩き出していき、私の焦りを募らせていった。
 少なくともみんな三桁は絶対に超えている。名門の魔術学園なので当然と言えば当然なんだけど。

「おぉ、すげえ!」

「んっ?」

 何やら傍らの方が騒がしいと思って見てみると、そこには異様な人だかりができていた。
 そしてその中心には、なんと先ほど言葉を交わしたマロンさんが立っていた。
 マロンさんは右手の平をパッと開いて構えていて、その先には測定用の人形が倒れている。
 他の生徒たちと比べてかなり遠方まで吹き飛んでいた。
 その人形の額にあるダイヤルを確認した先生が、驚くべき数字を読み上げる。

「マロン・メランジェ、魔力値280!」

「「「280!?」」」

 繰り返して言うけれど、国家魔術師の平均的な魔力値は150近辺だ。
 それくらいの魔力値があれば充分、国に認められるほどの魔術師になれるという証明でもある。
 そしてマロンさんが叩き出した魔力値は、なんと200超えの280。
 生まれながらにしてその魔力値は決定づけられていただろうが、どうやら大々的には公表されていなかったことみたいだ。
 周りの生徒たちは皆、一様にして口をあんぐりと開けていた。

「280って、今までにそんな魔力値の生徒っていたのか?」

「200超えの生徒なら毎年数人はいるみたいだけど……」

「300近い魔力値はほとんど見たことないって先生が……」

 創立から何年かは知らないけれど、この魔術学園の歴代の生徒の中でも十本指に入るそうだ。
 成績優秀な人だとは思っていたけど、まさかそんなにすごい人物だったなんて。
 当のマロンさんは、自分のすごさがわかっていないのかぼんやりした様子で周囲の喧騒に戸惑っているだけだった。
 ……可愛らしい。

「ポワール・ミュール、魔力値255!」

 突然そんな声が後ろから聞こえて、マロンさんに気を取られていた生徒たちが一斉に振り返った。
 そこにいたのは、ナイトキャップのような黄色のとんがり帽子を被っている、金髪の少女だった。
 ていうか、同じクラスメイトのポワールさんだった。
 マロンさんとよく一緒にいるところを見掛ける。
 そういえばお昼ご飯に誘われた時も、マロンさんの席に彼女がいた気がする。
 いつも眠たそうに目をとろんとさせていて、授業中はしょっちゅう居眠りをしていて注意されている。
 私が勝手に『寝不足少女』と呼んでいるその子は、どうやら魔力値測定で相当な好成績を叩き出したようだ。
 魔力値280のマロンさんに迫る、魔力値255。
 本当に眠っている印象しかなかったので、なんだか意外だ。

「あれもA組の女子だよな」

「あぁ、今年はA組が豊作なのかもな」

 他クラスの視線が、次第にA組の生徒たちに集まり始めている。
 たまたまだとは思うけれど、確かにA組に優秀な生徒が集中しているような気はする。
 魔力値250超えの生徒がすでに二人も出ているので、周囲の人たちの期待の眼差しは当然のものだと言えよう。
 そんな中で、なんと私の番がやってきてしまった。

「……」

 やばい、完全に見られている。
 たくさんの生徒たちの視線を集めてしまっている。
 A組に優秀な生徒たちが集まっている、という情報に加えて……
 カイエンとの模擬戦以来、私は何かと注目を集める存在になってしまったのだ。
 著名な魔術師一家の子息がただの平民の子供に負けただなんて、みんな信じられないのだろう。
 ただでさえカイエンはこの一学年において最有力者の候補でもあったのだから。
 そして今、そのカイエンを下した平民の女生徒の魔力値を、みんな知りたがっている。
 やめてほしい。見ないでほしい。みんなどこかに行ってほしい。
 だって、私……

「【引き金は引いた――死角からの砲弾――立ち塞がる壁を撃ち砕け】――【不可視の弾丸(ファントムシェル)】!」

 構えた右手から放たれたのは、飴玉ほどの小さな小さな空気の玉だった。
 それは目の前の人形にふわりと当たっただけで、儚く消えて無くなってしまう。
 みんなが撃ち出していた空気の弾丸とはとても呼べない、軽く息を吹き掛けただけのような一撃。
 当然ダイヤルはほとんど動かずに、右端の数字だけがジリジリと、亀の歩みのような鈍さで回転した。

『001』

 やがて人形の額にその数字が表示されて、周りが一気に静まり返る。
 時間が止まったような気さえした。
 やがてどこからか、『ぷっ』と吹き出すような笑い声が聞こえて、それは病原菌のように爆発的に感染していった。

「あはははっ! なんだよそれ!」

「魔力値1なんて聞いたことねえよ!」

「本当にこいつがカイエンに勝った魔術師なのかよ!」

 周囲は一気に笑い声に満たされてしまった。
 顔が熱くなってくる。恥ずかしさで心臓が急ピッチに鼓動する。
 穴があったら入りたい気持ちだった。
 やがて事態を不審に思った監督の先生が、私の元に駆け寄って来た。

「き、君、本当に真面目にやっているのかね? 魔力値1の生徒なんて、今まで見たことも聞いたことも……」

「あ、あれが、私の全力です……」

 というたじたじの告白に、さらに生徒たちの頬は緩んでいく。
 どうやってこの学園入ったんだよ、何しにここ来たんだよと言いたい放題だった。
 やがてカイエンに勝ったのも偶然だったんじゃないか、そもそも嘘や八百長だったのではないかという噂が流れ始める。
 次第に周りからは生徒たちがいなくなり、私に集まっていた視線がものの見事に完全消滅した。
 もう誰も、私に見向きもしていなかった。

「……」

 思いがけないことがきっかけで、ここ最近悩まされていた視線を解消することはできた。
 注目されるのは慣れていなかったし、居心地の悪さを嫌というほど感じていたから。
 でも、唐突に周りの視線から解放されるというのは、それはそれで寂しさを感じてしまう。
 何よりみんなの視線から逃れることができた理由が、魔力値1という恥ずかしい事実を知られてしまったからというのが非常に悲しい。
 いや、まあ、これでよかったんだけどね。
 人目はなるべく避けたかったし、私には身に余る注目だったから。
 何とも言えない気持ちになりながら、身体測定の最後の魔力値測定を終えて、私は泣く泣く教室に帰ろうとした。

 と、一歩を踏み出した掛けたその時……

「な、なんなんだあいつ!?」

「えっ?」

 多くの生徒たちが驚いた表情で何かを見ていた。
 釣られてそちらに視線を移すと、なんと測定器の人形が校庭の端っこまでぶっ飛んでいた。
 あのマロンさんですら、校庭の真ん中ぐらいまでしか飛ばすことができなかったはずなのに。
 ゆっくりと目を動かして、その人形を吹き飛ばしたと思しき人物を見る。
 そこにいたのは……

「えっ、あの、えっと……!」

 たくさんの生徒たちの視線を集めて、恥ずかしそうに青髪をくしくしといじっていたのは、私のルームメイトのミルだった。
 彼女は自分がとんでもないことをやってしまったと思ったのか、あわあわと身をよじって目を泳がせている。
 ミルがあの人形をあそこまで吹き飛ばしたのだろうか。
 やがて人形を回収しに行った女性教員が、額のダイヤルを見たのだろうか、こちらに届くほどの声で驚愕をあらわにした。

「まま、魔力値350!?」

「「「はっ!?」」」

 途端、ミルに向けられていた視線が畏怖に近いものに変貌する。
 魔力値350。
 200を超える生徒すら珍しいと言われている中で、さらに上の300を超える異次元の魔力値。
 何度か一緒に討伐依頼をしてきて、かなり高い魔力値なのだろうと予想はしていたけど、まさかここまで莫大な数値だとは思ってもみなかった。
 それを華奢で気弱で、平民生まれのミルが叩き出したことで、周囲の生徒らは目ん玉をひん剥いて驚愕していた。
 だが、当の本人は自覚していない。
 自分の魔力値のすごさと、この先に待っている苦難の数々について。

「こ、これって、すごいことなんですか?」

 という言葉に、プライドを傷付けられた貴族の子息令嬢が、悔しそうに歯を食いしばった。