この度は大変失礼なことをした、強引に依頼書を奪ってしまって誠に申し訳ない、壊してしまったペンダントの弁償代は支払わせてもらう、依頼書もこの通り返還する、今後同じ事態が起きないよう生活態度を改めていく、だからどうか許してほしい。
 昼休みになり、カイエンが教室を訪ねてきて、そんな定型文を淡々と告げてきた。
 一方的にペンダントの弁償代も渡してきて、奴は逃げるように教室を去っていった。
 なんともふざけた謝罪である。
 だがまあ、形だけでもあの馬鹿に謝罪させることができたのはよかったのかもしれない。
 ミルもそれで充分という顔をしていたので、この件はこれでおしまいだ。
 私も悪い気分ではなかったので、あの時カイエンに模擬戦を仕掛けてよかったと思う。
 しかし……

 本当にきつかったのは、その後だった。

「本当にあの平民がカイエン・シフォナードを……?」

「あぁ、今朝確かに見たよ。聞いたこともねえ魔法でカイエンを圧倒してた」

「……」

 カイエンと模擬戦をして勝った一年がいる、という噂が早々に流れてしまったらしく。
 クラスの生徒たちから、いつも以上に物珍しげな視線が殺到していた。
 居心地悪いなぁ。
 しかも授業の合間の小休憩時間には、他クラスの生徒たちが教室の外まで来て、私の方をジロジロと見てくるほどだった。
 注目されるのは仕方ないかもしれないけど、なんでそんなに敵意ある視線ばっかりなんだろう?
 やっぱり平民が注目されるのは気分が悪いですか。そうですか。
 そしてお昼休みの時間も、私は生きた心地がしなかった。

「おいあれじゃねえか、カイエンを倒した平民って」

「本当にカイエンはあんな地味そうな女に負けたのかよ」

「……」

 食堂でご飯を食べようと思ったんだけど、中に入るやあらゆる場所から探るような視線を送られた。
 学園の食堂は学年問わず、全校生徒が出入りするようになっている。
 そのため殺到する視線は教室の比にならないほど多かった。
 結局、私はミルを連れて、食堂から逃げ出した。



「あれじゃあまともにお昼ご飯も食べられないよ……」

「……ですね」

 食堂を後にした私たちは、とりあえず手持ち無沙汰で廊下を徘徊した。
 購買で何か買って、どこか落ち着ける場所でご飯を食べようかとも考えたんだけど、購買もすごい混み具合だったので断念した。
 このままでは昼食を取らずに午後の授業を迎えることになってしまう。
 由々しき事態だ。
 どうにかせねばと思いつつ漠然と廊下を進んでいると、やがて私たちは依頼受付所の前を通り掛かった。
 お昼の時間帯ゆえ、そこまで人は多くない。
 基本的に大きめの依頼は放課後に紹介されるようになっているので、無理に昼食時間中に訪ねる必要はないのだ。
 でもついでだから覗くだけ覗いてみようかな。まあ私たち平民が紹介してもらえる依頼なんてたかが知れているけど。
 なんて思いながら受付窓口を尋ねると、この前対応してくれた受付少女が立っていた。
 あまり期待はせずに依頼の紹介をお願いすると、少女はすぐさま依頼書を取り出してくれる。

「こちらが現在ご紹介できる学園依頼です」

「……んっ?」

 見間違いだろうか。
 なんと依頼書は八枚もあった。
 前に来た時はたったの二枚だったのに。

「なんで急に、こんなにたくさんの依頼を紹介してくれるようになったの?」

「先日はご無礼な対応をしてしまって申し訳ございません。あのカイエン・シフォナード氏と模擬戦をして勝利したとお聞きしましたので、家章がなくても貴族の方と同等の対応をさせていただくことになりました」

「は、はぁ……」

 手の平を返すとはまさにこのこと。
 いや、この受付少女に悪気はなかったのだ。
 ただ仕事上、責任問題の関係でそうしただけで、本当は誰にも平等に依頼を紹介してあげたいと思っているはず。
 そして今回、一年生の最高有力者と言ってもいいカイエンを下したので、心置きなく私に依頼を紹介してくれたということじゃないかな。
 まさかあの模擬戦にこんな副産物があったとは。
 奇しくも、実力を示す絶好の舞台となってしまったわけだ。

「じゃ、じゃあ、これとこれの二つをお願いします」

「はい、かしこまりました」

 受付少女は笑顔を見せて、手続きを進めてくれた。



「まさかこんな形で身分問題を解決できるとは思わなかったなぁ」

「……ですね」

 私は中庭のベンチに腰掛けながら、受諾した依頼書をぼぉーっと眺める。
 条件も良く、程々に難しい感じの依頼だ。

「これで討伐点に悩まされることはなくなったね。これならこれから、たくさんの学園依頼を受けられるし、すぐに目標の成績まで届くんじゃないかな?」

「……ですね」

 私はミルの反応を見て、思わず眉を寄せてしまう。
 先ほどから同じような返事しかしていないと、今さらながら気が付いた。

「さっきからどうしたのミル? なんかすごくテンション低くない? ていうかよそよそしくない?」

「……」

 いつものミルと違って、なんだか反応がぎこちないように見えた。
 それに私とも距離を空けて座っているし、なんで不自然に避けられてるの私?

「あ、あの……! 言うの遅くなっちゃったんですけど、今回は色々とありがとうございました!」

「えっ?」

「私の代わりに、あの貴族の方と戦ってくれて……」

 そういえばまだお礼は言われていなかったと遅まきながら思い出す。
 別にそんなのいらないんだけど、ミルは言うタイミングをずっと窺っていたみたいだ。
 ていうか、それが言いづらくてさっきからよそよそしかったの?

「つい今朝まで、ずっと冷たい態度をとっていたので、今さらどう接したらいいか、よくわからなくて……」

「あぁ、そゆこと……」

 模擬戦前に少しだけ話したけど、あの時もなんだかぎこちなかったよなぁ。

「別にいつも通りでいいよ。それに変に恩を感じる必要もないからね。繰り返すようだけど、あれは私が売った喧嘩なんだから」

「いつも、通り……」

 ミルはそれを聞いて安心したのか、深く胸を撫で下ろしていた。
 冷たい態度をとっていたせいで、私がそれを気にしていたのではないかと不安だったんじゃないかな。
 そしてミルは僅かにいつもの調子に戻って言う。

「やっぱりサチさんってすごいですね。あの貴族の方との模擬戦に勝っただけではありません。平民という不利な立場でありながら、確かに実力を示していって、その存在を少しずつ認められているんですから。私なんかとは大違いです」

「……」

 ミルは微かに自嘲的な笑みを浮かべる。
 私なんて別にすごくないと思うけどなぁ。
 考えなしに感情的に動きすぎだし、それがたまたま功を奏していい結果を招いているだけ。
 すべては運が良いからなんとかなっていることなんだよね。
 すごいのは私じゃなくて、たぶん幸運値の方だ。
 だが、ミルからの称賛を無下にすることもできず、私はそれを素直に受け取ると同時に返した。

「ミルも充分すごいと思うよ」

「えっ?」

「ミルもあのカイエンとかいう奴に、ちゃんと言い返してたじゃん。怖くて仕方がなかったはずなのに、私と一緒に受けたいからって依頼書を大切に守っててさ。私はちゃんと知ってるからね」

 ミルの放心した瞳がこちらを見据えてくる。
 やがて彼女は静かに微笑み、褒めてもらったことが嬉しかったのか、こっそりと拳を握りしめているのがわかった。
 ミルの頑張りは、私がちゃんと見ているから大丈夫だ。
 私のために依頼書を守ろうとしてくれて、私としてもすごく嬉しかったから。
 幸運値999の私は、友達にも恵まれているのでとても幸せです。

 今回の一件を経て、色々と前進できたような気がする。
 早々に退学になるような事態は避けられたし、今後の成績についても問題はなさそうだ。
 当面の課題としては友達作りだけど、それはまだ難しそうかな。ミルの不幸体質もあるし。
 ま、ミルと二人きりでも充分楽しいから、しばらくはこのままでもいいけどね。
 でもいつか、ミルが自分の不幸体質を受け入れて、それを許容してくれる人を見つけた時は、私も交えてみんなで仲良くできればいいなと思う。
 せっかくの学園生活なんだから、友達はたくさんできた方がいいもんね。
 そんな気持ちが同調したように、隣のミルと視線が合わさり、私たちは揃って笑い声をこぼしたのだった。



 第一章 おわり