「即死魔法、でしたっけ? あれはどんな魔獣に対しても効果があるものなんですか?」
という問いかけを受けて、そういえばと今さら思い出す。
即死魔法を初めて見せた時は、入学試験の真っ最中だったので、あまり詳しくは話していなかったんだった。
説明してもらわなきゃ理解不能だよね、あんな魔法。
ただでさえ誰も使っていない、奇術みたいな魔法だし。
「どんな魔獣にも効く、っていうか、たぶん生きてるものなら一撃で殺すことができると思うよ。野生動物とか人間とか。もちろん試したことはないけどね」
「一撃で……」
ミルは明らかに驚愕して呆然としてしまう。
私も自分で言った後に気が付いたけど、結構すごい魔法だよね。
生きているものなら一撃で殺すって、魔獣討伐を生業としている魔術師にとっては理想の魔法じゃん。
という考えはミルも同じだったようだ。
「それって、とんでもない魔法じゃないんですか? どうして誰もその魔法を使っていないんでしょうか?」
「成功確率が魔力値じゃなくて幸運値に依存してるからね。しかもちょっと高いだけの幸運値じゃ何の意味もない魔法にしかならないし。百万回に一回しか成功しないんじゃ、誰も実戦で使おうなんて思わないよね」
実際、あのマルベリーさんがいくら使っても、即死魔法は一度も成功しなかった。
同じように他の確率魔法も成功した試しがなく、まさに無意味な魔法にしか見えなかった。
「サチさんが使えば、百発百中の即死魔法になるんですか?」
「うん、百発百中。他にも幸運値に依存してる魔法はあるけど、どれも失敗したことはないかな。まあ、“幸運値999”だからだと思うけど」
「こ、ここ、幸運値999!?」
改めて幸運値のことを明かすと、ミルは度肝を抜かれたように大声を上げた。
そのせいで周りのお客さんたちの視線が僅かにこちらに寄る。
しかしミルはそんなのを気にする余裕もないようで、口をあんぐりと開けたまま固まっていた。
そんなに驚くことかな?
魔力値ならいざ知らず、私が宿している力は幸運値999なんだよ。
魔術師にとってはまるで意味のない数値だって言われているのに。
と思ったら、ミルは魔術師として驚いていたわけではなく、不幸少女という視点で衝撃を受けていたようだ。
「あ……あ……握手してください!」
「はっ?」
「私、幸運値0のせいで今まで色々と不幸な目に遭ってきて、お祓いとか開運グッズとかたくさん試してきたんです。でもどれもダメで、運気はまったく良くならなかったんですけど、サチさんに触ったらなんだか幸運になれるような気がします!」
幸運の女神像かな?
勝手に私のことを開運グッズの仲間に含めないでほしい。
ていうかよくよく見てみたら、ミルの手首には数珠やらミサンガやらがジャラジャラと付いていた。
おそらく他にも運気上昇アイテムを懐に抱えているのだろう。
彼女ほどの不幸になると、もはや神頼みでしか問題を解決できないのかもしれないが。
まさか開運グッズマニアだったとは……
必死に握手をせがんでくるミルを見て、私は思わず苦笑を浮かべた。
「えぇ……。なんかミルの不幸がうつりそうだからヤダ」
「バイ菌みたいに言わないでくださいよ! そう言わずにお願いしますサチさん! どうか私を幸せにしてください!」
「ちょ、それだと違う意味に聞こえちゃうからやめて。両手を出しながら叫ばないで」
他のお客さんもチラチラこっち見てるから!
やがて程なくしてミルは落ち着き、『失礼しました』と一言呟いて姿勢を正した。
まったく人騒がせな青ずきんちゃんだよ。
するとミルは大きく肩を落として、微かなため息を漏らした。
「でも、幸運値999だと聞いて納得しました。そのおかげでサチさんは即死魔法を確実に成功させることができるんですね。……なんだか少しだけ、自分に自信をなくしそうです」
「えっ、なんで?」
「なんでって、どんな魔獣も一撃で倒せる魔術師が目の前にいるなんて、誰だって自信をなくしちゃいませんか?」
うーん、そういうものなのかな?
相手の立場になったことがないからよくわからない。
でもミルだってあれだけすごい魔法が使えるんだから、即死魔法のことを聞いたからってそこまで落ち込まなくても。
「魔力値1の私からしたら、色んな魔法が自由自在に使える普通の魔術師の方が羨ましく見えるけどね。確率魔法を確実に成功させられるのは確かに強力だけど、それでも何かと不便だし、それにこの力だけで国家魔術師になれるかどうかは相当怪しいし」
「充分すぎる才能だと思いますけど……」
ミルはそう言ってくれるけれど、実際にこの力で国家魔術師になれるかは際どいと思う。
魔獣との戦闘面では圧倒的な力かもしれないけれど、国家魔術師はそれ以外の能力も求められるから。
多種多様な魔法を平均以上の力で扱えるミルの方が、その素質はあると思う。
まあ、幸運値0の不幸娘だけどね。
「ともあれ、今は入試の結果を祈りながら待つしかないよね。二人とも入学試験に合格できてるといいんだけど。私の幸運値がちゃんと仕事してくれればもしかしたら……」
「えっ、こういうのにも幸運値って効果があったりするんですか?」
「うんにゃ、テキトーに言ってみただけ」
ていうかもし合否に幸運値が関係しているのだとしたら、私だけ受かってミルは落ちることになるよね。
あくまで試験は点数がすべてなので、幸運値による差は出ないと思われる。……たぶん。
そんな風に雑談をいくつか繰り返して、私たちはお疲れ様会を終わらせたのだった。
試験当日から、早くも一週間が経過した。
今日は王立ハーベスト魔術学園の入試の合格発表日である。
私は緊張しながら朝を迎えて、意を決する思いで宿部屋を飛び出した。
合格発表はミルと一緒に見に行く約束をしている。
だからまずは待ち合わせのために中央区の方に行くことにした。
こういう時は知人と一緒に行くのはやめて、個人で見た方がいいと聞いたことがあるけどね。
片方が合格して片方が不合格だったら気まずいし。
でも私たちはそんなこと気にせずに、中央区の噴水広場で待ち合わせをすることにした。
「お待たせミルー!」
「おはようございますサチさん」
噴水広場に着くと、先にミルの方が待っていた。
私と同じで多少の緊張があるのだろうか、少し体が固まっているように見える。
そんな弱気な思いを二人して吹き飛ばすために、私は元気一杯に声を張り上げた。
「さあ、待ちに待った合格発表の日だよ。二人で一緒に合格しようね!」
「は、はい!」
ミルもそれに乗ってくれて、大きな声を朝方の噴水広場に響かせた。
そして私たちは中央区の噴水広場から公共区の魔術学園へと向かう。
通りを歩いているとちらほらと受験者らしき人たちが見えて、みんな同じように顔を強張らせていた。
見に行けば合否がわかる。数週間後に自分が魔術学園の新入生として校門を潜ることができるかどうかが。
そう思うと自然と足取りは重くなってしまう。
けれど見に行かなければ何も始まらない。そう覚悟を決めて私は魔術学園へと足を踏み入れた。
「……あの掲示板か」
学園に辿り着くと、昇降口前の広場に朝早くもたくさんの受験者たちが集まっていた。
そして広場の中央には巨大な掲示板が立てられている。
まだ発表はされていないみたいで、掲示板には何も貼り出されていなかった。
と思いきや、四人の男性教員が校舎から出てきて、掲示板の方に歩いて行った。
見ると彼らは筒状にした巨大用紙を四人がかりで抱えている。
あそこにおそらく合格者の受験番号が書かれているのだ。
すると先生たちは受験者たちの人垣を割って掲示板の前に立ち、紙を盛大に広げて手早く貼り出した。
受験者たちは一斉に紙面に目を走らせる。
「315……315……」
私もみんなと同じように視線を泳がせて、自分の受験番号である『315』を必死に探した。
さあ、幸運値999よ。
どうか私に明るい未来をもたらしてください!
306
308
311
312
315
「……あった」
心臓がドクッと弾む。周りの喧騒が一瞬だけ聞こえなくなる。
目的の番号が目に留まった瞬間、体の中で小さな爆発が起きたかのように胸が高鳴った。
「よしっ……よしっ……よしっ!」
合格した。
私、魔術学園の入学試験に合格したんだ。
自信がなかったわけじゃないけど、やっぱりいざその時になると不安になってしまう。
でも、ちゃんと合格できたんだ。さすが幸運娘の私!
と、自分の合格がわかってすぐに、私は真っ先に隣に視線を振った。
ミルはどうだったんだ?
「あ、あ……」
「……ミル?」
ミルは体と声を震わせていた。
視線は真っ直ぐに掲示板に貼り出された試験結果に向いており、驚愕したように口を呆然と開けている。
やがてミルは私の視線に気が付くと、ゆっくりとこちらを振り向いて頷いた。
「ありました、サチさん」
「えっ、ほんと!?」
「『117』、ちゃんと書いてあります。私、合格できました……!」
確認のために私も『117』の番号を探してみると、確かに合格者の番号として紙に記されていた。
私はつい叫び声を上げながら、ミルに思い切り抱きついてしまう。
そして二人して涙を滲ませながら、歓喜のあまりクルクルと、しばらくその場で回り続けた。
私たち、二人とも合格できた。
これで一緒に魔術学園に通うことができる。
国家魔術師としての一歩を、一緒に踏み出すことができたんだ。
「やった! やったんだよ私たち!」
「はいっ! はいっ!」
マルベリーさん、私やったよ。
魔術学園に入学できたよ。
絶対に国家魔術師になって、私が咎人の森から解放してあげるからね。
これから私の魔術学園での生活が始まる。