マルベリーさんが咎人の森から解放されて、早くも一週間が経過した。
この短い間に、色々なことがあった。
まず、捕まえていたミストラルの兵士たちの処罰が決まった。
全員死罪は免れて、労役場での強制労働となったらしい。
魔道具製作に慣れた者も多いため、主に魔道具製作の作業をすることになったそうだ。
ミストラルでは害悪な魔道具を作っていたが、今度は善良なものを作らされるというのは皮肉が効いている。
プラムもどうやら他の兵士たちと同じ処罰になるらしく、それを知ってようやくミルは気持ちを落ち着かせていた。
組織の頭領のアリメントについても、別の労役場で厳重監視の中、特に重い強制労働を課したらしい。
精神矯正のカウンセリングなども並行して行っていくとのことで、その経過いかんでは刑期も伸びてしまうらしい。
自業自得と言えば自業自得ではある。
魔法によって強制的に精神操作を受けなかっただけでもマシだと思ってもらおう。
そしてミストラルの魔道具によって暴走していた者たちについて。
魔道具解析が順調に進んだことで、暴走者たちの治療の目処も無事に立ったらしい。
シャン・ギャランさんと襲撃隊にいたシャン派の魔術師たちも、じきに暴走状態から解放されるそうだ。
あと、魔獣侵攻の阻止に貢献した国家魔術師たち全員に特別賞与が渡されたり……
ヴェルジュさんが王位継承に向けて本格的に動き出したり……
それによって政府や国家魔術師間で色々といざこざが起きたり……
魔法至上主義を掲げる古い思想の魔術師たちとヴェルジュ派がぶつかったり……
これから魔術国家の常識や体制が変わっていくような、そんな風が王国に吹いていた。
一方、私たちはと言うと……
いつもと変わらず魔術学園にて、勉学と訓練に励んでいた。
魔獣侵攻の影響で防衛戦に参加した三年生たちも、すっかり元気を取り戻して学園はいつも通りの風が吹いている。
次なる期末試験もそう遠くないので、私たちは今のうちから学園依頼や勉強を重ねて準備を進めていた。
あんなことがあった後なのに、今は平和そのものでなんだか夢でも見ていたような気分だ。
しかしあの出来事は夢ではない。
私たちは反魔術結社ミストラルを倒した。
そして魔獣侵攻による王都陥落を阻止し、町では一時英雄扱いまでされたほどだ。
その証拠に今でも、学園のあちこちから視線を感じる。
「あれが、魔獣侵攻を食い止めた英雄サチ……」
「星華祭でも変な魔法使って活躍してたぞ」
「もし模擬戦して勝てたら、一生の自慢に……」
そんな声もちらほらと聞こえたりする。
平民だからと侮る視線は無くなったけれど、今度は逆に物騒な目が集まるようになってしまった。
とまあ、学園内での身の回りの変化はそんな感じである。
そして何よりも変化を感じることと言えば、学園外でいつでもマルベリーさんと会えるようになったことだ。
マルベリーさんは現在、王都内にある宿泊施設で暮らしている。
仮住まいとして使っているそこは、国家魔術師ならば超格安で泊まれる優待施設だ。
多くの国家魔術師たちが利用している集合住宅のようなもの。
魔法の研究などもそこで行うことができるみたいだけど、今は国家魔術師として復帰しただけで、今後の活動方針はのんびりと考えていくらしい。
正直、突然自由の身になってしまったから、何をしていいかわからない状態だとマルベリーさんは困り顔で言っていた。
そんなマルベリーさんとは、ここ最近毎日会っている。
授業が終わればすぐに待ち合わせ場所の噴水広場に行き、晩御飯を一緒に食べるというのがすっかり恒例。
そして今日もこれからマルベリーさんと晩御飯を食べに行く予定だ。
ただ、今日はいつもと違う点がある。
待ち合わせ場所に向かっている私の隣には、他に三人の女子生徒がいる。
一人はミル。まあ彼女はよく私について来て、マルベリーさんと一緒に食事をしているからさほど珍しいわけではない。
しかし残りの二人――マロンさんとポワールさんは、初めてこの食事に招待した。
というわけで今は、放課後に四人で町を歩いている状況である。
「まさかサチ様からお食事に誘っていただけるなんて、とても嬉しいです」
「いやぁ、そういえばマロンさんの退院祝いとかしてなかったなぁって思ってさ」
「それを言うならサチさんの退院祝いも兼ねていますよ」
そういえば私も三日くらいは保健室の世話になったのか。
となればこれは、私とマロンさんの退院祝いということになるのかな?
「まあ今回は、二人に合わせたい人がいるっていうのも理由の一つだけど」
「「……?」」
そんな話をしながら噴水広場に辿り着くと、そこには見慣れた黒髪の女性が待っていた。
黒い三角帽子に黒いローブ。憧れすら抱いてしまう女性らしいシルエット。
「マルベリーさーん!」
「あっ、サチちゃん、お疲れ様です」
もうマルベリーさんが町に来てから一週間経ったというのに、やはり顔を見ると思わず綻んでしまう。
本当にマルベリーさんは自由の身になれたのだと。
町にいることを住人のみんなに認めてもらえたのだと。
私はマルベリーさんの元へ駆け寄ると、その勢いのままぎゅっと抱きついた。
そして執拗にぐりぐりと胸元に顔を埋める。
「もう、相変わらず甘えん坊ですね、サチちゃんは」
「だから違うよマルベリーさん。これは甘えてるわけじゃなくて、マルベリーさん成分を注入してるだけなんだよ」
なんて言い訳をすらすらと並べているけれど、まあ実際甘えてるだけなんですよね。
だって仕方ないじゃん。学園に行ってる間は会えないんだし。
それにこうして本来のマルベリーさんと町で一緒にいられるなんて、今までじゃ絶対に考えられなかったんだから。
「しばらくは恥ずかしさも気にせず注入させてもらうからね」
「そ、それはそれでこっちが恥ずかしいんですけど」
と、さすがに友人たちの前でこの姿を晒すのは私もやや抵抗がある。
顔が熱くなっているのを自覚しながらマルベリーさんから離れると、そのタイミングでマロンさんが後ろから問いかけてきた。
「あの、サチ様、そちらの女性は……?」
「あっ、ごめん、紹介するね。この人は私の師匠のマルベリーさん。最近町で噂になってる魔導師って言えばわかるかな」
「まあ、魔導師様ですか」
やはり聞き覚えはあるらしく、マロンさんは納得したように頷いていた。
「今日は二人をマルベリーさんに会わせたくてご飯に誘ったんだよ。マロンさんは初めましてだと思うけど、ポワールさんはもう話したことあるよね」
「お久しぶりですね、ポワールちゃん」
「……」
つい一週間と少し前に一緒に戦線を戦い抜いた名コンビ。
その活躍のほども他の国家魔術師たちからたくさん聞いており、息の良さも充分に伝わっている。
そんな二人を再会させたくて、私はポワールさんを今日この場に呼んだのだ。
けれど、ポワールさんは眠そうな表情のまま、マルベリーさんの顔をぼんやりと見上げていた。
「……誰?」
「ふふっ、前はフクロウの姿だったので、忘れてしまいましたかね。私ですよ。魔獣侵攻の時に一緒に戦ったマルベリーです」
「……誰?」
「なんで先ほどと同じ質問なんですか!?」
名前まで伝えたのに、ポワールさんは初耳だと言わんばかりの反応を示している。
あの時はフクロウのホゥホゥさんの体を借りていたから、すぐに思い当たらないのもしょうがないかもしれないけど、まさか名前まで忘れてしまっているなんて。
「ほらっ、ナイトキャップの上から色々と魔法の詠唱式句を教えていたじゃないですか。ポワールちゃんもその時、『色んな魔法知っててすごいね』って褒めてくれましたよね」
「……? あの時、一緒に戦ってたのは、フクロウさんだよ」
「ですからあれが私だったんですってば!」
なんだか和むやり取りである。
それを微笑ましく見守っていると、マロンさんが得心したように頷いた。
「なるほど、お二人は一緒に戦ったご縁があったのですか。それでサチ様は、ポワールさんとマルベリー様を再会させたかったと」
「ちょうど色々な騒ぎとかも落ち着いてきた頃だし、マルベリーさんも改めてポワールさんに挨拶したいって言ってたからさ」
「あの、サチさん、それでお二人を再会させたかったのはわかりますけど、マロンさんとマルベリーさんまで会わせたかったのはどうしてですか?」
「えっ? そんなのはもちろん……」
ミルの問いかけを受けて、私はマルベリーさんとマロンさんの袖を軽く摘まむ。
そのまま二人が隣り合うように立たせると、綺麗に横に並んだ両者の“双丘”を見て、私は大きく頷いた。
「いやぁ、絶景かな絶景かな!」
「こんなことのためにマロンさんをお呼び出ししたんですか!?」
「う、うそうそ、冗談に決まってるじゃん」
ミルが本気で信じていそうな反応を見せたため、私は咄嗟にかぶりを振る。
確かに二人が隣り合う光景は見てみたいとは思っていたけど、それはあくまで個人的な理由。
本当はマルベリーさんが、是非マロンさんとも話してみたいって言っていたからだ。
「星華祭ではたくさん活躍している姿を拝見させてもらいました。それと、度々うちのサチちゃんを気遣うように声を掛けてくれて、そのお礼を言いたくて」
「まあ、そうだったのですか」
それと友達から見て、私がどういう風に映っているとか。
何か迷惑をかけていないかとか。
そういう点についてマロンさんに色々と話を聞きたかったらしい。
確かに今のところミルからしかそういう話を聞けていないからね。
そもそも交友関係の少ない私にとって、マロンさんは貴重な友人。
その手の話を聞けるのなんて、ミルを除けばマロンさんくらいしかいないから。
あとは私と仲良くしてくれてありがとうと伝えたかったのだという。
ともあれ以上の理由からマロンさんとポワールさんを今回の食事に呼んでみたのだ。
「もちろん私と一緒にいるところを見られたくないとか、単純に気まずいとかありましたら私は退散しますので」
「いえいえ、是非マルベリー様とお話しをさせていただけたらと思います。サチ様との昔話など、とても気になることが多いので」
「なんでマルベリーさんそんなに卑屈なの?」
もう魔導師を悪だと決めつけている人はほとんどいないんだから気にしなくていいのに。
というわけで、珍しい五人組での食事会が始まった。
場所は王都でもそれなりに知名度があるオシャレなレストラン。
すでに席の予約は取っているため滞りなく入店できる。
それからお店のおすすめと言われているメニューに舌鼓を打ちながら、私たちは話を盛り上がらせた。
まさかこうしてマルベリーさんと学園の友達が一緒になっている光景を見られる日が来るなんて。
改めて感慨深く思ってしまう。
本当に私、夢を実現させることができたんだ。
「サチさんはこれからどうするんですか」
「……?」
不意にミルが私に対して問いかけてくる。
卓では今、将来のことについて話し合われていた。
「確かマルベリーさんを助けるために、国家魔術師を目指しているって言ってましたよね。その前に夢が叶ってしまったわけですから、これから具体的にどうするのかなぁと」
「もちろん、変わらず国家魔術師を目指すとするよ。で、今度こそ本当に“世界最強の魔術師”になる」
「世界最強?」
ミルの言う通り、私は国家魔術師になる前に夢を叶えてしまった。
けれどまだやりたいこと、やらなければならないことがある。
「まだマルベリーさんのことを怪しんでる人も少しはいるでしょ。本当に町を救った英雄なのかって。町から離れた小さな村とかじゃ、今でも魔導師は悪い存在だって御伽噺もあるくらいだし」
「まあ、町で実際にその活躍を聞いていない人たちは、簡単には信じてくれそうにありませんもんね」
「うん。だからそういう人たちを無くすために、私は術師序列一位の国家魔術師になる。それで私の師匠はマルベリーさんだってみんなに伝えるの。そうすればマルベリーさんが本当にすごい魔術師だってことを今度こそわかってもらえるでしょ」
「……」
町に災いを呼び込んだ悪い魔導師。
ではなく、術師序列一位の魔術師を育てあげた偉大な魔導師。
という風に認識を変えてしまえば、今度こそマルベリーさんがいい人だってみんなにわかってもらえるはず。
もちろんマルベリーさん自身がコツコツと色々な人たちを助けて、いい噂を広げるっていう手もあるけど。
でもそれはあまりにも地道で、とてつもない時間が掛かることは簡単に想像できる。
だから私が超有名になって、『師匠はマルベリーさんです!』と公言すれば、きっと一発でマルベリーさんのことを信じてもらえると思うんだよね。
「あとはまあ、国家魔術師になってお金をいっぱい稼いで、お世話になったマルベリーさんに恩返ししたいっていうのもあるけど」
「どこまでもマルベリーさんのためなんですね」
それについてミルは呆れることなく、にこやかな笑みを浮かべてくれた。
当のマルベリーさんもなんだか嬉しそうに笑っていて、ミルから言葉を繋ぐように言う。
「それに術師序列一位を目指すなんて、またとんでもなく難しいことをさらっと……。でも、サチちゃんならできてしまいそうな気がします」
「でしょでしょ! 期待して待っててよ!」
そういえば世界最強の国家魔術師を目指すと宣言した時も、似たようなやり取りをした覚えがある。
そんなこんなで将来の話については終わり、ちょうど卓上の料理もあらかた片付いてきた。
そろそろお暇しようかという空気になった頃、私は思い出したようにマルベリーさんに言う。
「あっ、そうだマルベリーさん」
「……なんでしょうか?」
「明日とかって、また同じ時間に会えたりする?」
マルベリーさんは嬉しそうに頷く。
「もちろんですよ。今は特にやることもありませんし。またお食事ですか?」
「う、ううん。そうじゃなくて、明日は学園まで来てほしいんだ」
「えっ、魔術学園に?」
マルベリーさんは最初、不思議に思うように首を傾げたが、すぐに『わかりました』と了承してくれた。
理由まで言うつもりだったけど、それを問いかけてくることもなかったため、明日の楽しみにしておこうと私は思った。
翌日。
放課後になり、マルベリーさんを校門まで迎えに行った。
それから学園の景色を懐かしむマルベリーさんと一緒に、西側の特別棟の四階を目指す。
そう、もうすっかり見慣れたその場所には……
「おっ、来たかサチ・マルムラード。ちゃんとマルベリー・マルムラードも一緒じゃな」
「が、学園長さん?」
アナナス学園長さんがいる学園長室がある。
今日はここで学園長さんも交えてある話をするために、マルベリーさんを呼んだのだ。
待ち構えていた学園長さんを前に、マルベリーさんは戸惑いを見せていたが、単刀直入に話を始めさせてもらう。
「マルベリーさん、この学園の先生になってみない?」
「……へっ?」
黒目をパチパチと瞬かせる。
まあ当然の反応である。
いきなり先生をやらないかどうか聞かれるなんて思ってもいなかっただろうから。
「は、話の流れが、あまりよく見えてこないのですが……」
「ミストラルの計画を阻止するにあたって、サチ・マルムラードには幾度も助けられた。その礼として学園長のワシが望みを一つ聞いてやると約束しておったんじゃ」
「で、マルベリーさんを学園の先生にしてあげてほしいってお願いしてたんだ」
「な、なんで、そんなお願いを……?」
マルベリーさんが疑問符を浮かべ続けるのも無理はない。
でも私はどうしても、マルベリーさんに学園の先生をやってもらいたかった。
「マルベリーさんは私の師匠で、魔法を教えるのが上手だって知ってるし、マルベリーさんも今は何をやろうか迷ってるって言ってたでしょ」
「確かに、今後の活動についてはまったくの未定ですけど……」
「魔術学園の先生なら、すごく待遇もいいみたいだし、魔導師の悪印象も少しは拭えるんじゃないかなって思ってさ。それに何より……これからは学園でも会えるようになるから!」
「……」
そう、これはただの私のわがままだ。
突然自由の身になって、これからどうしようか困っているマルベリーさん。
そんな彼女に道を示してあげたい、なんて大それた理由などではなく、単純に学園でも一緒にいたいから。
ちょうど学園長さんにも望みを一つ聞いてもらえることになっていたし、これが一番いい使い方だと思った。
「学園でも内通者だった者が抜けた穴があるので、新しい人材を国家魔術師の中から選抜しようと思っておったのじゃ。何よりあのサチの頼みであるからな、学園ではすでにマルベリーを採用できる手筈が整っておる。まあ最初は教育実習から始めてもらうことになるが」
「私が、魔術学園の先生に……」
呆然としているマルベリーさんに対し、私は申し訳ない気持ちで言う。
「もちろんこれは私のわがままだから、無理にとは言わないよ。マルベリーさんが人目に慣れてないのは知ってるし、他にやりたいこととか見つかってるなら全然そっちを優先してもらってもいいから。ただ、選択肢の一つとして考えてもらえたらなって思って……」
「……」
突然の話だから、さすがにすぐには決められるはずもない。
だから一度持ち帰ってもらうつもりで、私はそう提案したんだけど……
「……私も、サチちゃんのことを、いつでも守ってあげられますもんね」
「えっ?」
マルベリーさんは、学園長さんの方に目を向けて、にこやかな笑みを浮かべた。
「私なんかでよろしければ、是非この学園で先生をやらせてください」
「……」
私は衝動に任せて、大好きなマルベリーさんにぎゅっと抱きついた。
こうしてマルベリーさんは、咎人の森から解放されて、魔術学園で先生をやることになった。
そして私はこれから、大好きなマルベリーさんや友達に囲まれて、学園生活を送ることになる。
こんなにも幸せな瞬間が訪れるなんて思ってもみなかった。
『マルベリーさんも一緒に入学してくれたらなぁ』
マルベリーさんに魔術学園の入学を勧められた日のこと。
私は冗談のつもりでこんなことを言ったけど、まさかそれすらもこうして実現できるなんて。
やっぱり私は、とんでもない幸せ者なんだ。
この幸せを私だけが味わって本当にいいのかな。
ううん、それはあまりにももったいない。
幸運は誰のもとにも平等に訪れるべきものだし、やっぱりみんなが幸せの方が私だってより幸せな気持ちになれる。
だから……
どうかみんなのもとにも、こんな幸運が訪れますように。
幸運値999の私、【即死魔法】が絶対に成功するので世界最強です おわり