アリメントを拘束した後。
私は彼女の身柄を抱えて、防衛隊が集まっている北門の前までやって来た。
そこにはすでに多くの魔術師たちが集まっており、マルベリーさんとポワールさんの姿も見える。
「あっ、銀髪の子が帰って来たぞ!」
「あの子が、魔獣侵攻を止めた英雄……!」
「……えぇ、めっちゃ行きづらいんですけど」
何やら妙に注目されている。
まあそりゃ、あれだけ盛大に即死魔法で魔獣の大群を一掃したとなればこの注目も当然か。
英雄なんて呼ばれるとむず痒いけど。
私は居心地の悪さを感じながら、なんとかマルベリーさんたちの前まで辿り着いた。
『おかえりなさい、サチちゃん』
「うん、ただい……ま?」
するとそこに、もう一人見知った人物の姿を見つける。
貴族風の黒コーツに身を包んだ、整った顔立ちの爽やかな茶髪男性。
「遅れてしまってすまないね、サチ・マルムラード君」
「ヴェ、ヴェルジュさん!?」
襲撃隊の指揮官を務めていた、術師序列一位のヴェルジュ・ギャランさんだった。
一、二時間ほど前になるだろうか、ミストラルの隠れ家でプラムに不意打ちを受けて意識を失ったはず。
「体はもう大丈夫なんですか?」
「あぁ、傷なら治癒魔法で治したから問題はないよ。ただ、まだ少し意識がぼんやりするかな」
無理もない。
南部襲撃隊の暴走をほとんど一人で収束させて、その疲労の隙をプラムに突かれたのだから。
ここまで早く意識を取り戻せるなんて驚きである。
で、おそらく襲撃隊の他の魔術師たちから状況を聞いて、ここに駆けつけて来てくれたのかな。
「ず、随分と来るの速いですね。ミストラルの隠れ家から王都まで、だいぶ距離があるはずなのに」
「君がそれを言うのか……」
ヴェルジュさんは呆れたように乾いた笑みを浮かべる。
「多重詠唱で長距離転移魔法が使えるんだよ。王都くらいまでの距離なら、それで充分に行き来ができるから」
「それじゃあ襲撃隊の方は……?」
「他の魔術師たちに任せてある。俺がいなくてもミストラルの兵士たちの連行は滞りないからってさ。だからすぐに駆けつけられる俺だけ王都まで戻って来たんだ」
魔獣侵攻が開始されたと聞いて心配だったから、とヴェルジュさんは言った。
なら、私が隠れ家の方に戻る必要もないだろう。
必要があればまた隠れ家の方に戻ろうと思っていたけど、どうやら滞りはないみたいだから。
第三層で襲いかかって来たあの研究員たちも、操っていた魔獣を一掃した後に無事に拘束できたからね。
「でもまさか、君一人で魔獣侵攻を終わらせてしまうなんてね。さすがに驚かされたよ」
「いや、私一人ってわけじゃ……」
そもそも私が来るまで魔獣侵攻を止めていたのは防衛隊の国家魔術師のみんなだし。
そういえば南門の方には魔術学園の三年生の姿もまばらに見えた。
みんながみんな防衛隊の一員として王都を守ってくれたから、町が壊滅せずに済んだのだと思う。
魔獣を殲滅できたのだって、マルベリーさんの魔導師としての力があったからだし。
そんなことを考えて、改めて今回の勝利がみんなのものだと実感を覚えていると、ヴェルジュさんが私が抱えている人を見て目を細めた。
「彼女が、ミストラルの頭領のアリメント・アリュメットか?」
「はい。居場所を特定して捕まえて来ました」
瞬間、『おぉ』という驚きと感嘆が含まれた声が周囲で上がる。
アリメントは現在、拘束魔法によって身動きを取ることができない。
それに加えて今は泣き疲れたせいか静かに眠っている。
「何から何まで本当に助かる。今回の作戦の立役者は、間違いなく学生の君たちだな」
すでにミルとかポワールさんの活躍も聞いているのだろう。
思い返せば確かに学生たちの活躍が目覚ましいように思える。
でも、各隊で尽力していた国家魔術師の人たちがいなければ、この活躍は成り立たなかった。
「それじゃあアリメントの身柄はこちらで預からせてもらう。彼女には聞きたいことが山ほどあるからな」
「はい、よろしくお願いします」
私はアリメントの体をヴェルジュさんに託して、ようやくのことで肩の力を抜いた。
あとはアリメントが罪を自白すれば、ミストラルの悪事のすべてが明かされる。
それでようやく、マルベリーさんの冤罪も晴らされることになるのだ。
「…………いや」
まだ確実にそうと決まったわけではないのか。
大災害を引き起こした犯人は捕まえられたけれど、町の住人たちの不信感はいまだに拭えていない。
アリメントが自白しても、魔導師が災いの元だと思い続ける人はきっといるはず。
それもこれも十二年前に、心ない魔術師たちによって魔導師が大災害の源だと決めつけられたからだ。
マルベリーさんを陥れようとする人は、昔ほどじゃないだろうけどまだ組織内にいるだろうし、念には念を入れて……
「あの、皆さん!」
「「「……?」」」
「一つお願いをしてもいいですか?」
国家魔術師たちに注目されている好機を生かして、私は声を張り上げた。
皆の視線がさらにこちらに集中する中、ヴェルジュさんが首を傾げる。
「んっ、なんだい改まって?」
「ヴェルジュさんにもお願いできたらと思うんですけど……」
私はポワールさんのナイトキャップの上にとまっていたマルベリーさんを抱えて、お願いの内容を口にした。
「証言してもらえませんか?」
「証言? いったい何を?」
「魔導師マルベリーが……ここにいるフクロウが、みんなのために頑張って戦っていたって」
『サ、サチちゃん……』
私のお願いを聞いて、周囲の魔術師たちの間にどよめきが走る。
どうやらまだ、フクロウの正体については明かしていなかったみたいだ。
「ま、魔導師マルベリーだと?」
「本当にこのフクロウが、魔導師マルベリーなのか?」
「ど、どうして森を抜けて……」
『そそ、それにはちょっとした事情がありまして……!』
それについては私も知らないけれど、ヴェルジュさんがもっともな意見を言ってくれた。
「この際、それについて咎める必要はないだろう。このフクロウの活躍の程は、すでに多くの者たちから聞いている。フクロウの助力がなければ、今頃戦線は崩壊して町への侵攻を許していただろうとな」
そう、フクロウの体を借りて咎人の森を抜け出したことなんて、今回の活躍で完全に帳消しになると思う。
どころか称賛というおつりまでもらってもいいほどだ。
どうしてホゥホゥさんの体を借りてまで抜け出したのかは、少し気になるけれど。
「だから証言の方も当然させてもらうよ。彼女がいたからこそ、大きな被害を出さずに済んだってね。でもどうして改めてそんなことを?」
「マルベリーさんは私の師匠なんです。私はマルベリーさんの冤罪を晴らして、咎人の森から出してあげるためにここまで戦ってきました。だからマルベリーさんは悪い人じゃないってことを、町の人たちに伝えてほしいんです」
災いを引き寄せる悪い存在ではなく、町を守ってくれた英雄の一人。
その事実をみんなの口から伝えてもらうことで、咎人の森からの解放をより確実なものにする。
「そういえば君の姓は、魔導師マルベリーと同じものだったね。まさか彼女が君の師匠だったとは」
「マルベリーさんは今も、あの薄暗い静かな森で孤独な思いをしています。もうこれ以上、マルベリーさんに寂しい思いはさせたくありません」
だからマルベリーさんを助けるために協力してほしいと続けようとすると……
「まず一つ言っておくと、魔導師マルベリーだったら、ミストラル側から大災害を引き起こした証拠を得られたら解放するように、すでに俺の部下たちが段取りを進めているはずだよ」
「えっ、そうなんですか?」
全然知らなかった。
というか国家魔術師たちは、正直マルベリーさんのこととかすっかり忘れていそうだと思った。
でも、ちゃんとマルベリーさんのことを考えてくれていたようでなんだか嬉しい。
「でも、確かにそれだけだと少し不安が残るね。アリメントから自白が取れても、それでも迷信を信じる者たちは少なからずいるだろうから」
「はい。なので、やっぱりヴェルジュさんとか他の有力者たちから直接証言してもらった方が確実かと……」
「まあ下手をしたら、咎人の森から戻って来た彼女を非難する声も上がるかもしれない。だから王都を守るのに貢献したという実績を示すことで、魔導師が無害どころか有益であることを強く主張した方がいいかもしれないな」
それに敵は国家魔術師側にも存在している。
十二年前ほどじゃないだろうけど、きっとまだマルベリーさんを陥れようっていう人はいるはずだから。
ここで住人たちの信用を完璧に勝ち取っておけば、咎人の森からの解放がより確実になるはず。
「よし、それじゃあさっそくそれを伝えに行こうか」
「えっ、さっそく?」
「ちょうど今は、住人たちが魔術学園に避難しているんだよ。君の師匠の無実を証明するなら、今が最大の好機じゃないかな」
「……」
私は抱えているマルベリーさんと目を合わせる。
町の人たちが今、魔術学園に避難している。
確かに今が、最大の好機。
そこなら多くの住人たちに、マルベリーさんの無実を主張することができる。
「俺たちも手伝うぞ」
「魔導師マルベリーが力を貸してくれたおかげで、町を守れたってな」
「私も、フクロウさんのこと、みんなに伝える」
『皆さん……』
マルベリーさんはフクロウの顔を僅かに俯けて、微かに体を震わせていた。
歓喜を示す彼女を見ながら、ヴェルジュさんが申し訳なさそうに言う。
「すまないね。本来であれば、もっと早く出してあげるべきだった。でも俺一人の力じゃ、住人たちの意識まで変えることはできなかったから。そもそも当時、俺にもっと力があれば決定を覆すこともできたんだけど」
「マルベリーさんの幽閉に対して、当時の魔術師たちは肯定的だったんですか?」
「俺も国家魔術師になって日が浅い時だったから、詳しくは知らないんだけど、魔導師幽閉は上の魔術師たちの総意で決まったものらしいんだ。住人たちの間に走った不安を拭うために、致し方ない犠牲だってね。まあ、彼女を妬む者たちが多かったのも理由の一つだと思うけど」
「……」
大災害に見舞われて、混乱の渦に陥った町と住人。
その状況を解決するためには、原因を明らかにするしかなかったのだろう。
そこで白羽の矢が立ったのが、災いの元という伝承があった魔導師のマルベリーさん。
ついでに才能ある彼女を封じることができれば僥倖。やはり当時の国家魔術師たちはそう考えたみたいだ。
「実際、当時の住人たちの不安の声は相当大きかったからね。加えて政府側は魔導師を囲うことによって、彼女の力を利用することができる」
「あっ、そっか。そういえばマルベリーさん、新しい魔法の詠唱式句をホゥホゥさんを通じて伝えてたもんね」
『それが政府との契約でしたから……』
外界との手紙のやり取りを許可してもらう代わりに、政府に色々な報告をしていた。
その一つに、新しく魔素から聞き出した“詠唱式句”も含まれていた気がする。
確かにその話を聞いた時から、上手く利用されているような気配は感じていたけど……
「でも今ならきっと、住人たちの意識を変えられるはず。ここには多くの証人たちもいることだし、大災害を引き起こした真犯人まで見つかっているんだから。魔導師は悪い存在じゃないってわかってもらえるはずだよ」
「はい」
そう、これでようやくマルベリーさんは自由になれるんだ。
もうどこにも閉じ込められることなく、誰にも縛られることもない。
私は改めて辺りを見渡して、みんなに頭を下げた。
「マルベリーさんを助けるために、皆さんの声を貸してください」
その声に、防衛隊として戦ってくれた魔術師たちは、心強い返事をしてくれた。
それを受けて、抱えているマルベリーさんは再び嬉しさを隠すように俯いてしまう。
そしてさっそく、数人の国家魔術師たちと一緒に魔術学園に向かうことになった。
残りの防衛隊の人たちに後片付けや警戒を任せて、学園への道を踏み出そうとしたその時――
「――っ!?」
唐突に足に力が入らなくなり、思わず膝を突いてしまった。
遅れて自覚する極度の疲労感。
頭がぼんやりとして、額には脂汗が滲み、息も次第に荒々しくなっていく。
『サ、サチちゃん? 大丈夫ですか?』
「さすがに、ちょっと疲れてきたかも。でも、大丈夫……」
私はマルベリーさんにぎこちない笑みを見せて、ゆっくりと立ち上がった。
ここまで休みなく戦い続けてきた。
何度も強烈な緊張感を味わって精神をすり減らしてきた。
体力にも自信がある方ではないので、いつ倒れてもおかしくない状況だったのだ。
でも、今ここで倒れるわけにはいかない。
あと少しで、私が叶えたいと思っていた夢を……マルベリーさんを自由にしてあげるという夢を、実現させることができるんだから。
もうちょっとだぞ。頑張れサチ。
魔術学園に辿り着くと、そこには厳重に魔法結界が張られていた。
おそらく学園長さんの魔法によるものだと思う。
魔獣だけを阻む結界で、中に入ってみるとそこには王都の住人たちがいた。
「お母さん、まだお家に帰れないの?」
「もう大丈夫だってさ。怖い魔獣たちは、魔術師さんたちが倒してくれたから」
大きな校庭に集められている住人たちは、それぞれ安堵したような表情をしている。
どうやら政府側から魔獣侵攻が止まったことが伝えられたようで、みんな安心して学園から出ようとしていた。
そこに、ヴェルジュさんが大声で呼びかける。
「少し待っていただいてもよろしいですか?」
「えっ、あれって……」
「術師序列一位のヴェルジュ・ギャランだ」
「もしかして、ヴェルジュ様が大災害を止めてくれたの……?」
さすがは有名人のヴェルジュさん。
たった一声で住人たちの視線を釘付けにして、彼らの足と声を一瞬で止めた。
突如として校庭が静寂に包まれると、不意に聞き覚えのある声が脳内で響く。
『ヴェ、ヴェルジュ・ギャラン? なぜお主が学園におるんじゃ? 魔獣侵攻はもう止まったと……』
「アナナス学園長、少しこの場をお借りしてもよろしいでしょうか? 町の住人の方々に、お伝えしたいことがありまして」
いきなり校庭に姿を現したヴェルジュさんに驚いて、学園長さんが交信してきたらしい。
それに対してヴェルジュさんがお願いをすると、学園長さんはやや戸惑いながらも『構わんぞ』と了承してくれた。
皆の視線がより一層集まる中、ヴェルジュさんが傍らにあった朝礼台にのぼって声を上げる。
「今回の災害の件で、住人の皆様にご報告したいことがございます」
そう切り出したヴェルジュさんは、魔獣侵攻の計画阻止について明かし始めた。
反魔術結社ミストラルが仕組んでいた計画のこと。
それを防ぐために戦った国家魔術師たちのこと。
つい先ほどその魔獣侵攻を食い止めて町を守ったこと。
ここにいるアリメントがその元凶で、この通り確かに捕縛したことを。
最後にヴェルジュさんは私の方に視線を振り、話す機会を与えてくれた。
「迫り来る魔獣を討ち倒し、町を守った最大の功労者は彼女です! どうか少し、彼女の話も聞いていただけないでしょうか!」
「……」
その声を受けて、私もマルベリーさんを抱えながら朝礼台の上に立つ。
途端、ピリピリと感じる多くの住人たちの視線。
戦いとはまた違った緊張感が私の精神を刺激してくる。
これだけ多くの見知らぬ人たちに注目されるのは、星華祭で活躍した時以来だろうか。
でもそれはあくまで競技中の姿を見られたというだけで、視線を集めながら発言するのはこれが初めて。
自ずと手が震えてくる。声が喉に引っかかる。
それでも私は、懸命に声を張り上げる。
これが、私が一番望んでいた状況じゃないか。
「皆さん初めまして、私の名前はサチと言います。突然のことで困惑している方も多いとは思うんですけど、どうか一つだけ聞いていただきたいことがあるんです」
『……』
マルベリーさんは私の腕の中で、体を縮こまらせる。
これからどのような反応をされるか不安に思っているのだろう。
私も同じ気持ちだけど、当人のマルベリーさんはもっと大きな不安を抱えているはずだ。
そして私はいよいよ、ずっとみんなに言いたかったことを、精一杯の声で伝えた。
「ヴェルジュさんからも話があった通り、魔獣侵攻はすべて、反魔術結社ミストラルの仕業です! 十二年前の大災害の時も同じようにして、ミストラルが魔獣侵攻を引き起こしました! それなのに今、大災害の原因だと疑われて、咎人の森という場所に幽閉されている魔導師がいます!」
住人たちの方から息を呑む気配を感じる。
大人たちだけではなく、幼い子供たちも魔導師を知っているのかそれらしい反応を示す。
あまり好意的ではない様子を見るに、やはりみんなは魔導師に対して悪い印象を持っているようだ。
だから私が、その認識を変える。
「その魔導師は、森に捨てられていた私を拾ってくれた。大切に育ててくれた。優しく魔法を教えてくれた。あの人と一緒にいて災いに巻き込まれたことなんて一度もない。魔導師が災害を引き寄せるなんていうのは、ただの思い込みなんです!」
とは言うが、住人たちはいまだに疑心に思っているようで訝しい目をこちらに向けてくる。
あくまで今のは私の主観の話だから。
それにずっと前から抱いていた悪い印象を、いきなり変えろと言うのも無茶である。
だからこそ私は、実績を示すために、胸に抱えていたマルベリーさんを掲げて続けた。
「むしろ町やみんなを守るために一緒に戦ってくれました。彼女は今、このフクロウの体に入っていて、魔法が使えない体でも必死に手を貸してくれました。この人がいなかったら魔獣侵攻を止めることはできていなかったんです」
住人たちは戸惑ったようにざわつく。
突然そんなことを言われて、すぐに飲み込める人はまずいない。
それを見かねて、ヴェルジュさんが口添えしてくれた。
「この子の言うことはすべて事実だ。魔導師マルベリーの魂は今、このフクロウの中にある。そして彼女は窮地に立たされていた防衛隊を救い、町を守ってくれたんだ」
次いで他の国家魔術師たちも、傍らで口々にマルベリーさんの活躍を伝えてくれる。
魔法が使えない中でも、その知識を使って防衛隊をサポートしてくれたことを。
見たことない魔法の数々で魔獣侵攻を食い止めてくれたことを。
それがひとしきり済むと、校庭が何度目かの静寂に包まれる。
これでも足りないかと思った私は、最後に頭を下げて住人のみんなにお願いをした。
「お願いします。マルベリーさんのことを、どうか受け入れてあげてください。彼女がみんなのために戦ったことを、認めてあげてください……」
……伝えられることは、もうすべて伝えた。
あとはみんなが信じてくれるかどうかだけである。
正直まだ、アリメントから確かな自白も取れていないし、急ぎすぎてしまった感はある。
でも、今ここが町の人たちの意識を変えるのに一番の時と場所だと思ったんだ。
魔導師は悪という風潮を、一気に覆すことができる最大の好機。
静けさに覆われた空間で、私はただ祈りながら頭を下げ続ける。
瞬間――
校庭に、揺れんばかりの拍手が湧き上がった。
「……」
顔を上げて辺りを窺うと、町の人たちはこちらに向けて拍手を送ってきている。
より厳密に言えば、私が抱えているフクロウのマルベリーさんに向けて。
これは……
『信じて、もらえたんでしょうか……?』
「た、たぶん……」
その問いかけに頷きを返すかのように、さらに拍手の勢いが増す。
加えて口々に、マルベリーさんに対してお礼の声が投げかけられた。
「町を守ってくれてありがとう!」
「魔獣侵攻を止めるなんて本当にすごいわ!」
マルベリーさんは呆然とした様子で辺りを見渡している。
魔導師に対して悪い印象を抱いている人は、もうまったく見受けられない。
……成功した。
私と国家魔術師の人たちの説得により、町の人たちの意識を変えることができたんだ。
おそらくその一番の要因となったのは、術師序列一位のヴェルジュさんがいてくれたからだろう。
この王都で最も人望が厚いと言っても過言ではないこの人に、口添えをしてもらったから信じてもらえたんだ。
これでもう、大丈夫だ。
それがわかって緊張の糸が切れたのか、一気に疲れが押し寄せて来る。
思わずそのまま朝礼台の上で倒れ込んでしまいそうになるが、なんとか気力を振り絞って堪えた。
その後、町の人たちにお礼の言葉を返した後、その場をヴェルジュさんに任せる。
そして私はマルベリーさんを連れて台上から下りると、なけなしの体力で校庭の端にあったベンチに座り込んだ。
ほとんど倒れ込むような形になり、そこでいよいよ私の体力が尽きてしまう。
指先一つを動かすのもままならず、私はマルベリーさんを抱えたまま意識を手放した。
それから、どれくらいの時間が経っただろうか。
自分としてはあまり時間が経っていない感覚。
それこそ目を閉じて十秒後に目を開けたような感じだ。
でも、私の目の前に広がったのは……
「う、うぅん……」
直前まで見ていたはずの校庭の景色ではない。
真っ白な天井と室内の空気が、私のことを出迎えた。
ここはいったいどこだろう?
なんだか微かに見覚えがある気がする。
でも具体的にどこか思い出せないし、何より意識がまだぼんやりとしている。
そもそもベンチに座っていたはずが、今はベッドに寝かされていた。
いったいここがどこなのか確かめるために、鉛のように重たく感じる体を起こそうとした瞬間――
「部屋の片付けもしませんし、脱いだ服は放りっぱなしで、本当にいつも困っちゃうんですよ」
『ふふっ、学生寮でもそんな感じなんですか』
「……んっ?」
何やら楽しげに会話する声が聞こえてきた。
どちらも耳に馴染みのある声。
それを確かめるために体を起こすと、私が寝ているベッドの近くには……
「あっ、サチさん!」
『よかった。体調は大丈夫そうですか?』
「ミルと、マルベリーさん……?」
青色の髪の少女とフクロウがいた。
ベッドの脇で椅子に座るミル。
そのミルの近くで簡易的な止まり木に止まっているマルベリーさん。
どうやら先ほどの話し声は二人のものだったようだ。
と、そこまで確認した後で、私はおもむろに辺りを見渡す。
左右の壁に四つずつベッドがある大部屋。
ベッドの間にはそれぞれ仕切り用のカーテンがあり、部屋の端には何かしらの薬品などが入った棚も置かれている。
他にも背や体重を測る器具や、応接用の椅子と机も一式見えて、その景色に記憶を刺激されながら私は呟いた。
「ここは……」
「魔術学園の保健室ですよ。担当のポム先生は用事でいませんけど」
あぁ、そうだ。
ここは前にも一度訪れたことがある保健室だ。
パッと思い出せなかったのは、いまだに頭がぼんやりしているせいだろうか。
怪我をしたマロンさんの様子を見に来たのは、つい最近の出来事だというのに。
と考えているのを見抜いてきたかのように、ミルがさらに続ける。
「つい昨日まではマロンさんもここで静養していたんですけど、体調が回復したので寮に戻ることになったんですよ」
「つい、昨日……?」
その聞き捨てならない情報に、私は思わず前のめりになって問いかける。
「わ、私って、いったいどのくらい……!」
『丸二日ですよ』
その問いに、ミルに代わってマルベリーさんが答えてくれた。
丸二日。
あれからそんなに時間が経っていたのか。
正直自分としては、ついさっき目を閉じて今開けたくらいの感覚なんだけど。
でも確かに校庭のベンチから場所が変わっているし、ミルもこうして学園に帰って来ている。
私、そんなに眠っていたんだ。
『あの後、サチちゃんは校庭のベンチで意識を失ってしまったんです。そのサチちゃんをポワールちゃんが抱えて、保健室まで運んでくれたんですよ』
「ポ、ポワールさんが……?」
あの小さな体のどこにそんな力が……
と一瞬だけ疑問に思うが、身体強化魔法を使ったのだとすぐに気が付く。
そんな彼女の姿はここにはないようで、すぐにそのお礼を伝えることはできそうになかった。
『保健室のポム先生は、ただの疲れが原因だと仰っていました。長く気を張り詰めていたため、精神的に摩耗して眠ってしまったのではないかと』
「ははっ、疲れてるのは自覚してたけど、まさか丸二日寝込むほどだったなんて……」
それほどまでに緊張していたということだろう。
それも無理はないか。
だって絶対に失敗できない場面の連続だったから。
ミストラルの隠れ家で兵士たちと戦ったり、その主であるアリメントと直接対決したり。
最後にはマルベリーさんの冤罪を晴らすために、町の人たちの前で声だって張り上げたんだから。
「私もつい先ほど学園まで戻って来て、サチさんが寝込んでいると聞いて驚いて飛んで来たんですよ。あのサチさんが意識を失ったなんて信じられなくて」
「私をなんだと思ってるの。私だって普通の女の子なんだから、倒れたりすることだって当然あるよ」
ミルはよくよく、私のことを過大に評価しがちだ。
少し特殊な人間であることは自覚しているけれど、体力知らずの化け物ってわけじゃないんだから。
そんな会話をしているうちに、次第にぼんやりとした意識が覚醒に近づいてきた。
次いで私は遅まきながら、事件のその後について尋ねる。
「ミルがここにいるなら聞く必要ないと思うけど、ミストラルの人たちはどうなったの?」
「全員無事に連行して、今は国家魔術師さんたちの元に捕らえられていますよ。今後の処罰について政府や教会と色々と話しているみたいです」
続けてミルは、事件後の諸々の話をまとめて教えてくれた。
地下迷宮で研究員たちを拘束した後、第五層の研究層で大災害計画の証拠を収集したこと。
暴走したシャン・ギャランとシャン派の国家魔術師たちが、現在治療中ということ。
それらも押収した魔道具を解析することで治療方法が判明するということ。
その他にも私の兄を含めた暴走者たちの治療も、魔道具解析によって本格的に進められるとのことで、反魔術結社ミストラルが起こした事件の数々は緩やかにだが解決に向かっているとのことだった。
「ヴェルジュさんも本格的に王様を目指すと宣言して、二度とミストラルのような反乱因子が現れないように魔術国家の考え方を変えていくと国民たちに発表していましたよ」
「何はともあれ、これでひとまずは一件落着ってことだね。もちろん目に見えない問題はまだまだ山積みなんだろうけど」
「それは国家魔術師の皆さんにお任せしましょう。私たちの出番はこれで終わりですから」
改めてミルからその言葉を聞いて、私はようやく肩に乗っていた鉛のような荷が下りる。
けれど、ミルはいまだに複雑そうな顔でこう呟いた。
「まあ、私はまだプラムちゃんの処罰が決まるまでは、気が休まりそうにありませんけど」
「……なんとか酌量してもらえたらいいんだけどね」
プラムが国家魔術師たちに与えた傷はかなり深いものだ。
一応治療の目処は経っているけれど、それも魔道具解析の成否によって雲行きは変わる。
それ以前に多くの優秀な国家魔術師たちに危害を加えた時点で、当然死罪は免れないだろう。
だからミルはあの手この手で有力者たちにも口添えしてもらって、彼女の酌量を求めたらしい。
その決定が正式に下るまでは、ミルの心は休まらないということだ。
事情や年齢を考慮して、処罰が軽くなればいいけれど、こちらはあとは祈るばかりである。
マルベリーさんもあらかたの事情をすでに聞いているらしく、ミルのことを優しげに見守っていた。
と、そこで私は、遅まきながら気が付く。
「そういえば二人のこと紹介し忘れてたね。って、これもたぶん今さら必要ないと思うけど……」
そう言いつつも、私は二人の間に挟まるように両者を紹介する。
「この子が私の相棒でルームメイトのミル。で、こっちが今はフクロウの体に入ってるけど、私の師匠で大切な家族のマルベリーさんだよ」
「もう知ってますよ」
『もう知ってますよ』
私の紹介に対し、二人は見事に声を重ねた。
まあ、私が寝ている間にすでに色々と話し込んだみたいだし、今さら紹介とか意味なかったか。
『今回の一件について把握し切れていないことなど多かったので、襲撃隊の様子などミルちゃんから色々と聞いたんですよ』
「その時にお互いのことも話して、あとはサチさんのことについてもたくさんお話ししました」
「私のことについてって、どうせ私のだらしないところを話して盛り上がってただけでしょ」
「自覚してるなら直してくださいよ」
『自覚してるなら直してくださいよ』
と、二人は再び声を重ねる。
それを恥ずかしく思ったのか、ミルとマルベリーさんは気まずそうに顔を俯けてしまった。
なんだこのシンクロ率は。
「もう私よりも息ぴったりじゃん。まあ、二人はなんとなく気が合うような気がしてたから、いつか絶対に会わせてみたいなって思ってたんだ」
「そういえばお師匠さんの話をする度に、そう言ってましたもんね」
純粋に私の親友と師匠だから、二人には親しくしてもらいたいと思っていた。
それ以外にもまあ、二人を会わせたらどんな化学反応が起きるのか期待していた節もある。
「けどまさか、私のだらしない話題で盛り上がっちゃうなんてとんだ誤算だよ。なんで私の周りってしっかりした人が多いんだか」
『確かにミルちゃんは、昔の私に少し似ている気がしますね。こういう子がサチちゃんの隣にいてくれると、師匠としてはとても安心ですよ』
「似てる……?」
確かに仕草や口調、大人しげな雰囲気は近しいものを感じるけど……
私は椅子に腰掛けているミルの体(具体的には首と腹部の間)に目を止めて、ふむと首を傾げた。
「似てる、かな……?」
「どこ見て言ってるんですか!」
『どこ見て言ってるんですか!』
二人に呆れた目を向けられてしまう。
いやだって、二人には明らかに天と地ほど違う点があるから。
むしろ身体的な特徴については、マロンさんの方が似てるかも。
「と、というか、マルベリーさんって、その……そんなにすごいんですか?」
「覚悟しといた方がいいよ。びっくりしすぎて気ぃ失わないように」
『変に誇張しないでくださいサチちゃん!』
マルベリーさんは羽をバサバサと揺らして怒っている感じを示す。
まあ、どうせすぐにちゃんとした体でまた会えるだろうし、ミルには実際に見てもらった方が早いよね。
と、そんな話をしてから思い出す。
「そういえばマルベリーさんの処遇についてはどうなったの? 咎人の森に張られてる結界とか、解いてもらえることになったのかな?」
『ミストラルの頭領、アリメント・アリュメットから正式に自白が取れましたので、じきに結界魔法が解かれるそうですよ。まあ色々と政府側で揉めたみたいですけど、そこはヴェルジュ・ギャランさんが手を回して融通を利かせてくれたみたいです』
おぉ、それならよかった。
にしてもやっぱり、まだ魔導師を危険視する人は少なからずいるのか。
まあおそらくシャン派の人間が反対したんじゃないかなって思うけど。
ヴェルジュさんのみでなく、魔導師マルベリーまで正式に国家魔術師として戻って来たら、より術師序列が危ぶまれることになる。
下手をしたら二人に抜かれて、術師序列三位という威厳も何もない状況になってしまうのだ。
そうなればますます王位継承の話が危うくなるから、シャン派が不満げな反応を示したってところじゃないかな。
しかしそれらの些細な抵抗も、ヴェルジュさんによって押し潰されたらしい。
結果、少しでも早くマルベリーさんが咎人の森から解放されるよう、手を回してくれるとのことだ。
「これでようやく、マルベリーさんは自由になれるんだね。本当によかった」
その嬉しさがじわじわと込み上げてくる。
まるで自分のことのように喜びを噛み締めていると、マルベリーさんが感慨深そうに言った。
『それもこれも全部、サチちゃんのおかげです。ずっと出られないと思っていたあの牢獄から出してくれたのは、他でもないあなたなんですよ』
「いや、私はそんなに大したことは……」
マルベリーさんへの恩返しをするために、咎人の森から解放してあげたいと思った。
それ自体は叶えることができたけど、なんだか自分の想像していた形とは少し違う気がする。
結局色々な人の力を借りて成し遂げたから、あまり自分が助けたという実感はないんだよね。
しかしマルベリーさんは、そうは思っていないようだ。
『サチちゃんは自分で語っていたことを実現させたんですよ。世界最強の魔術師になって、みんなを説得する。誰にも止められなかった魔獣侵攻を見事終わらせて、その実力を示すことができたから、みんなに信じてもらうことができたんです』
「……」
世界最強の魔術師。
今にして思うと、我ながら大それたことを言ってしまったものだ。
定義も曖昧だし、それほどすごい魔術師になれたという感じもしないし。
それでもみんなに実力を認めてもらえたのは確かで、そのおかげで私の言葉を信じてもらえた。
『世界で一番強い魔術師になれば、さすがにみんなも私の声を無視できなくなる。それできっと最強の魔術師の言うことなら間違いないって思ってくれるはずだよ』
私は、あの時マルベリーさんに語った夢を、実現させることができたんだ。
マルベリーさんは改まった様子で体の正面を向けてくる。
瞬間、ぼんやりとマルベリーさんの姿がフクロウの背後に映って、その彼女が満面の笑みを浮かべた気がした。
『私のことを助けてくれて、本当にありがとうございます、サチちゃん。あなたは私の、世界でたった一人の自慢の弟子です』
「……えへへっ」
改めてそんなことを言われるとさすがに恥ずかしいなぁ。
でも、マルベリーさんの喜ぶ姿が見られてよかったと思う。
次いで私は、照れ隠しをするようにあることを提案した。
「じゃあ後は咎人の森の結界が解けるまで待ってるだけだね。それまで町にいて、私たちと一緒にどっか遊びに行こうよ」
『いいえ、そろそろホゥホゥさんに体をお返ししなければなりませんから。もう随分と長いこと、この体をお借りしていますし』
「サチさんが無事に目を覚ますのを見届けたら、元の肉体に戻らせてもらうってずっと言ってたんですよ」
なんだ、そうだったのか。
まあ話に聞く限り、今はホゥホゥさんから肉体の主導権を譲ってもらっている状態らしいからね。
確かに長居は無用だろう。ホゥホゥさんにも用事があるだろうし。
そこで私は遅まきながら、ずっと疑問に思っていたことを尋ねた。
「そういえばずっと聞きたかったんだけど、どうしてホゥホゥさんの体を借りてまで町に来てたの?」
『い、いやまあ、それはその……』
マルベリーさんは恥ずかしがるように視線を泳がせる。
その様子を見て、私は天啓を授かるかのごとく悟った。
「なになにー? もしかしてマルベリーさん寂しかったのぉ?」
『うっ……』
図星、と言わんばかりの強張った表情。
前にも似たようなやり取りがあったなと密かに思う。
けど今はミルも見ていて、クスッと静かに微笑んでいた。
ていうかマルベリーさんがわざわざ脱走を試みる理由なんて、それくらいしか思いつかないからね。
するとマルベリーさんは拗ねたようにそっぽを向いた。
『夏休みに帰って来なかった親不孝なサチちゃんが、学園でどういう生活を送っているのか気になりましたので。星華祭の見学ついでに見に来たまでのことですよ』
「そ、それについては手紙で謝ったじゃん! 私も夏休みは色々と忙しかったんだよぉ」
まあ、ようは授業参観ってことね。
夏休みに帰省しなかったから、今の私の状況が気になって見学に来たと。
魂だけって言っても、森から脱走する形になってどんな罰則を受けるかもわからないってのに、よくやるなぁ。
「えっ? ていうことは、マルベリーさんずっと私のこと見てたってこと?」
『授業風景などは見学できませんでしたけど、星華祭の開催には間に合いましたので。二日目の途中辺りから活躍を見させてもらっていましたよ』
「……見てたなら、声かけてくれたらよかったのに」
恥ずかしいような嬉しいような、なんとも言えない気持ちになる。
これが授業参観で親が見に来る感覚なのか。
そんな話をしていると、不意に保健室の扉が開かれた。
いったい誰が来たのだろうと目を向けると、そこには……
「おぉ、サチ。目ぇ覚ましたのか」
「あっ、ポム先生」
一本に結んだ真っ赤な長髪と白衣が特徴的な、保健室の先生であるポム先生がいた。
用事で出払っていると聞いたが、今帰って来たらしい。
するとポム先生は、私の顔を見るや盛大なため息を吐き出した。
「ったくよ、町を救った英雄様がこんなとこで寝やがって、面白半分で見に来る連中が多くて追っ払うのも一苦労なんだぞ」
「な、なんかすみません」
自分の知らないところで先生に迷惑をかけてしまっていたみたいで申し訳がない。
まあ、ポム先生くらい迫力がある人なら、簡単に追い払えただろうけど。
「まあ、んなこと今はいいとして、一つ知らせを持って来てやったぞ」
「知らせ?」
いったいなんだろうとミルとマルベリーさんも首を傾げる。
どうやらポム先生はその知らせを受け取るために、外に出払っていたようだ。
「魔導師が幽閉されてるっていう森の結界、ついさっき正式に解かれたらしい。っつーことを、国家魔術師の連中が学園まで伝えに来たんだ。代わりに魔導師に言っといてくれってな」
「……」
森の結界が、正式に解かれた。
私は思わずマルベリーさんと顔を見合わせる。
これでもう、マルベリーさんを縛り付けるものは何も無くなったということだ。
マルベリーさんは、ようやくあの咎人の森から、外の世界に出ることができる。
その嬉しさを噛み締めながら、私は自分の体を見下ろしてマルベリーさんに伝えた。
「ごめん、お出迎えはできそうにないや」
『いいですよ。安静にして待っていてください。それまでサチちゃんのこと、どうかよろしくお願いしますね、ミルちゃん』
「はい、任せてください!」
本当なら今すぐにマルベリーさんのところに転移して、咎人の森から出るところを見届けてあげたかったけど。
この疲れ切った体では仕方がない。
私はゆっくりと、マルベリーさんのことを待つとしよう。
『それじゃあサチちゃん、私は帰りますね。それでまたすぐに、この町でお会いしましょう』
「……うん」
少しの間の別れ。それが今はとても寂しく感じる。
マルベリーさんも同じ気持ちなのか、名残惜しそうな顔でこちらを見つめていた。
「……ねえ、マルベリーさん」
『……?』
そして私は、マルベリーさんの意識が帰ってしまう直前に……
密かに気になっていたことを、今さらになって問いかけた。
――――
ゆっくりと目を開けると、そこは見慣れた家の中だった。
サチとの思い出が一杯に詰まった森の家。
無事に元の肉体に戻れたことに、マルベリーは安堵する。
自分の魂が不在の間、仮の魂に生活を任せていたが、そちらも問題はなかったようで体調は良好だった。
先ほどまでの騒がしさから一転、唐突な静けさに包まれたため、マルベリーは寂しさを胸に抱く。
それからやや遅れて、咎人の森の結界が解かれたのだと思い出した。
マルベリーは思わず羽を動かすように腕を構えてしまうが、今はフクロウの姿ではなかったと恥ずかしさを味わう。
久しく自分の足を動かして家を飛び出すと、そのまま森の出口に向けて一直線に走って行った。
遭遇する魔獣たちを魔法で倒しながら、見慣れた森を一気に駆け抜ける。
やがて辿り着いたのは、口を開けるように佇む木々に挟まれた森の出口。
ここにはいつもなら、国家魔術師たちによって張られた不可視の結界がある。
「……」
マルベリーは恐る恐る手を伸ばす。
薄暗い森の中から、光が差す外の世界へ指先を伸ばす。
すると、マルベリーの指先は何にも阻まれることなく、外の空気と暖かい日差しに触れることができた。
結界が張られていた時は、森と外の境界でそれが作動して、軽く体を弾かれていたのに。
「本当に、結界が……」
今度はゆっくりと足も出す。
外の世界の地面をぐっと強く踏みしめる。
そこでようやく、自分が自由の身になれたのだとマルベリーは自覚した。
もう、森に囚われることはないんだ。
人のいる町に立ち入ってもいいんだ。
これ以上寂しい思いをすることも、もうなくなったんだ。
それもこれもすべて、あの幸運の少女サチのおかげ。
『咎人の森から出られたら、まず最初に何がしたい?』
元の肉体に帰って来る直前、サチから問いかけられたこと。
その答えは、ずっと前から決まっていて、マルベリーは涙を流しながら呟いた。
「あなたに会って、力一杯抱きしめたいです……!」
魔導師マルベリー・マルムラードは、転移魔法を使うことも忘れて……
愛する家族が待つ町に向けて、懸命に走り出した。
マルベリーさんが咎人の森から解放されて、早くも一週間が経過した。
この短い間に、色々なことがあった。
まず、捕まえていたミストラルの兵士たちの処罰が決まった。
全員死罪は免れて、労役場での強制労働となったらしい。
魔道具製作に慣れた者も多いため、主に魔道具製作の作業をすることになったそうだ。
ミストラルでは害悪な魔道具を作っていたが、今度は善良なものを作らされるというのは皮肉が効いている。
プラムもどうやら他の兵士たちと同じ処罰になるらしく、それを知ってようやくミルは気持ちを落ち着かせていた。
組織の頭領のアリメントについても、別の労役場で厳重監視の中、特に重い強制労働を課したらしい。
精神矯正のカウンセリングなども並行して行っていくとのことで、その経過いかんでは刑期も伸びてしまうらしい。
自業自得と言えば自業自得ではある。
魔法によって強制的に精神操作を受けなかっただけでもマシだと思ってもらおう。
そしてミストラルの魔道具によって暴走していた者たちについて。
魔道具解析が順調に進んだことで、暴走者たちの治療の目処も無事に立ったらしい。
シャン・ギャランさんと襲撃隊にいたシャン派の魔術師たちも、じきに暴走状態から解放されるそうだ。
あと、魔獣侵攻の阻止に貢献した国家魔術師たち全員に特別賞与が渡されたり……
ヴェルジュさんが王位継承に向けて本格的に動き出したり……
それによって政府や国家魔術師間で色々といざこざが起きたり……
魔法至上主義を掲げる古い思想の魔術師たちとヴェルジュ派がぶつかったり……
これから魔術国家の常識や体制が変わっていくような、そんな風が王国に吹いていた。
一方、私たちはと言うと……
いつもと変わらず魔術学園にて、勉学と訓練に励んでいた。
魔獣侵攻の影響で防衛戦に参加した三年生たちも、すっかり元気を取り戻して学園はいつも通りの風が吹いている。
次なる期末試験もそう遠くないので、私たちは今のうちから学園依頼や勉強を重ねて準備を進めていた。
あんなことがあった後なのに、今は平和そのものでなんだか夢でも見ていたような気分だ。
しかしあの出来事は夢ではない。
私たちは反魔術結社ミストラルを倒した。
そして魔獣侵攻による王都陥落を阻止し、町では一時英雄扱いまでされたほどだ。
その証拠に今でも、学園のあちこちから視線を感じる。
「あれが、魔獣侵攻を食い止めた英雄サチ……」
「星華祭でも変な魔法使って活躍してたぞ」
「もし模擬戦して勝てたら、一生の自慢に……」
そんな声もちらほらと聞こえたりする。
平民だからと侮る視線は無くなったけれど、今度は逆に物騒な目が集まるようになってしまった。
とまあ、学園内での身の回りの変化はそんな感じである。
そして何よりも変化を感じることと言えば、学園外でいつでもマルベリーさんと会えるようになったことだ。
マルベリーさんは現在、王都内にある宿泊施設で暮らしている。
仮住まいとして使っているそこは、国家魔術師ならば超格安で泊まれる優待施設だ。
多くの国家魔術師たちが利用している集合住宅のようなもの。
魔法の研究などもそこで行うことができるみたいだけど、今は国家魔術師として復帰しただけで、今後の活動方針はのんびりと考えていくらしい。
正直、突然自由の身になってしまったから、何をしていいかわからない状態だとマルベリーさんは困り顔で言っていた。
そんなマルベリーさんとは、ここ最近毎日会っている。
授業が終わればすぐに待ち合わせ場所の噴水広場に行き、晩御飯を一緒に食べるというのがすっかり恒例。
そして今日もこれからマルベリーさんと晩御飯を食べに行く予定だ。
ただ、今日はいつもと違う点がある。
待ち合わせ場所に向かっている私の隣には、他に三人の女子生徒がいる。
一人はミル。まあ彼女はよく私について来て、マルベリーさんと一緒に食事をしているからさほど珍しいわけではない。
しかし残りの二人――マロンさんとポワールさんは、初めてこの食事に招待した。
というわけで今は、放課後に四人で町を歩いている状況である。
「まさかサチ様からお食事に誘っていただけるなんて、とても嬉しいです」
「いやぁ、そういえばマロンさんの退院祝いとかしてなかったなぁって思ってさ」
「それを言うならサチさんの退院祝いも兼ねていますよ」
そういえば私も三日くらいは保健室の世話になったのか。
となればこれは、私とマロンさんの退院祝いということになるのかな?
「まあ今回は、二人に合わせたい人がいるっていうのも理由の一つだけど」
「「……?」」
そんな話をしながら噴水広場に辿り着くと、そこには見慣れた黒髪の女性が待っていた。
黒い三角帽子に黒いローブ。憧れすら抱いてしまう女性らしいシルエット。
「マルベリーさーん!」
「あっ、サチちゃん、お疲れ様です」
もうマルベリーさんが町に来てから一週間経ったというのに、やはり顔を見ると思わず綻んでしまう。
本当にマルベリーさんは自由の身になれたのだと。
町にいることを住人のみんなに認めてもらえたのだと。
私はマルベリーさんの元へ駆け寄ると、その勢いのままぎゅっと抱きついた。
そして執拗にぐりぐりと胸元に顔を埋める。
「もう、相変わらず甘えん坊ですね、サチちゃんは」
「だから違うよマルベリーさん。これは甘えてるわけじゃなくて、マルベリーさん成分を注入してるだけなんだよ」
なんて言い訳をすらすらと並べているけれど、まあ実際甘えてるだけなんですよね。
だって仕方ないじゃん。学園に行ってる間は会えないんだし。
それにこうして本来のマルベリーさんと町で一緒にいられるなんて、今までじゃ絶対に考えられなかったんだから。
「しばらくは恥ずかしさも気にせず注入させてもらうからね」
「そ、それはそれでこっちが恥ずかしいんですけど」
と、さすがに友人たちの前でこの姿を晒すのは私もやや抵抗がある。
顔が熱くなっているのを自覚しながらマルベリーさんから離れると、そのタイミングでマロンさんが後ろから問いかけてきた。
「あの、サチ様、そちらの女性は……?」
「あっ、ごめん、紹介するね。この人は私の師匠のマルベリーさん。最近町で噂になってる魔導師って言えばわかるかな」
「まあ、魔導師様ですか」
やはり聞き覚えはあるらしく、マロンさんは納得したように頷いていた。
「今日は二人をマルベリーさんに会わせたくてご飯に誘ったんだよ。マロンさんは初めましてだと思うけど、ポワールさんはもう話したことあるよね」
「お久しぶりですね、ポワールちゃん」
「……」
つい一週間と少し前に一緒に戦線を戦い抜いた名コンビ。
その活躍のほども他の国家魔術師たちからたくさん聞いており、息の良さも充分に伝わっている。
そんな二人を再会させたくて、私はポワールさんを今日この場に呼んだのだ。
けれど、ポワールさんは眠そうな表情のまま、マルベリーさんの顔をぼんやりと見上げていた。
「……誰?」
「ふふっ、前はフクロウの姿だったので、忘れてしまいましたかね。私ですよ。魔獣侵攻の時に一緒に戦ったマルベリーです」
「……誰?」
「なんで先ほどと同じ質問なんですか!?」
名前まで伝えたのに、ポワールさんは初耳だと言わんばかりの反応を示している。
あの時はフクロウのホゥホゥさんの体を借りていたから、すぐに思い当たらないのもしょうがないかもしれないけど、まさか名前まで忘れてしまっているなんて。
「ほらっ、ナイトキャップの上から色々と魔法の詠唱式句を教えていたじゃないですか。ポワールちゃんもその時、『色んな魔法知っててすごいね』って褒めてくれましたよね」
「……? あの時、一緒に戦ってたのは、フクロウさんだよ」
「ですからあれが私だったんですってば!」
なんだか和むやり取りである。
それを微笑ましく見守っていると、マロンさんが得心したように頷いた。
「なるほど、お二人は一緒に戦ったご縁があったのですか。それでサチ様は、ポワールさんとマルベリー様を再会させたかったと」
「ちょうど色々な騒ぎとかも落ち着いてきた頃だし、マルベリーさんも改めてポワールさんに挨拶したいって言ってたからさ」
「あの、サチさん、それでお二人を再会させたかったのはわかりますけど、マロンさんとマルベリーさんまで会わせたかったのはどうしてですか?」
「えっ? そんなのはもちろん……」
ミルの問いかけを受けて、私はマルベリーさんとマロンさんの袖を軽く摘まむ。
そのまま二人が隣り合うように立たせると、綺麗に横に並んだ両者の“双丘”を見て、私は大きく頷いた。
「いやぁ、絶景かな絶景かな!」
「こんなことのためにマロンさんをお呼び出ししたんですか!?」
「う、うそうそ、冗談に決まってるじゃん」
ミルが本気で信じていそうな反応を見せたため、私は咄嗟にかぶりを振る。
確かに二人が隣り合う光景は見てみたいとは思っていたけど、それはあくまで個人的な理由。
本当はマルベリーさんが、是非マロンさんとも話してみたいって言っていたからだ。
「星華祭ではたくさん活躍している姿を拝見させてもらいました。それと、度々うちのサチちゃんを気遣うように声を掛けてくれて、そのお礼を言いたくて」
「まあ、そうだったのですか」
それと友達から見て、私がどういう風に映っているとか。
何か迷惑をかけていないかとか。
そういう点についてマロンさんに色々と話を聞きたかったらしい。
確かに今のところミルからしかそういう話を聞けていないからね。
そもそも交友関係の少ない私にとって、マロンさんは貴重な友人。
その手の話を聞けるのなんて、ミルを除けばマロンさんくらいしかいないから。
あとは私と仲良くしてくれてありがとうと伝えたかったのだという。
ともあれ以上の理由からマロンさんとポワールさんを今回の食事に呼んでみたのだ。
「もちろん私と一緒にいるところを見られたくないとか、単純に気まずいとかありましたら私は退散しますので」
「いえいえ、是非マルベリー様とお話しをさせていただけたらと思います。サチ様との昔話など、とても気になることが多いので」
「なんでマルベリーさんそんなに卑屈なの?」
もう魔導師を悪だと決めつけている人はほとんどいないんだから気にしなくていいのに。
というわけで、珍しい五人組での食事会が始まった。
場所は王都でもそれなりに知名度があるオシャレなレストラン。
すでに席の予約は取っているため滞りなく入店できる。
それからお店のおすすめと言われているメニューに舌鼓を打ちながら、私たちは話を盛り上がらせた。
まさかこうしてマルベリーさんと学園の友達が一緒になっている光景を見られる日が来るなんて。
改めて感慨深く思ってしまう。
本当に私、夢を実現させることができたんだ。
「サチさんはこれからどうするんですか」
「……?」
不意にミルが私に対して問いかけてくる。
卓では今、将来のことについて話し合われていた。
「確かマルベリーさんを助けるために、国家魔術師を目指しているって言ってましたよね。その前に夢が叶ってしまったわけですから、これから具体的にどうするのかなぁと」
「もちろん、変わらず国家魔術師を目指すとするよ。で、今度こそ本当に“世界最強の魔術師”になる」
「世界最強?」
ミルの言う通り、私は国家魔術師になる前に夢を叶えてしまった。
けれどまだやりたいこと、やらなければならないことがある。
「まだマルベリーさんのことを怪しんでる人も少しはいるでしょ。本当に町を救った英雄なのかって。町から離れた小さな村とかじゃ、今でも魔導師は悪い存在だって御伽噺もあるくらいだし」
「まあ、町で実際にその活躍を聞いていない人たちは、簡単には信じてくれそうにありませんもんね」
「うん。だからそういう人たちを無くすために、私は術師序列一位の国家魔術師になる。それで私の師匠はマルベリーさんだってみんなに伝えるの。そうすればマルベリーさんが本当にすごい魔術師だってことを今度こそわかってもらえるでしょ」
「……」
町に災いを呼び込んだ悪い魔導師。
ではなく、術師序列一位の魔術師を育てあげた偉大な魔導師。
という風に認識を変えてしまえば、今度こそマルベリーさんがいい人だってみんなにわかってもらえるはず。
もちろんマルベリーさん自身がコツコツと色々な人たちを助けて、いい噂を広げるっていう手もあるけど。
でもそれはあまりにも地道で、とてつもない時間が掛かることは簡単に想像できる。
だから私が超有名になって、『師匠はマルベリーさんです!』と公言すれば、きっと一発でマルベリーさんのことを信じてもらえると思うんだよね。
「あとはまあ、国家魔術師になってお金をいっぱい稼いで、お世話になったマルベリーさんに恩返ししたいっていうのもあるけど」
「どこまでもマルベリーさんのためなんですね」
それについてミルは呆れることなく、にこやかな笑みを浮かべてくれた。
当のマルベリーさんもなんだか嬉しそうに笑っていて、ミルから言葉を繋ぐように言う。
「それに術師序列一位を目指すなんて、またとんでもなく難しいことをさらっと……。でも、サチちゃんならできてしまいそうな気がします」
「でしょでしょ! 期待して待っててよ!」
そういえば世界最強の国家魔術師を目指すと宣言した時も、似たようなやり取りをした覚えがある。
そんなこんなで将来の話については終わり、ちょうど卓上の料理もあらかた片付いてきた。
そろそろお暇しようかという空気になった頃、私は思い出したようにマルベリーさんに言う。
「あっ、そうだマルベリーさん」
「……なんでしょうか?」
「明日とかって、また同じ時間に会えたりする?」
マルベリーさんは嬉しそうに頷く。
「もちろんですよ。今は特にやることもありませんし。またお食事ですか?」
「う、ううん。そうじゃなくて、明日は学園まで来てほしいんだ」
「えっ、魔術学園に?」
マルベリーさんは最初、不思議に思うように首を傾げたが、すぐに『わかりました』と了承してくれた。
理由まで言うつもりだったけど、それを問いかけてくることもなかったため、明日の楽しみにしておこうと私は思った。
翌日。
放課後になり、マルベリーさんを校門まで迎えに行った。
それから学園の景色を懐かしむマルベリーさんと一緒に、西側の特別棟の四階を目指す。
そう、もうすっかり見慣れたその場所には……
「おっ、来たかサチ・マルムラード。ちゃんとマルベリー・マルムラードも一緒じゃな」
「が、学園長さん?」
アナナス学園長さんがいる学園長室がある。
今日はここで学園長さんも交えてある話をするために、マルベリーさんを呼んだのだ。
待ち構えていた学園長さんを前に、マルベリーさんは戸惑いを見せていたが、単刀直入に話を始めさせてもらう。
「マルベリーさん、この学園の先生になってみない?」
「……へっ?」
黒目をパチパチと瞬かせる。
まあ当然の反応である。
いきなり先生をやらないかどうか聞かれるなんて思ってもいなかっただろうから。
「は、話の流れが、あまりよく見えてこないのですが……」
「ミストラルの計画を阻止するにあたって、サチ・マルムラードには幾度も助けられた。その礼として学園長のワシが望みを一つ聞いてやると約束しておったんじゃ」
「で、マルベリーさんを学園の先生にしてあげてほしいってお願いしてたんだ」
「な、なんで、そんなお願いを……?」
マルベリーさんが疑問符を浮かべ続けるのも無理はない。
でも私はどうしても、マルベリーさんに学園の先生をやってもらいたかった。
「マルベリーさんは私の師匠で、魔法を教えるのが上手だって知ってるし、マルベリーさんも今は何をやろうか迷ってるって言ってたでしょ」
「確かに、今後の活動についてはまったくの未定ですけど……」
「魔術学園の先生なら、すごく待遇もいいみたいだし、魔導師の悪印象も少しは拭えるんじゃないかなって思ってさ。それに何より……これからは学園でも会えるようになるから!」
「……」
そう、これはただの私のわがままだ。
突然自由の身になって、これからどうしようか困っているマルベリーさん。
そんな彼女に道を示してあげたい、なんて大それた理由などではなく、単純に学園でも一緒にいたいから。
ちょうど学園長さんにも望みを一つ聞いてもらえることになっていたし、これが一番いい使い方だと思った。
「学園でも内通者だった者が抜けた穴があるので、新しい人材を国家魔術師の中から選抜しようと思っておったのじゃ。何よりあのサチの頼みであるからな、学園ではすでにマルベリーを採用できる手筈が整っておる。まあ最初は教育実習から始めてもらうことになるが」
「私が、魔術学園の先生に……」
呆然としているマルベリーさんに対し、私は申し訳ない気持ちで言う。
「もちろんこれは私のわがままだから、無理にとは言わないよ。マルベリーさんが人目に慣れてないのは知ってるし、他にやりたいこととか見つかってるなら全然そっちを優先してもらってもいいから。ただ、選択肢の一つとして考えてもらえたらなって思って……」
「……」
突然の話だから、さすがにすぐには決められるはずもない。
だから一度持ち帰ってもらうつもりで、私はそう提案したんだけど……
「……私も、サチちゃんのことを、いつでも守ってあげられますもんね」
「えっ?」
マルベリーさんは、学園長さんの方に目を向けて、にこやかな笑みを浮かべた。
「私なんかでよろしければ、是非この学園で先生をやらせてください」
「……」
私は衝動に任せて、大好きなマルベリーさんにぎゅっと抱きついた。
こうしてマルベリーさんは、咎人の森から解放されて、魔術学園で先生をやることになった。
そして私はこれから、大好きなマルベリーさんや友達に囲まれて、学園生活を送ることになる。
こんなにも幸せな瞬間が訪れるなんて思ってもみなかった。
『マルベリーさんも一緒に入学してくれたらなぁ』
マルベリーさんに魔術学園の入学を勧められた日のこと。
私は冗談のつもりでこんなことを言ったけど、まさかそれすらもこうして実現できるなんて。
やっぱり私は、とんでもない幸せ者なんだ。
この幸せを私だけが味わって本当にいいのかな。
ううん、それはあまりにももったいない。
幸運は誰のもとにも平等に訪れるべきものだし、やっぱりみんなが幸せの方が私だってより幸せな気持ちになれる。
だから……
どうかみんなのもとにも、こんな幸運が訪れますように。
幸運値999の私、【即死魔法】が絶対に成功するので世界最強です おわり