アリメントを拘束した後。
私は彼女の身柄を抱えて、防衛隊が集まっている北門の前までやって来た。
そこにはすでに多くの魔術師たちが集まっており、マルベリーさんとポワールさんの姿も見える。
「あっ、銀髪の子が帰って来たぞ!」
「あの子が、魔獣侵攻を止めた英雄……!」
「……えぇ、めっちゃ行きづらいんですけど」
何やら妙に注目されている。
まあそりゃ、あれだけ盛大に即死魔法で魔獣の大群を一掃したとなればこの注目も当然か。
英雄なんて呼ばれるとむず痒いけど。
私は居心地の悪さを感じながら、なんとかマルベリーさんたちの前まで辿り着いた。
『おかえりなさい、サチちゃん』
「うん、ただい……ま?」
するとそこに、もう一人見知った人物の姿を見つける。
貴族風の黒コーツに身を包んだ、整った顔立ちの爽やかな茶髪男性。
「遅れてしまってすまないね、サチ・マルムラード君」
「ヴェ、ヴェルジュさん!?」
襲撃隊の指揮官を務めていた、術師序列一位のヴェルジュ・ギャランさんだった。
一、二時間ほど前になるだろうか、ミストラルの隠れ家でプラムに不意打ちを受けて意識を失ったはず。
「体はもう大丈夫なんですか?」
「あぁ、傷なら治癒魔法で治したから問題はないよ。ただ、まだ少し意識がぼんやりするかな」
無理もない。
南部襲撃隊の暴走をほとんど一人で収束させて、その疲労の隙をプラムに突かれたのだから。
ここまで早く意識を取り戻せるなんて驚きである。
で、おそらく襲撃隊の他の魔術師たちから状況を聞いて、ここに駆けつけて来てくれたのかな。
「ず、随分と来るの速いですね。ミストラルの隠れ家から王都まで、だいぶ距離があるはずなのに」
「君がそれを言うのか……」
ヴェルジュさんは呆れたように乾いた笑みを浮かべる。
「多重詠唱で長距離転移魔法が使えるんだよ。王都くらいまでの距離なら、それで充分に行き来ができるから」
「それじゃあ襲撃隊の方は……?」
「他の魔術師たちに任せてある。俺がいなくてもミストラルの兵士たちの連行は滞りないからってさ。だからすぐに駆けつけられる俺だけ王都まで戻って来たんだ」
魔獣侵攻が開始されたと聞いて心配だったから、とヴェルジュさんは言った。
なら、私が隠れ家の方に戻る必要もないだろう。
必要があればまた隠れ家の方に戻ろうと思っていたけど、どうやら滞りはないみたいだから。
第三層で襲いかかって来たあの研究員たちも、操っていた魔獣を一掃した後に無事に拘束できたからね。
「でもまさか、君一人で魔獣侵攻を終わらせてしまうなんてね。さすがに驚かされたよ」
「いや、私一人ってわけじゃ……」
そもそも私が来るまで魔獣侵攻を止めていたのは防衛隊の国家魔術師のみんなだし。
そういえば南門の方には魔術学園の三年生の姿もまばらに見えた。
みんながみんな防衛隊の一員として王都を守ってくれたから、町が壊滅せずに済んだのだと思う。
魔獣を殲滅できたのだって、マルベリーさんの魔導師としての力があったからだし。
そんなことを考えて、改めて今回の勝利がみんなのものだと実感を覚えていると、ヴェルジュさんが私が抱えている人を見て目を細めた。
「彼女が、ミストラルの頭領のアリメント・アリュメットか?」
「はい。居場所を特定して捕まえて来ました」
瞬間、『おぉ』という驚きと感嘆が含まれた声が周囲で上がる。
アリメントは現在、拘束魔法によって身動きを取ることができない。
それに加えて今は泣き疲れたせいか静かに眠っている。
「何から何まで本当に助かる。今回の作戦の立役者は、間違いなく学生の君たちだな」
すでにミルとかポワールさんの活躍も聞いているのだろう。
思い返せば確かに学生たちの活躍が目覚ましいように思える。
でも、各隊で尽力していた国家魔術師の人たちがいなければ、この活躍は成り立たなかった。
「それじゃあアリメントの身柄はこちらで預からせてもらう。彼女には聞きたいことが山ほどあるからな」
「はい、よろしくお願いします」
私はアリメントの体をヴェルジュさんに託して、ようやくのことで肩の力を抜いた。
あとはアリメントが罪を自白すれば、ミストラルの悪事のすべてが明かされる。
それでようやく、マルベリーさんの冤罪も晴らされることになるのだ。
「…………いや」
まだ確実にそうと決まったわけではないのか。
大災害を引き起こした犯人は捕まえられたけれど、町の住人たちの不信感はいまだに拭えていない。
アリメントが自白しても、魔導師が災いの元だと思い続ける人はきっといるはず。
それもこれも十二年前に、心ない魔術師たちによって魔導師が大災害の源だと決めつけられたからだ。
マルベリーさんを陥れようとする人は、昔ほどじゃないだろうけどまだ組織内にいるだろうし、念には念を入れて……
「あの、皆さん!」
「「「……?」」」
「一つお願いをしてもいいですか?」
国家魔術師たちに注目されている好機を生かして、私は声を張り上げた。
皆の視線がさらにこちらに集中する中、ヴェルジュさんが首を傾げる。
「んっ、なんだい改まって?」
「ヴェルジュさんにもお願いできたらと思うんですけど……」
私はポワールさんのナイトキャップの上にとまっていたマルベリーさんを抱えて、お願いの内容を口にした。
「証言してもらえませんか?」
「証言? いったい何を?」
「魔導師マルベリーが……ここにいるフクロウが、みんなのために頑張って戦っていたって」
『サ、サチちゃん……』
私のお願いを聞いて、周囲の魔術師たちの間にどよめきが走る。
どうやらまだ、フクロウの正体については明かしていなかったみたいだ。
「ま、魔導師マルベリーだと?」
「本当にこのフクロウが、魔導師マルベリーなのか?」
「ど、どうして森を抜けて……」
『そそ、それにはちょっとした事情がありまして……!』
それについては私も知らないけれど、ヴェルジュさんがもっともな意見を言ってくれた。
「この際、それについて咎める必要はないだろう。このフクロウの活躍の程は、すでに多くの者たちから聞いている。フクロウの助力がなければ、今頃戦線は崩壊して町への侵攻を許していただろうとな」
そう、フクロウの体を借りて咎人の森を抜け出したことなんて、今回の活躍で完全に帳消しになると思う。
どころか称賛というおつりまでもらってもいいほどだ。
どうしてホゥホゥさんの体を借りてまで抜け出したのかは、少し気になるけれど。
「だから証言の方も当然させてもらうよ。彼女がいたからこそ、大きな被害を出さずに済んだってね。でもどうして改めてそんなことを?」
「マルベリーさんは私の師匠なんです。私はマルベリーさんの冤罪を晴らして、咎人の森から出してあげるためにここまで戦ってきました。だからマルベリーさんは悪い人じゃないってことを、町の人たちに伝えてほしいんです」
災いを引き寄せる悪い存在ではなく、町を守ってくれた英雄の一人。
その事実をみんなの口から伝えてもらうことで、咎人の森からの解放をより確実なものにする。
「そういえば君の姓は、魔導師マルベリーと同じものだったね。まさか彼女が君の師匠だったとは」
「マルベリーさんは今も、あの薄暗い静かな森で孤独な思いをしています。もうこれ以上、マルベリーさんに寂しい思いはさせたくありません」
だからマルベリーさんを助けるために協力してほしいと続けようとすると……
「まず一つ言っておくと、魔導師マルベリーだったら、ミストラル側から大災害を引き起こした証拠を得られたら解放するように、すでに俺の部下たちが段取りを進めているはずだよ」
「えっ、そうなんですか?」
全然知らなかった。
というか国家魔術師たちは、正直マルベリーさんのこととかすっかり忘れていそうだと思った。
でも、ちゃんとマルベリーさんのことを考えてくれていたようでなんだか嬉しい。
「でも、確かにそれだけだと少し不安が残るね。アリメントから自白が取れても、それでも迷信を信じる者たちは少なからずいるだろうから」
「はい。なので、やっぱりヴェルジュさんとか他の有力者たちから直接証言してもらった方が確実かと……」
「まあ下手をしたら、咎人の森から戻って来た彼女を非難する声も上がるかもしれない。だから王都を守るのに貢献したという実績を示すことで、魔導師が無害どころか有益であることを強く主張した方がいいかもしれないな」
それに敵は国家魔術師側にも存在している。
十二年前ほどじゃないだろうけど、きっとまだマルベリーさんを陥れようっていう人はいるはずだから。
ここで住人たちの信用を完璧に勝ち取っておけば、咎人の森からの解放がより確実になるはず。
「よし、それじゃあさっそくそれを伝えに行こうか」
「えっ、さっそく?」
「ちょうど今は、住人たちが魔術学園に避難しているんだよ。君の師匠の無実を証明するなら、今が最大の好機じゃないかな」
「……」
私は抱えているマルベリーさんと目を合わせる。
町の人たちが今、魔術学園に避難している。
確かに今が、最大の好機。
そこなら多くの住人たちに、マルベリーさんの無実を主張することができる。
「俺たちも手伝うぞ」
「魔導師マルベリーが力を貸してくれたおかげで、町を守れたってな」
「私も、フクロウさんのこと、みんなに伝える」
『皆さん……』
マルベリーさんはフクロウの顔を僅かに俯けて、微かに体を震わせていた。
歓喜を示す彼女を見ながら、ヴェルジュさんが申し訳なさそうに言う。
「すまないね。本来であれば、もっと早く出してあげるべきだった。でも俺一人の力じゃ、住人たちの意識まで変えることはできなかったから。そもそも当時、俺にもっと力があれば決定を覆すこともできたんだけど」
「マルベリーさんの幽閉に対して、当時の魔術師たちは肯定的だったんですか?」
「俺も国家魔術師になって日が浅い時だったから、詳しくは知らないんだけど、魔導師幽閉は上の魔術師たちの総意で決まったものらしいんだ。住人たちの間に走った不安を拭うために、致し方ない犠牲だってね。まあ、彼女を妬む者たちが多かったのも理由の一つだと思うけど」
「……」
大災害に見舞われて、混乱の渦に陥った町と住人。
その状況を解決するためには、原因を明らかにするしかなかったのだろう。
そこで白羽の矢が立ったのが、災いの元という伝承があった魔導師のマルベリーさん。
ついでに才能ある彼女を封じることができれば僥倖。やはり当時の国家魔術師たちはそう考えたみたいだ。
「実際、当時の住人たちの不安の声は相当大きかったからね。加えて政府側は魔導師を囲うことによって、彼女の力を利用することができる」
「あっ、そっか。そういえばマルベリーさん、新しい魔法の詠唱式句をホゥホゥさんを通じて伝えてたもんね」
『それが政府との契約でしたから……』
外界との手紙のやり取りを許可してもらう代わりに、政府に色々な報告をしていた。
その一つに、新しく魔素から聞き出した“詠唱式句”も含まれていた気がする。
確かにその話を聞いた時から、上手く利用されているような気配は感じていたけど……
「でも今ならきっと、住人たちの意識を変えられるはず。ここには多くの証人たちもいることだし、大災害を引き起こした真犯人まで見つかっているんだから。魔導師は悪い存在じゃないってわかってもらえるはずだよ」
「はい」
そう、これでようやくマルベリーさんは自由になれるんだ。
もうどこにも閉じ込められることなく、誰にも縛られることもない。
私は改めて辺りを見渡して、みんなに頭を下げた。
「マルベリーさんを助けるために、皆さんの声を貸してください」
その声に、防衛隊として戦ってくれた魔術師たちは、心強い返事をしてくれた。
それを受けて、抱えているマルベリーさんは再び嬉しさを隠すように俯いてしまう。
そしてさっそく、数人の国家魔術師たちと一緒に魔術学園に向かうことになった。
残りの防衛隊の人たちに後片付けや警戒を任せて、学園への道を踏み出そうとしたその時――
「――っ!?」
唐突に足に力が入らなくなり、思わず膝を突いてしまった。
遅れて自覚する極度の疲労感。
頭がぼんやりとして、額には脂汗が滲み、息も次第に荒々しくなっていく。
『サ、サチちゃん? 大丈夫ですか?』
「さすがに、ちょっと疲れてきたかも。でも、大丈夫……」
私はマルベリーさんにぎこちない笑みを見せて、ゆっくりと立ち上がった。
ここまで休みなく戦い続けてきた。
何度も強烈な緊張感を味わって精神をすり減らしてきた。
体力にも自信がある方ではないので、いつ倒れてもおかしくない状況だったのだ。
でも、今ここで倒れるわけにはいかない。
あと少しで、私が叶えたいと思っていた夢を……マルベリーさんを自由にしてあげるという夢を、実現させることができるんだから。
もうちょっとだぞ。頑張れサチ。