「…ミネさん、いますか?」
私は台所へ向かうと、先輩女中のミネさんの姿を探した。
彼女はちょうど、米炊きの準備のために釜の前でしゃがみ込んでいた。
「あの、ミネさん。」
「…ん?ああ、フヨじゃないの。何か用?」
ミネさんは首を回して私の姿を確認すると、再びお釜に目を戻す。
忙しい中あまり邪魔をしたくない。私は簡潔に用件を伝えることにした。
「私が藪入りで屋敷を出てる間に、もしも“野良犬”が来たら、餌やりを頼みたくて…。」
「野良犬?…ああ、たまに屋敷周りをうろつく奴かい。」
私の唯一の友達は、ミネさんではない。そして残念ながら“人”でもない。
私が下女奉公へ来てすぐ、屋敷に迷い込んで来た“犬”だ。昔餌付けをしてから、度々屋敷周りに現れるようになった。
でもいつも、決まった時刻に顔を出すわけじゃないから、たまたま私が不在時に来ておあずけを食らうのは可哀想だ。
「あいよ。もし見かけたら残り物をやっとくよ。」
「ありがとう。」
用件が済むと、ミネさんは元のように炊事に集中してしまった。
「…………。」
私はそれ以上話しかけることはせず、速やかに台所を後にした。