「フヨさん達が“妖怪”と呼ぶものですよ。
この人間の姿はただのまやかし。今見たあの、人食いの“送り犬”こそが本当の姿ですよ。」
「……送り犬…。」
その呼び名に私は覚えがあった。
使用人達の話していた妖怪の噂。狐や狸に並び、密かに囁かれていたその名。
“夜道を歩く人の後ろを付け狙い、やがてその人を食い殺してしまう。”
たった今、追い剥ぎを飲み込んだように。
でも、
「……九郎は、私を食べたりしないでしょう…?」
「…………。」
だって、私が転びそうになったところを助けてくれた。
水に落ちそうなところを引き留めてくれた。
そして今だって、追い剥ぎに襲われた私を助けるために…。
確かにさっきの姿はとても不気味で、とても恐ろしかった。なぜ彼が頑なに素性を明かしたがらないのかも理解できた。明かせば、きっと私は怖がって逃げてしまう。少なくとも出会ったばかりの時はそう。
でも、今は違う。九郎が私を食べずに助け続けてくれたように、私も、
「…私、あんたのこと信じたい……っ。」
私は泣きそうな顔をしているだろう。
恐怖も勿論ある。でも半分は、安堵したからだ。九郎がやっと私に本当のことを教えてくれたから。
別に嫌ってなんかない。その気持ちが伝わってほしい。