しかし奴は恐ろしく足が速いのだ。
私が力の限り走っても、チラッと隣を見れば、

「!!」

「お急ぎですか、フヨさん?
あんまり飛ばすとすぐにバテますよ?」

余裕な顔で並走する九郎がいた。
そのにこやかな顔がますます恐怖を煽って、私はただ前だけを見て、走ることだけに意識を集中させた。
山道を走るのは危険。そんなことは分かってる。でも走らなきゃこの男から離れられないのなら、喜んで全力疾走するというもの。

そして、冒頭の会話に繋がる。

「……………。」

「ーーー芙代(フヨ)さん、芙代さん。
あまり急ぐとすぐに疲労が溜まりますよ。
とは言え僕も走るのは好きです。こうして仲良く一緒に並んでいると、端から見れば夫婦に見えるんでしょうか?」

「…………。」

「フヨさん?ねえフヨさん?
…ああそうか、心配してらっしゃるのか。
大丈夫、草むらからどんな動物や追い剥ぎが飛び出して来ても、僕が守ってあげますからね。」

「……っ!」

そして、私はたまらず、冒頭のあの言葉を口にする。


「…も、もう付いて来ないでこの、
ちかん!!」

「…………フヨさん、仮に僕が痴漢だとしても、それは貴女に対してだけだ。」

「……弁解になってない!!」

私と九郎の追いかけっこは、実に日が傾き夕暮れに差し掛かるまで続いていた。


「………はぁ、はぁ、はぁ…。」

九郎の言う通り、先に限界が来てしまったのは私のほうだった。
息もすっかり上がり、脚も痛くなってきた。早歩き程度の体力も無くなって、後はトボトボと足を動かすばかり。
他に方法が無かったとは言え、なんだか我ながら情けなくなってきた。