この日は天気が良く、汗ばむけれど森の中にいるおかげで、暑さでバテることもなさそうだ。
でもさすがに足が疲れてきた。そろそろ休みたいし、水も飲みたい…。
そう考え始めていた頃、

「向こうに沢がありますね。
ちょっと休憩しましょうか。」

「えっ…。」

九郎が進行方向を指差した。
確かにここからしばらく歩いて、獣道を少し逸れた所に沢があったはずだけど…、

「な、なんで分かるの?」

私の耳には水音なんて聞こえない。
九郎は何も答えない代わりに、肩をすくめてみせた。

「すぐそこまでフヨさんを担いでいっても構いませんか?」

「えっ、なんで急に…。」

けれども私の意見は聞いてないみたい。
九郎はこっちへ歩み寄ると、私の背中と膝裏をヒョイッと持ち上げ、そのまま胸の中に抱き留めてしまった。

急に視界が高くなって、私は思わず九郎の首にしがみ付く。

「あ、フヨさんの匂いが近い。ふふ。」

「…ひっ!」

その言い方が気味悪く、今度は出来る限り九郎の顔から体を離した。

一人慌てる私には構わず、九郎はそのまま歩き始める。
このままどこかへ連れ去られてしまうんじゃないか。そんな不安も多少はあったけど、疲れ切った今の私には、運んでもらうのがとても楽で。

「………。」

誰かに抱えられるなんて体験は、幼い頃に両親にされた以来。気持ちは嫌なのになぜか、私はこの状況を少しだけ味わってもいい気になってしまうのだった。