返事を打つと、すぐに返ってくる。そこにいるのだと思えるような距離感で、夏菜は哉斗と様々な話をした。
 多分付き合わなかったら、わざわざしなかったようなやり取り。好きな映画や、気に入ってる音楽の話など他愛もない会話が、続いていく。
 ふと、夏菜は画面をスクロールさせてさっきのメッセージをもう一度眺めた。
 ――夏菜の模試の結果。すげー良かったじゃん。
 ただの友人のままだったら、きっと彼も夏菜の結果を見なかっただろう。こうしてメッセージで感想を言う事も無かったはずだ。
 だが彼は、模試の結果を見てくれた。そして今、一緒にいるように話している。
 会話を終わらせてしまうのがもったいないと、この時夏菜は初めて思ったのだった。

 翌朝は、つけっぱなしにしていたクーラーの作動音で目を覚ました。
 一瞬、母親が出ていった音かと錯覚したけれど、窓の外はすでに明るかった。いくら夏とはいえ早朝とは思えない明るさだ。まさかと思いながらスマホを見て、夏菜は飛び起きた。いつもなら家を出る時間になっていたからだ。
 慌てて身支度を調えて、荷物の入ったカバンを手に取る。スマホには母親からの『寝坊してご飯食べられなかった、ごめん』という文字が見えたけれど、返事する余裕もなく夏菜は家を飛び出した。
 真夏の太陽が、容赦なく照りつけていた。
 湿気混じりの熱気とアスファルトの照り返しに、一瞬目がくらむ。時計を見ると、予備校の授業が始まる十分前だった。
 予備校は、駅を超えた向こうにある。夏菜の家から予備校までは、大体歩いて十五分の距離だ。
 走れば間に合う。横髪を耳にかけると、夏菜は走り出した。
 平坦な住宅街を抜け、線路沿いに走っていく。踏切を越え南口に出た先に、予備校はあった。
 あと、三分しかない。時計を見ながら走っていた夏菜は、その時不意に忘れ物を思い出してしまった。前髪を整えるヘアジェルだ。
 あれがないと走って乱れた前髪が直せない。階段の途中で、そう思い出したのがいけなかった。
 階段を踏み外し、その拍子に足首に痛みが走る。
 どうやら、足を捻ったようだった。けれど、その痛みを無視して予備校へとひたすら走る。
 その甲斐あって、夏菜はギリギリ授業が始まる前に教室に滑り込む事が出来た。