遅くに帰って来た母親の体にいい献立は何だろうと考えながら、冷蔵庫から食材を取り出していく。
 そうして、自分と母親の分の夕飯を夏菜は作り始めたのだった。

 母親が帰って来たのは、予定よりもずっと遅い二十四時頃だった。
「ただいまー」
 入浴も済ませ、もう寝ようかと思っていた夏菜は聞こえてきた声に部屋を出る。
 母親は、疲れた様子で髪をかきあげながらパンプスを脱ぎ、そのまま風呂場へと直行した。
「遅くなったごめんー、風呂入ったら寝るわ」 
「ご飯は?」
「適当に食べてきちゃった、明日の朝食べるから」
 脱衣所から聞こえてくる声に、夏菜は小さくため息をつく。そう言って母が翌朝、残しておいた夕食を食べられた試しはない。大抵ギリギリまで寝ているせいで、朝ごはんを食べる時間が無くなるのだ。
 せめて連絡が欲しかったと夏菜は思ったけれど、それを打つ暇すらないから帰宅がこの時間だと思い直す。
 風呂場のドアを開く音が聞こえたので脱衣所に入ると、脱ぎ散らかされた服が床に置かれていた。洗濯カゴにそれを放り込み、夏菜は風呂場にいる母に声をかける。
「お母さん、あんま無理しないでね」
「ありがと! 夏菜がしっかりしてるからいつも助かってるわ。ありがと」
「ううん。……お母さん、あのさ」
 夏菜の呼びかける声は、シャワーの音にかき消された。
 風呂から出たら髪が乾くのも待たずに寝てしまうだろう。明日もまた、早朝からの出勤なのだから。
 忙しい母親を、応援すると決めている。感謝だってしている。
 だから、別に平気だ。――これが、普通だ。
 夏菜は、乾燥機付き洗濯機に母親と自分の洗濯物をまとめて放り込むと、脱衣所を後にした。

 夏菜も、明日はまた夏期講習だった。明日の分のテキストを準備してから、部屋の電気を消してベッドに潜り込む。そして寝る前に見ようと充電中のスマホを手に取ると、メッセージが届いている事に気がついた。哉斗からだ。
 届いていたのは、シンプルな雑談だった。普段教室でするような話題に、なぜか夏菜はほっとした。
 哉斗とは毎日、こんな風にメッセージのやり取りをしていた。
 夏期講習がある日は夜だけ。ない日は昼間も少しメッセージで会話をする。
 予備校で会うからと、わざわざデートに出かけたりはしていなかったけれど、こうしてするささやかな交流が夏菜は嫌いでは無かった。