あの夏の登校日。『カナ』と『カナト』でたまたま名前が似てるという理由で文化祭実行委員の買い出しに選ばれたから。だから、何となく付き合う事になった。――でもクラスのカップルのほとんどが、そんなものだ。
 夏休みに一人で過ごすのが嫌だから。新しい季節の始まりを、誰かと共有したいから。
 だから『私たち』は恋したフリをする。
 やがて先生が入って来て、今日の授業が始まる。
 寒すぎるクーラーの冷気が、昼の日差しに汗ばんでいた肌を冷やしていた。

「ただいまー」
 夏菜が家に帰って来たのはもう十九時を過ぎた頃だった。誰の返事もなく、部屋には暗闇が広がっている。まだ母親は帰っていないようだった。電気をつけ、冷蔵庫に買ってきたばかりの食材を仕舞っていく。
 激務の母親に代わって食材の買い出しと料理をするのは、夏菜の役割だった。
 二人で元気に頑張っていこう。そう母親と約束したのは、中学二年の頃。
 この生活にも、もうすっかり慣れていた。でも今日ばかりは母の姿がない事に落胆する。一つだけ、話したい事があったからだ。
 その時、メッセージの届く通知音が響いた。母からだろうかと見たスマホの画面には、哉斗の名前が浮かんでいた。
 ――今日の結果まじビビったわ。
 ――結果って?
 聞けば、すぐに返事が来た。
 ――夏菜の模試の結果。すげー良かったじゃん。
 当たり前のように言われて、夏菜は驚いた。予備校の廊下に前回の模試の結果が張り出されていたけれど、まさか結果を見られていたと思わなかったからだ。
 言われて初めて、哉斗の結果を見ていなかったと気づく。
 ――哉斗はどうだった?
 夏菜の質問に返って来たのは、青ざめた顔をしたキャラクターのスタンプ。
 ――俺のはグロすぎて無理。言えない。
 あまりに率直な返しに、つい笑いそうになってしまった。
 頑張れ、と書かれたスタンプを返してスマホをカウンターに置く。
『夏菜の模試の結果。すげー良かったじゃん』
 哉斗の声が聞こえてきそうなメッセージに、自然と頬が緩む。
 今日、母に話したいのはまさにこの話だった。
 前回よりもぐっと上がった成績を知ったら、母は喜んでくれるだろうか。
 カレンダーのスケジュールを見る限り、母親は二十一時には帰って来ることになっていた。
 なら夕飯は家で食べるはずだ。その時に、模試の結果を報告できるだろうか。