――夏の教室で、私たちは嘘をついた。
 好きじゃないのに好きだって言う嘘。恋人になる為の、小さい嘘。
 でも多分、みんな同じ嘘をついている。
 そうしないと私たちは、息ができなかったから。

 冴え冴えとした青空に、くっきりとした入道雲が浮かんでいる。
 夏期講習へ向かう道の途中。信号の色が変わるのを待っていた夏菜は、夏の日差しを手で遮って息を吐いた。
(雨が、降ればいいのに)
 そうすればきっと、涼しくなる。――退屈な道が、ほんの少しだけ変わる気がする。
 けれど雨の気配はどこにもなく、一斉に鳴く蝉の声が響いているばかりだった。
 青い空と、白い雲の境界線が目に痛い。
 色の変わった信号に歩き始めたその時、後ろから自転車のベルが鳴る音がした。
「夏菜」
 そこにいたのは、哉斗だった。同じ文化祭実行委員をしている同級生。そして今は夏菜の彼氏だ。
「おはよ」
「おはよ。今日は早いね」
 自転車から降りて、哉斗が隣に並んで歩き始める。哉斗とは、付き合い始めてまだ一週間しか経っていなかった。だからか、並んで歩いていても何となく距離が遠い。
 触れそうで触れない距離を保ったまま、二人は歩いていた。
「今日、小テストだったよね」
「勉強してきた?」
「そこそこ」
 当たり障りのない会話をしている間に、予備校へと到着した。自転車を止める哉斗を待ってから、二人で一緒に予備校に入っていく。
 エレベーターを降りて教室に入ると、すでに夏菜の友人は揃っていた。同じ学校に通う、仲のいい女子友達だ。
「二人で一緒に来たんだ」
「うん。そこでたまたま会って」
 哉斗に、また後で、と告げて夏菜は友人たちの輪に加わった。哉斗も同じように、男友達のいるあたりに席を取る。
 恋人同士だけれど、並んで授業を受けるほどじゃない。それが、二人の距離だった。
「うまくいってる?」
「うん、まあ。でもほら、まだ一週間だから」
 曖昧に返事をして、夏菜は小テストに向けてテキストを開いた。
 高校一年の夏。勉強はまだ必死になるほどではなく、そして彼氏がいないと焦るほどでもなかった。
 実際、哉斗から言われなければ、夏菜は誰かと付き合おうと考えもしなかっただろう。
 そしてきっと、哉斗もきっかけがなければ言わなかっただろうと夏菜は思っていた。