それから叶はなぜか僕の所によく来ては、一緒にお弁当を食べたりしてくれた。最初の数週間は戸惑いとウザったさがあったけど、叶と話してる時間は自分らしく居られて楽だった。口下手な自分のことを理解してくれてる気がして、僕からも話をすることができた。いつの間にか嫌いという感情は無くなっていた。それでも苦手という感情はどこかに残ったままだった。

「なぁ、陽介ってさ、夢とかないの?」

 星丘高校に入って最初の七夕祭りの前日に、僕は叶にそう聞かれた。

「夢……いい大学に入るとかかな」

 短冊にも同じことを書きながら、叶の質問に答える。
 叶は僕の答えに対して、うーんと腕を組みながら、

「あぁ~それもいいよなぁ。他にはないの? なんかこう、ちょっと現実離れした願いとか。お金持ちになりたい!みたいな」
「……ないけど。叶わなさそうなこと願っても無駄だから」

 高校生にもなって、非現実的なことを願っても何にもなりやしない。
 夢見る時期は、もうとっくに過ぎているのだ。

「——もったいなくね?」

 一瞬流れた僕らの間の沈黙を切るように、凛とした声で、叶はそう言った。
 俺はその言葉と声につられて、叶の顔を見た。真剣な顔だった。
 そしてその表情と言葉は、まるで魔法かはたまた呪いのように僕の体を動けなくした。

「お~い、叶ちょっと来てくれ!」
「あ、先生。ちょっと行ってくる!」
 
 いつもの元気な彼の声と、叶がガタンと椅子から立ち上がった音で、僕の体はようやく動いた。
 廊下の方に駆けていく叶の後姿を見て、手元の短冊をクシャリと握る。
 あぁ、だから君のことが苦手だ。嫌いじゃない。でも、そんな真っ直ぐな瞳で、真っ直ぐな言葉をぶつけてくる君が、心底苦手だよ。
 叶が時折ぶつけてくる正論でも感情論でもない。そんな不思議な「叶の言葉」が苦手だよ。
 ふと思う。僕が星なら、君が、叶が、心の底で何を願っているか知りたいと。叶の世界を見てみたいと。
 そんなことを思うようになってから、七夕祭りは、ある意味特別で忘れられない日になっていたんだ。