僕は最初、叶が少し嫌いで苦手だった。

 それは星丘高校入学式当日。風が強かったその日。
 その日僕はたまたま早く学校に来てしまい、僕以外にに新入生はほとんどいなかった。
 桜の花びらが風に吹かれて舞い、視界を遮る。桜が散るのも時間の問題だな、なんて思いながら歩いて校門を通ろうとした時。
 叶が校門のところに植えられている桜の木の所で空を見上げながら、微笑んでいたのを見かけた。それが叶との出会いだった。
 叶は僕の姿に気付いたのか、アッという顔をして、

「おはようございます!……って俺と同じ制服……あ、悪い! 背が高くて先生かと思った!」
「……いや、慣れてるから。えっと、僕と同じ新入生、だよね」
「よくわかったな。あ、そっか。一年生は紺色のネクタイだもんな。俺は幸野叶。四組。君は?」
「夏川陽介。四組。よろしく……っていうか何してたの」
「空、見てた!」
「……それ、楽しい?」

 ニカリと笑う叶を見て、僕は心底不思議そうな顔でそう返した。それから僕はしまったと内心焦る。嫌な言い方だった。
 案の定叶はポカンと口を開けて、それから僕に背を向ける。

「あ、悪い。別にバカにしたとかじゃなくて、不思議だなって、」
「ほら!」

 叶えは僕の言葉を遮り、僕の手に強引に何かを渡してきた。そっと開くと、手の平には一枚の桜の花びらがあった。
 
「さっき取ったばかりだから、土とかついてないと思う。じゃあ、空に透かしてみて」

 背を向けてたのは花びらを取っていたからだったと遅れて気づいた僕は、慌てて言われたように桜の花びらを空に透かした。
 太陽の光を浴びた桜の花びらは、うっすらと空の綺麗な青色を透かしていた。

「桜ってさ、桜の花だけを見たり、咲くまでの経過を楽しんだり、色々楽しみ方があるじゃん。その中でも俺は、桜の花びらを晴れた空に透かすのが好きなんだよな……っていうか、空をこうやって見上げるのが好きなのもあるんだけど」

 そう言って叶は再び空を見上げる。その横顔は、空を見つめる瞳は、本当に愛おしそうだった。
 僕は彼の横顔を見て、そして桜の花びらをもう一度空に透かす。
 すでに世界のどこかで何十人も見つけていそうな、桜の楽しみ方。それを少し得意そうに話す彼を見て、なぜだか僕は劣等感に駆られた。

「じゃあ、先に教室に行くから」

 叶の顔も見ずに、僕は一言そう言った。
 強い風が再び吹く。だんだんと新入生や保護者がやってくる。
 僕は桜の花びらを放してその場を去った。
 この時僕は、叶と同じクラスであることを完全に失念していた。