――……“彼”と“彼女”は、かつてあの村に住んでいた。
彼女はもともと別の村に住んでいたけれど、数えで13の年、親に連れられあの村へ移り住んだのだという。
そこで他家へ奉公人として4年ほど働き暮らしたある日、彼女は彼と出会う。
空気が凍るように寒い冬、まだ月の出ている暁のことだった。
――炉に火を入れていると、突然に声を掛けられたのです。
――知らない男性の声でしたので、驚いて振り返りました。
――そこにいたのが、彼でした。
彼女が奉公人として入った家は、当時あの村で栄えていたという、いくつかの商家のどれかだろう。
そして彼というのは、商学を習うために街へ数年間出ていた、その商家の跡取り息子だった。
彼女が綴っていた通り、当時であれば結ばれるはずもない立場の隔たりが、二人にはあった。