◇◇◇
「先輩」
「ああ、終わったの?」
「はい」
家の方に挨拶をして、先輩がいる蔵の中に入る。
大皿を興味深そうに眺めていた先輩だったけれど、私が声を掛けるとおもむろに話し始めた。
「……一次史料を研究に用いるときには、注意しなければいけない」
「……はい」
「たとえば本。著者にとって都合のいいことしか書いていないことも多く、どこまでが本当のことかもその本単体ではわからない。一次史料は重大な発見をもたらすこともあるけれど、批判的な検証が欠かせない」
「いきなりどうしたんですか?」
「つまり、ノンフィクションの体で完全なる創作が書き連ねてあることだってある」
「…………」
「…………」
飄々としている先輩が、珍しくよく喋ったかと思うと、困ったような顔をして視線を彷徨わせる。
数秒考えて、私はやっと彼の意図を悟り、半ば吹き出すようにして笑った。
「ありがとうございます、先輩」
少し捻くれた、わかりにくい不器用な慰めが、今はとても嬉しかった。