あまりに個人的希望が入ったことを考えてしまい、私はそっと首を横に振る。

 湖畔のボートに箱を持って乗り込み、白い息を吐き出しながら漕ぎ出した。

 山の小川から水が流れ込んでいるため、湖は透明度が高く、陽の光が差すと水中がよく見える。
 現在ですらこれなのだから、昔はもっともっと澄んでいたのだろう。

 底の方はさすがにはっきりとは見えないけれど、揺らめき複雑に光を反射する水面を見て、どうして彼女がこの湖に箱を――想いを沈めたのか、なんとなくわかったような気がした。

 結ばれることが(つい)ぞなかったとしても、彼への想いや彼との思い出は、彼女の中で決して暗い思い出ではなかったのではないだろうか。

 澄んでいて、きらきらと輝く大切なひとときだったのではないだろうか。

 だからこそ、わざわざ紙にありったけの胸の内を書き尽くして、大切な簪と共に沈めた――……少なくとも、私はそう思いたい。


 湖のおおよそ中心、最深部と思しきあたりまで来てボートを漕ぐのを止める。

 箱を取り、水面に浸して、深呼吸したあと手を離した。

 重石の入った箱は、隙間から空気を吐き出しつつ、ゆっくりと沈んでいく。


 ゆっくり、ゆっくり、湖底へ。


 箱が見えなくなり、最後に僅かな気泡が上がってきて、湖畔は静寂に包まれた。