「着いたよ」
「……っ、はい」
物思いに耽っている内に、時間は随分と進んでいた。
先輩がこの間と同じ場所に車を止め、私たちは上着を着て外に出る。
「じゃあ、僕はあそこに見える家に行ってくるから」
「はい」
先輩と別れて、トランクから箱を取り出した私は、湖がある林の方へ向かった。
(散々読んでおいてなんだけど、“これ”が読まれることを彼女は望んでいない……)
研究に役立つ史料とはなりえないし、誰かの所有物でもないものだから、元の場所――湖底に戻しても問題ないと許可はもらっている。
湖畔には再調査に備えてボートが置いてあるので、最深部がある湖の中央まで漕いで行って、そこで箱を再び沈めるつもりだ。
約束――……駆け落ちをする約束の日が翌日に迫った日、彼女は諦めがついているものの断ち切れない思いを紙に綴って、彼にもらった簪と一緒に箱に閉じ込めた。
――私はこれから荷物をまとめて、夜が明ける前に村を出ます。
――想いは箱に閉じ込めて、水底に沈めてこの村へ置いていくつもりです。
最後にはそう書いてあり、実際にこの箱は湖底から出てきた。
彼女は人知れず村を出て、彼は定められた通りの結婚をしたのだろうか。
あるいは――……。