意気揚々と東京へ戻った二人を待ち受けていたのは、容赦のない灼熱に包まれた街と冷たい現実だった。
じりじりとアスファルトの焼ける臭いがする。ゆらゆらと視界が揺らめいているのは陽炎なのか、眩暈のせいか。
夏の約束から既に二週間。七海は夢遊病者のようにふらふらとした足取りで都心のオフィス街を歩いていた。
今日の仕事は記事執筆用のインタビューだったのだが、インタビュイーが曲者だった。
一代で地元の和菓子屋を行列の絶えない洋菓子店へとリニューアルした男性だったのだが、七海の質問を完全に無視してひたすら自分語りを続け、
話があっちにいったりこっちにいったりする。七海がなんとか整理しようとして話を誘導すると途端に怒り出すような人物だった。
これはあとで原稿もびっしり直しが来るかも……。そもそもこれから何度も録音を聞きなおさないといけないと思うと文字起こしの前から憂鬱だった。
七海の憂鬱はこれだけではない。通りがかった大型書店に入り、起業・副業コーナーを覗いてみる。
ずらりとカフェ起業に関した書籍が並んでいた。
表紙には、「今日からあなたも人気カフェオーナー!」だの、「自分らしく素敵なお店で自由に働こう!」だのといった美辞麗句が躍っている。
しかし手元のスマホでネットの体験談を漁ってみれば「飲食は覚悟せよ」のオンパレード。
あくまでネット情報であり本当かどうかは分からないものの、あの日のわくわくもどこへやら、既に心が折れかけている七海がいた。
一方で彩夏の方は情熱も衰えることなく、メッセージアプリでこまめに進捗が送られてくる。
行動派の彩夏は今週末には島の不動産を回る予定にしているらしい。
しかしここにきて二人のスタンスの違いが明らかになってきていた。
イメージ優先で話を進めようとする彩夏と、予算や事業計画といった実務路線で話を進めようとする七海で意見が分かれていた。
どちらも間違ってはいないのだが、妙にお互い譲らないところがあり、週一の作戦会議は遅々として進まなかった。
先走って一人で場所まで決めようとしている彩夏に、七海は少し苛立ちを感じていた。
(私たち、同盟なんじゃなかったっけ)