「高宮さんって、どうして今まで友達ができなかったの?」
「えっ……え?」
あまりにも直接的な質問に、たじろいで足が止まる。まだ高い位置にある太陽が『何をやっているんだ』と責め立てた。
皆崎さんの所属している家庭科部は週に1回だけの活動かつ、他の友人は部活があったため2日連続で私が帰る相手に抜擢されたのだ。どれも馴染めそうにないからと入部を拒否した私にとって、この質問はかなり痛かった。
「わたし、高宮さんってもっと暗い子だと思ってたの」
「失礼な」
何も答えない私に、皆崎さんは追い討ちをかけた。反応は早くするべきだな、と反省する。
「ほら、今だって。わたしの高宮さん像はこんなこと言われても『え、あ、えへ』とか返してるよ」
「さすがに『暗い』って言われたら私だってちゃんと返すよ」
ムッとして言い返すと、皆崎さんは飄々とした顔で応える。
「うん。だから不思議なの。ちゃんとしゃべれるのに、どうして友達がいないんだろうって。作ろうと思えば作れるよね?」
「それとこれとは話が別じゃ……」
友達を作れる能力があっても、ひとりが好きで作らない人はたくさんいる。
……私は、どうだろうか。
皆崎さんは首を傾げている。皆崎さんも別問題だということはわかって言っているのだ。
私はひとりが好きなのだろうか。ひとりで本を読んで休み時間を過ごすことは好きだが、あえて友達を作らないでおこうと思ったことはないはずだ。
いつから、私は友達を作ることを諦めたのだろう。
「私に作れるのかな。友達」
「今はできてるけどね、わたしという友達がさ」
ぽつりと呟いたひとりごとに、皆崎さんは自分の顔を指差して答える。ふっと、心の重荷が取れたような気がした。
「友達、でいいのかな」
「高宮さんが友達だって思ったら、それでいいと思うよ」
皆崎さんがえらくざっくりしたことを言う。そもそも友達とはそういう、ざっくりしたものなのかもしれない。
「……私、どんどん周りとの距離ができていくのが怖かったんだ」
安心すると、どうして今まで友達を作ろうとしなかったのか見えてきた。思うままに言葉にする。
皆崎さんなら、そんな話でも受け入れてくれると思うから。
「例えば、私の家貧乏でさ。家はすっごくボロいし、外食はいいとこ牛丼。他に親に殴られてるって子もいなくて、親にどこどこ連れてってもらえたって話を聞くの、すごく惨めだったんだ。私もあの子たちみたいになりたいのに。私とあの子たち、何が違うんだろうって」
傍にいる皆崎さんは、静かに私の話を聞いている。目線は私のほうを向いていた。涼しい風が頬を撫でる。
「こんな思いしたくないって、ゲームの話とか、テレビの話とか、そういうのも避けてたら、私の周りには人がいなくなったの。気づいたら『辛い』って一言を言う相手もいなくなってさ」
口角をクッと上げる。皆崎さんが浮かべていたような、柔らかい笑顔にはまったく届いていないだろうけれど、それを彼女のほうへ向けた。
「ありがとう、皆崎さん。私に寄り添ってくれて」
孤独な毎日の連続で、昨日と今日は夢のような日だった。
誰も私の話を理解してくれない。誰も私のことを理解してくれない。その思い込みを、皆崎さんは覆してくれた。この2日で、私はどれだけ救われただろうか。
「最初に高宮さんが寄り添ってくれたからだよ」
皆崎さんは優しい声を発してから、言葉を紡ぐ。
「高宮さんは苦しい境遇にある人を救える力があると思うよ。どれだけひどいことを言われても、殴られても、それを忘れないでほしいの」
サァっと、街路樹の青葉が揺れた。
皆崎さんの幸せそうな表情は、私のおかげなの? ──その問いは発せられないまま、心の奥に沁み込んでゆく。
「じゃあ、また明日。またね」
「うん、また明日」
小さく手を振る皆崎さんに私も応え、ふたり別々の方向へ進んでゆく。
皆崎さんのいない電車内でも、幸せの後味が消えることはなかった。
「えっ……え?」
あまりにも直接的な質問に、たじろいで足が止まる。まだ高い位置にある太陽が『何をやっているんだ』と責め立てた。
皆崎さんの所属している家庭科部は週に1回だけの活動かつ、他の友人は部活があったため2日連続で私が帰る相手に抜擢されたのだ。どれも馴染めそうにないからと入部を拒否した私にとって、この質問はかなり痛かった。
「わたし、高宮さんってもっと暗い子だと思ってたの」
「失礼な」
何も答えない私に、皆崎さんは追い討ちをかけた。反応は早くするべきだな、と反省する。
「ほら、今だって。わたしの高宮さん像はこんなこと言われても『え、あ、えへ』とか返してるよ」
「さすがに『暗い』って言われたら私だってちゃんと返すよ」
ムッとして言い返すと、皆崎さんは飄々とした顔で応える。
「うん。だから不思議なの。ちゃんとしゃべれるのに、どうして友達がいないんだろうって。作ろうと思えば作れるよね?」
「それとこれとは話が別じゃ……」
友達を作れる能力があっても、ひとりが好きで作らない人はたくさんいる。
……私は、どうだろうか。
皆崎さんは首を傾げている。皆崎さんも別問題だということはわかって言っているのだ。
私はひとりが好きなのだろうか。ひとりで本を読んで休み時間を過ごすことは好きだが、あえて友達を作らないでおこうと思ったことはないはずだ。
いつから、私は友達を作ることを諦めたのだろう。
「私に作れるのかな。友達」
「今はできてるけどね、わたしという友達がさ」
ぽつりと呟いたひとりごとに、皆崎さんは自分の顔を指差して答える。ふっと、心の重荷が取れたような気がした。
「友達、でいいのかな」
「高宮さんが友達だって思ったら、それでいいと思うよ」
皆崎さんがえらくざっくりしたことを言う。そもそも友達とはそういう、ざっくりしたものなのかもしれない。
「……私、どんどん周りとの距離ができていくのが怖かったんだ」
安心すると、どうして今まで友達を作ろうとしなかったのか見えてきた。思うままに言葉にする。
皆崎さんなら、そんな話でも受け入れてくれると思うから。
「例えば、私の家貧乏でさ。家はすっごくボロいし、外食はいいとこ牛丼。他に親に殴られてるって子もいなくて、親にどこどこ連れてってもらえたって話を聞くの、すごく惨めだったんだ。私もあの子たちみたいになりたいのに。私とあの子たち、何が違うんだろうって」
傍にいる皆崎さんは、静かに私の話を聞いている。目線は私のほうを向いていた。涼しい風が頬を撫でる。
「こんな思いしたくないって、ゲームの話とか、テレビの話とか、そういうのも避けてたら、私の周りには人がいなくなったの。気づいたら『辛い』って一言を言う相手もいなくなってさ」
口角をクッと上げる。皆崎さんが浮かべていたような、柔らかい笑顔にはまったく届いていないだろうけれど、それを彼女のほうへ向けた。
「ありがとう、皆崎さん。私に寄り添ってくれて」
孤独な毎日の連続で、昨日と今日は夢のような日だった。
誰も私の話を理解してくれない。誰も私のことを理解してくれない。その思い込みを、皆崎さんは覆してくれた。この2日で、私はどれだけ救われただろうか。
「最初に高宮さんが寄り添ってくれたからだよ」
皆崎さんは優しい声を発してから、言葉を紡ぐ。
「高宮さんは苦しい境遇にある人を救える力があると思うよ。どれだけひどいことを言われても、殴られても、それを忘れないでほしいの」
サァっと、街路樹の青葉が揺れた。
皆崎さんの幸せそうな表情は、私のおかげなの? ──その問いは発せられないまま、心の奥に沁み込んでゆく。
「じゃあ、また明日。またね」
「うん、また明日」
小さく手を振る皆崎さんに私も応え、ふたり別々の方向へ進んでゆく。
皆崎さんのいない電車内でも、幸せの後味が消えることはなかった。