奇人のニューアイコンだ。

 矢野硝子(しょうこ)は学ランに狐面を着けた男の跡を追いながらそう思った

 平日ランチタイムの渋谷スクランブル交差点で、硝子は男から二メートルほど距離を取り、奇抜すぎるファッションセンスにごくりと息を呑んだ。
 よく見ると学ランではなさそうだ。詰襟ではあるが身体にフィットしたデザインは体型がはっきりと見え、細身で筋肉質なのが分かる。ボタンが無いうえ黒髪なので全身真っ黒だ。
 少々変わったデザインではあるが、これはまあ日常の許容範囲だろう。
 しかし狐面の着用は明らかに周囲から浮いている。お祭りならともかく、平日十三時というランチタイムに着用するファッションアイテムではない。
 それに狐面というには変わった形と柄をしている。一般的にイメージされる狐面よりも輪郭がシャープで凹凸も少ないうえ耳が細長い。
 普通は顔に模様が描かれ耳の内側が赤で着色されているような物が多いけれど、彼は左耳の内側と、そこから零れ落ちるように右目の下まで宝石のスフェーンが貼り付けられている。
 右耳に付けられた耳飾りからも大きなスフェーンがぶら下がっていて、陽の光を浴びるとライムグリーンにキラキラと輝いた。

 だがさらに目を見張るのはその背に背負っている物だ。
 何故白昼堂々と日本刀を持ち歩いているのだろうか。真っ白な柄と鞘にもスフェーンが施されていて、それは狐面とワンセットでそこにあるべきだと思わせる。
 だが、それとこれとは話が違う。確実に銃刀法違反だ。

 しかしそれよりも異常なのは、誰も彼に目を留めないという点だ。
 黒尽くめに狐面と日本刀なんて見ない方がおかしい。ハロウィンはまだ三ヶ月は先だというのに、どうしてみんな気にしないのだろう。硝子はファッションよりもそっちの方に恐怖を覚えた。

 硝子が、うう、と小さく唸ると、急に狐面の男がぐるりと首をだけを回してふり向き凝視してきた。百八十度とまではいかないが、身体は正面を向いているのに目が合うくらい首が回っている気持ち悪さに硝子はびくりと身を竦ませた。
 すると、狐面の男は硝子の足元にしゃがみこみ、無言で何かを拾い上げた。

 「仕方ないとはいえ、アレキサンドライトの原石を捨て歩くとは解せぬ。売価が幾らだか知っているか。宝飾品に仕上げれば一カラットで十万円を超える値が付く希少石だ。あんたも触れるようになることがあれば拾って歩け。売れば原価ゼロで金が手に入るのだからな。ああ、そうだ。後ろではなく横を歩いてくれないか。あんたの身体から生まれたら全て拾いたい」

 男がつらつらと文句を言いながら拾ったのは、硝子の身体から溢れ出るアレキサンドライトという宝石の原石だった。
 何故かそれはぽろぽろ、ぽろぽろと絶えず生まれてくる。
 物言わぬ狐面とは裏腹に饒舌な狐面の男は、腰に下げた小さな革の袋にアレキサンドライト原石を放り込むと、まるで何も無かったかのように歩き始めた。

 硝子がこの男を追いかける理由。
 それは、硝子の身体から溢れ出るのに触れない《アレキサンドライト原石》の正体を知るためである。