翌日。
「ふふ、よく来たわね。てっきり逃げると思っていたのだけど……まさか、きちんと時間通りに姿を見せるなんて。その度胸だけは褒めてあげる、あははは!」
先に庭に出て俺を待っていたアラムは、高笑いをあげた。
うっとうしい。
「アラム。高笑いなど品の欠ける行為はしないように、と言っていますよね?」
俺とアラムの試合の審判を務める母さんが、そんな注意をした。
母さんは生粋の貴族なので、品の欠ける行為を嫌う。
「す、すみません。お母様」
アラムも親には逆らえないらしく、おとなしく頭を下げた。
「アラムよ。それといつも言っているが、レンのことを男だからとバカにするな。レンはお前の弟なのだぞ。姉弟、仲良くしないといけない」
母さんと一緒に来た父さんが、そうアラムに注意をした。
父さんは元冒険者なので、仲間を大事にしなければならない、と考えている。
それは姉弟にも適用されるらしく、日頃から、俺とアラムの仲が悪いことを憂いていた。
「……別に、お父様にそのようなことを言われる筋合いはないわ」
アラムはふてくされたような態度で視線を逸らす。
男だからということで、アラムは父さんのことも見下していた。
こんなヤツと仲良くする必要があるんだろうか?
父さんの考えはわからないでもないけど、アラムと仲良くできる未来が見えない。
でも……
一応、アラムは姉だ。
そして、実年齢はともかく精神年齢は俺の方が圧倒的に上だ。
仕方ない。
ここは俺が折れて……
「ちょっと、レン」
「はい、なんですか?」
「覚悟しなさい。お父様とお母様の前であなたを徹底的に叩きのめして、男なんで不要で無能だということを知らしめてあげるわ」
……やっぱり、こいつとは仲良くできそうにないな。うん。
「実戦形式の訓練ということで、審判は俺が務める」
父さんが審判を務めるなら安心だ。
公正な判断を下してくれるだろう。
「お兄ちゃん……が、がんばってくださいね!」
「エリゼ。私には?」
「お姉ちゃんもがんばってほしいですけど、えっと、でもでも、試合をしないことの方が……あうあう」
どっちを応援していいか迷い、慌てるエリゼ。
ちょっと癒やされた。
「ふん。レンを応援する必要なんてないのに……私が圧倒的な勝利を収めて、エリゼの目を覚まさせてあげる」
「エリゼの目を覚まさせる、ですか……そんなことばかり考えていたら、そのうち嫌われてしまいますよ? 日頃の態度が原因で。もう少し、己を見直した方がいいんじゃないですか。こんなことが続いたら、将来、独り身になりますよ?」
「コロス!!!」
優しく助言をしてあげたというのに、なぜか怒るアラム。
俺、なにかまずいことを言っただろうか?
「両者、構え!」
父さんの合図で、俺とアラムは同時に杖を構えた。
「始め!」
先手を取ったのはアラムだ。
「火炎槍<ファイアランス>!」
いくつかの例外はあるものの、基本的に魔法は三つのランクに分類される。
初級、中級、上級だ。
アラムが唱えた魔法は、初級の『火炎槍<ファイアランス>』。
炎の槍を生成して対象を攻撃する。
初級魔法とはいえ、『火炎槍<ファイアランス>』は比較的威力が高い魔法だ。
術者の魔力量によっては、中級魔法に匹敵する威力を叩き出すこともある。
それだけ汎用性が高く、使い勝手の良い魔法なのだ。
なるほど。
八歳で『火炎槍<ファイアランス>』を使えるなんて、なかなかできることじゃない。
普通は十二歳くらいだ。
アラムが得意になるのはよくわかる。
とはいえ……
悪いな。
俺はすでに、それ以上を使うことができる。
「疾風連撃波<タービュランスウェイブ>!」
中級の風属性の攻撃魔法を放つ。
局地的な嵐が吹き荒れて、アラムが放った炎の槍をかき消してしまう。
それだけで終わらない。
獣が狩りをする時のように、烈風がアラムに襲いかかる。
「きゃあああっ!!!?」
『疾風連撃波<タービュランスウェイブ>』がまともに直撃して、アラムが吹き飛ばされた。
「……え?」
思わぬ出来事に、目を丸くしてしまう。
なんで、アラムが吹き飛んでいるんだ……?
あれだけ自信たっぷりにしていたものだから、てっきり、防御は万全なものかと思っていたのだけど……
『火炎槍<ファイアランス>』が使えるのなら、防御魔法も使えるはずだよな?
『疾風連撃波<タービュランスウェイブ>』なら、うまく工夫すれば、初級の防御魔法でも防ぐことは十分に可能なのだけど……
というか、それくらいは当たり前のように、誰もやっていたはずなのだけど……
どういうことだ?
「えっと……姉さん?」
「……」
「おーい、姉さん」
「……きゅう」
アラムは完全に目を回していた。
魔法は女性しか扱うことができない。
そんな変化はあったものの……
あれから500年。
魔法界は大きな発展を遂げていると思っていたのだけど……
なんだ、これは?
アラムは、この程度の力しか持っていないのか?
中級魔法の一撃でやられるなんて、素人もいいところだぞ?
アラムの実力の問題なのか。
それとも……
「な、なんだと!?」
「こ、これは……!?」
父さんと母さんがものすごく驚いていた。
「レン!」
「はい?」
「お前……今、なにをしたんだ!?」
「魔法を使いました」
「そんなバカな!? 男であるお前が魔法を使うなんてことは……」
「でも、あなた……今のは、確かに魔法よ?」
「そ、そうだな……信じられないが、確かにレンは魔法を使った」
「たぶん……『疾風連撃波<タービュランスウェイブ>』ね。その難易度の高さ故、使い手がほとんどいないと言われている中級魔法よ」
なんだって?
難易度が高い?
そんなわけないだろう。
むしろ、『疾風連撃波<タービュランスウェイブ>』は初心者向けの、わりと簡単に扱うことができる魔法だぞ。
『疾風連撃波<タービュランスウェイブ>』の扱いが難しいなんて……
どうして、そんな勘違いをしているんだろう?
「レン……もしかして、魔導具の力を借りたのですか?」
「そうか、そういうことか。魔導具の力を借りれば、男でも魔法を使うことはできるからな……なんだ、そういうことだったのか」
「いえ、そんなことはしていません」
「本当か? 本当のことを言うなら、今のうちだぞ」
「疑われるなんて心外です。なんなら、調べてもいいですよ。なにも出てこないですから」
「……すまないが、少し調べさせてもらうぞ」
父さんが俺の体に触れて、足や腕、胸元などを確認した。
当然、魔導具なんてものは出てこない。
「本当になにもないな……」
「だから、そう言ったでしょう」
「ということは、レン……あなたは、自分の力だけで魔法を唱えたというのですか……? 男の子のあなたが……? しかも、あれほどに制御が難しい『疾風連撃波<タービュランスウェイブ>』を……? それに、あんな威力を……?」
母さんが信じられないといような顔をして、そう問いかけてきた。
「えっと……なにか勘違いしてるみたいですけど、『疾風連撃波<タービュランスウェイブ>』は初心者向けの魔法ですよ? 男女の違いは置いておくとしても、ちょっと練習すれば、あれくらいは誰にでもできますよ?」
「「そんなわけないっ!」」
揃って否定されてしまった。
「あのような強力な魔法、俺は今まで見たことないぞ!? 宮廷魔法使いだとしても、あれほどの威力を出せるかどうか……」
「それに、『疾風連撃波<タービュランスウェイブ>』はとても制御が難しい魔法なの。ベテラんの魔法使いでも、その習得に一年はかかると言われているわ」
そんなバカな。
『疾風連撃波<タービュランスウェイブ>』は確かに中級だけど、その習得は簡単な方だ。
初心者卒業の入門編、と言われていた。
それに、あの程度の威力、子供でも出せる。
現に俺は問題なく使えているし……
あと、今はかなり威力を絞っていた。
アラムに対する攻撃ではなくて、魔法に対する防御のつもりで使ったんだよな。
「えっと……今のって、そんなにおかしいことなんですか?」
「「おかしいに決まっているだろう!(でしょう!)」」
再び揃って否定されてしまった。
まいったな。
男が魔法を使えるという時点で、それなりに驚かれるだろうとは思っていたが……
それだけじゃなくて、魔法に対する認識のズレがあるみたいだ。
俺にとっての当たり前は、父さんや母さんにとっては異常らしい。
「いいか? 魔法というものは、男が使えるものではないんだ。女性のみに許された特権というか、特殊能力であり……過去300年前にさかのぼっても、男が魔法を使ったという記録はないんだぞ? それなのに、レン……男であるお前が魔法を使えるなんて」
「これがどれだけ異常なことか……あ、いえ。異常なんて言い方、ダメですね。と、とにかく。レンは国の英雄でさえも成し遂げていない、とんでもないことをやったのですよ? いったい、どうして魔法が使えるのですか? しかも、中級の『疾風連撃波<タービュランスウェイブ>』をあれほど簡単に、しかも、高威力で……」
「え、えっと……」
父さん母さんから質問攻めに遭ってしまう。
おかしい、なぜこんなことに?
「お兄ちゃん、すごいですね! えへへ、お兄ちゃんが勝ってうれしいです」
……そんな中、エリゼは無邪気に俺の勝利を喜んでいた。
「ふふ、よく来たわね。てっきり逃げると思っていたのだけど……まさか、きちんと時間通りに姿を見せるなんて。その度胸だけは褒めてあげる、あははは!」
先に庭に出て俺を待っていたアラムは、高笑いをあげた。
うっとうしい。
「アラム。高笑いなど品の欠ける行為はしないように、と言っていますよね?」
俺とアラムの試合の審判を務める母さんが、そんな注意をした。
母さんは生粋の貴族なので、品の欠ける行為を嫌う。
「す、すみません。お母様」
アラムも親には逆らえないらしく、おとなしく頭を下げた。
「アラムよ。それといつも言っているが、レンのことを男だからとバカにするな。レンはお前の弟なのだぞ。姉弟、仲良くしないといけない」
母さんと一緒に来た父さんが、そうアラムに注意をした。
父さんは元冒険者なので、仲間を大事にしなければならない、と考えている。
それは姉弟にも適用されるらしく、日頃から、俺とアラムの仲が悪いことを憂いていた。
「……別に、お父様にそのようなことを言われる筋合いはないわ」
アラムはふてくされたような態度で視線を逸らす。
男だからということで、アラムは父さんのことも見下していた。
こんなヤツと仲良くする必要があるんだろうか?
父さんの考えはわからないでもないけど、アラムと仲良くできる未来が見えない。
でも……
一応、アラムは姉だ。
そして、実年齢はともかく精神年齢は俺の方が圧倒的に上だ。
仕方ない。
ここは俺が折れて……
「ちょっと、レン」
「はい、なんですか?」
「覚悟しなさい。お父様とお母様の前であなたを徹底的に叩きのめして、男なんで不要で無能だということを知らしめてあげるわ」
……やっぱり、こいつとは仲良くできそうにないな。うん。
「実戦形式の訓練ということで、審判は俺が務める」
父さんが審判を務めるなら安心だ。
公正な判断を下してくれるだろう。
「お兄ちゃん……が、がんばってくださいね!」
「エリゼ。私には?」
「お姉ちゃんもがんばってほしいですけど、えっと、でもでも、試合をしないことの方が……あうあう」
どっちを応援していいか迷い、慌てるエリゼ。
ちょっと癒やされた。
「ふん。レンを応援する必要なんてないのに……私が圧倒的な勝利を収めて、エリゼの目を覚まさせてあげる」
「エリゼの目を覚まさせる、ですか……そんなことばかり考えていたら、そのうち嫌われてしまいますよ? 日頃の態度が原因で。もう少し、己を見直した方がいいんじゃないですか。こんなことが続いたら、将来、独り身になりますよ?」
「コロス!!!」
優しく助言をしてあげたというのに、なぜか怒るアラム。
俺、なにかまずいことを言っただろうか?
「両者、構え!」
父さんの合図で、俺とアラムは同時に杖を構えた。
「始め!」
先手を取ったのはアラムだ。
「火炎槍<ファイアランス>!」
いくつかの例外はあるものの、基本的に魔法は三つのランクに分類される。
初級、中級、上級だ。
アラムが唱えた魔法は、初級の『火炎槍<ファイアランス>』。
炎の槍を生成して対象を攻撃する。
初級魔法とはいえ、『火炎槍<ファイアランス>』は比較的威力が高い魔法だ。
術者の魔力量によっては、中級魔法に匹敵する威力を叩き出すこともある。
それだけ汎用性が高く、使い勝手の良い魔法なのだ。
なるほど。
八歳で『火炎槍<ファイアランス>』を使えるなんて、なかなかできることじゃない。
普通は十二歳くらいだ。
アラムが得意になるのはよくわかる。
とはいえ……
悪いな。
俺はすでに、それ以上を使うことができる。
「疾風連撃波<タービュランスウェイブ>!」
中級の風属性の攻撃魔法を放つ。
局地的な嵐が吹き荒れて、アラムが放った炎の槍をかき消してしまう。
それだけで終わらない。
獣が狩りをする時のように、烈風がアラムに襲いかかる。
「きゃあああっ!!!?」
『疾風連撃波<タービュランスウェイブ>』がまともに直撃して、アラムが吹き飛ばされた。
「……え?」
思わぬ出来事に、目を丸くしてしまう。
なんで、アラムが吹き飛んでいるんだ……?
あれだけ自信たっぷりにしていたものだから、てっきり、防御は万全なものかと思っていたのだけど……
『火炎槍<ファイアランス>』が使えるのなら、防御魔法も使えるはずだよな?
『疾風連撃波<タービュランスウェイブ>』なら、うまく工夫すれば、初級の防御魔法でも防ぐことは十分に可能なのだけど……
というか、それくらいは当たり前のように、誰もやっていたはずなのだけど……
どういうことだ?
「えっと……姉さん?」
「……」
「おーい、姉さん」
「……きゅう」
アラムは完全に目を回していた。
魔法は女性しか扱うことができない。
そんな変化はあったものの……
あれから500年。
魔法界は大きな発展を遂げていると思っていたのだけど……
なんだ、これは?
アラムは、この程度の力しか持っていないのか?
中級魔法の一撃でやられるなんて、素人もいいところだぞ?
アラムの実力の問題なのか。
それとも……
「な、なんだと!?」
「こ、これは……!?」
父さんと母さんがものすごく驚いていた。
「レン!」
「はい?」
「お前……今、なにをしたんだ!?」
「魔法を使いました」
「そんなバカな!? 男であるお前が魔法を使うなんてことは……」
「でも、あなた……今のは、確かに魔法よ?」
「そ、そうだな……信じられないが、確かにレンは魔法を使った」
「たぶん……『疾風連撃波<タービュランスウェイブ>』ね。その難易度の高さ故、使い手がほとんどいないと言われている中級魔法よ」
なんだって?
難易度が高い?
そんなわけないだろう。
むしろ、『疾風連撃波<タービュランスウェイブ>』は初心者向けの、わりと簡単に扱うことができる魔法だぞ。
『疾風連撃波<タービュランスウェイブ>』の扱いが難しいなんて……
どうして、そんな勘違いをしているんだろう?
「レン……もしかして、魔導具の力を借りたのですか?」
「そうか、そういうことか。魔導具の力を借りれば、男でも魔法を使うことはできるからな……なんだ、そういうことだったのか」
「いえ、そんなことはしていません」
「本当か? 本当のことを言うなら、今のうちだぞ」
「疑われるなんて心外です。なんなら、調べてもいいですよ。なにも出てこないですから」
「……すまないが、少し調べさせてもらうぞ」
父さんが俺の体に触れて、足や腕、胸元などを確認した。
当然、魔導具なんてものは出てこない。
「本当になにもないな……」
「だから、そう言ったでしょう」
「ということは、レン……あなたは、自分の力だけで魔法を唱えたというのですか……? 男の子のあなたが……? しかも、あれほどに制御が難しい『疾風連撃波<タービュランスウェイブ>』を……? それに、あんな威力を……?」
母さんが信じられないといような顔をして、そう問いかけてきた。
「えっと……なにか勘違いしてるみたいですけど、『疾風連撃波<タービュランスウェイブ>』は初心者向けの魔法ですよ? 男女の違いは置いておくとしても、ちょっと練習すれば、あれくらいは誰にでもできますよ?」
「「そんなわけないっ!」」
揃って否定されてしまった。
「あのような強力な魔法、俺は今まで見たことないぞ!? 宮廷魔法使いだとしても、あれほどの威力を出せるかどうか……」
「それに、『疾風連撃波<タービュランスウェイブ>』はとても制御が難しい魔法なの。ベテラんの魔法使いでも、その習得に一年はかかると言われているわ」
そんなバカな。
『疾風連撃波<タービュランスウェイブ>』は確かに中級だけど、その習得は簡単な方だ。
初心者卒業の入門編、と言われていた。
それに、あの程度の威力、子供でも出せる。
現に俺は問題なく使えているし……
あと、今はかなり威力を絞っていた。
アラムに対する攻撃ではなくて、魔法に対する防御のつもりで使ったんだよな。
「えっと……今のって、そんなにおかしいことなんですか?」
「「おかしいに決まっているだろう!(でしょう!)」」
再び揃って否定されてしまった。
まいったな。
男が魔法を使えるという時点で、それなりに驚かれるだろうとは思っていたが……
それだけじゃなくて、魔法に対する認識のズレがあるみたいだ。
俺にとっての当たり前は、父さんや母さんにとっては異常らしい。
「いいか? 魔法というものは、男が使えるものではないんだ。女性のみに許された特権というか、特殊能力であり……過去300年前にさかのぼっても、男が魔法を使ったという記録はないんだぞ? それなのに、レン……男であるお前が魔法を使えるなんて」
「これがどれだけ異常なことか……あ、いえ。異常なんて言い方、ダメですね。と、とにかく。レンは国の英雄でさえも成し遂げていない、とんでもないことをやったのですよ? いったい、どうして魔法が使えるのですか? しかも、中級の『疾風連撃波<タービュランスウェイブ>』をあれほど簡単に、しかも、高威力で……」
「え、えっと……」
父さん母さんから質問攻めに遭ってしまう。
おかしい、なぜこんなことに?
「お兄ちゃん、すごいですね! えへへ、お兄ちゃんが勝ってうれしいです」
……そんな中、エリゼは無邪気に俺の勝利を喜んでいた。