右を見ても女の子。
 左を見ても女の子。
 前を見ても後ろを見ても……以下同文。
 三十人くらいの女の子達が教室に集まっていた。

 そんな中、俺は俺一人。

「……はぁ」

 ものすごく居心地が悪い。

 入学初日。
 いよいよ学院生活が始まり、期待に胸を膨らませていたのだけど……
 割り当てられた教室に移動すると、男は俺一人だけ。
 他はみんな女の子。

 みんな、遠巻きに俺の方を見て、ヒソヒソと言葉を交わしている。
 その言葉は聞き取るまでもない。

 なんで男がこんなところに?

 そんなことを話しているのだろう。
 顔がそう言っていた。
 まるで珍獣扱いだ。

「はぁ……」

 ジロジロと見られて、さすがに、精神的に少し疲れた。
 でもまあ、こうなるのが普通なんだよな。

 よくよく考えてみれば……
 今の時代、魔法は女性しか扱うことができない。
 そんな中、俺だけが男でありながら魔法を使うことができて……

 魔法使いを育成する学校に入学すれば、こうなるよな。
 男は俺一人だけになるよな。

 本格的な魔法を勉強することができる!
 という思考に囚われて、こうなることをまるで考えていなかった。
 不覚だ。

「えっと……」
「きゃー!?」
「男に話しかけられたわー!?

 これから一緒に魔法を学ぶ学友になるんだ。
 親交を深めようと声をかけようとしたら、悲鳴をあげて逃げられてしまう。

 俺は熊かなにかか……?
 思わず、がくりとうなだれてしまう。

「まいったな」

 魔法にはそれなりに自信があるんだけど……
 年頃の女の子と接する方法なんて、まるでわからない。

 前世では、強くなることしか考えてなくて、恋愛なんて放り投げていたからな。
 そのツケが今になって回ってきたのかもしれない。

 アリーシャが同じクラスなら、あるいは、なにかが違っていたのかもしれないけど……
 あいにく、彼女は別のクラスに振り分けられてしまった。

 ちなみに、今年入学の新入生は三つのクラスに振り分けられている。
 入学試験の結果で判定されて、能力別に振り分けられている。

 アリーシャは、中位ランクの『シルカード』。
 俺は最低ランクの『ガナス』。
 ついでにいうと、上位ランクは『マーセナル』という。

 これらの教室の名前は、過去の英雄の名前が使用されている。
 聞いたことないから、この500年の間に生まれた英雄なのだろう。

 それにしても。

 上位ランクのマーセナルはともかく……
 下位ランクの教室の名前に使われているガナスは、本人からしたら名誉毀損も甚だしいだろう。
 下位ランクに私の名前をつけるな、って。

 ただ、ガナスは魔法使いでありながら、近接戦闘に優れた戦士であったとも聞く。
 アリーシャのようなタイプだ。

 魔法の才能がなくても活躍の場は与えられる。
 そんな願いをこめられて、下位ランクにガナスの名前が与えられたのだろう。

「とはいえ、俺は戦術よりも魔法を求めているんだけどな」

 どうせなら、上位ランクのマーセナルが良かった。
 中位ランクのシルカードですらなくて、下位ランクのガナスなんて……

 たぶん、俺が男だから、という理由でガナスに回されたのだろう。
 改めて、今の時代は女尊男卑なんだなあ、と思い知らされる。

「あと……やっぱり、男が一人だけっていうのはきついな」

 未だ、周囲の女の子達は腫れ物を扱うように、俺を遠巻きに観察している。
 ずっとこの状態が続くのかと思うと、頭が痛い。

 ややって、教室の前の扉が開いた。
 きらびやかな装飾がほどこされたマントを着た女性が姿を見せる。
 たぶん、教師だろう。

「はい、みなさん。席についてください」

 マント姿の女性は壇上に立ち、パンパンと手を鳴らした。
 それに反応して、みんなが席に戻る。

「私は、このクラスを担当するローラ・エディアントです。我がエレニウム魔法学院では、卒業……あるいは進級までの三年間、特例を除けばクラスが変更されることはなくて、このままずっと同じということになります。これから三年間、よろしくお願いしますね」

 ローラ先生の言葉で、学院生活が始まるという実感が強く湧いてきた。
 さっきまでの憂鬱とした気分が吹き飛び、わくわくする。

「まずは、自己紹介をしてもらいましょうか。これから三年間、一緒に過ごす仲間のことを知っておいた方がいいですよ」

 そんな先生の言葉と共に自己紹介が始まった。
 扉に近い席の人から、順々に自己紹介をしていく。
 俺の席はちょうど教室の真ん中なので、もう少し後になる。

 どんな自己紹介をしようか?
 ウケを狙ってみた方がいいかな?

 いや。

 俺は唯一の男だから、あまり目立つようなことはしないほうがいいか。
 無難な自己紹介がベストかな?

 ……なんて、あれこれ考えていると、ガタンッ、と大きな音がした。

「ひゃっ!? す、すみませんすみません!」

 どうやら、緊張のあまり勢いよく立ってしまったみたいだ。
 自分の番になったであろう女の子が、ぺこぺこと頭を下げている。

「誰も気にしていないわ。さ、自己紹介をお願い」
「は、はひっ」

 先生に促されて、その子はこくこくと頷いた。

 彼女は、俺と同じくらいの歳だろうか?
 髪は短め。
 肩の辺りで切りそろえている。

 優しく、それでいて儚そうな雰囲気がする顔。
 素直にかわいいと思うけど……
 もう少し自信あふれた表情の方が、さらにかわいくなると思う。

 そんな女の子は、同い年とはおもえないくらい、わがままな体をしていた。
 制服が窮屈そうだ。
 特に胸のあたり。

 って、俺はどこを見てる?
 エロオヤジじゃないんだから、自重しろ。

「えっと、えっと、その、あの……ふぃ、ふぃにゃあむぐぅ!?」

 噛んだ。
 どうしようもないくらいに噛んだ。

 痛みよりも羞恥心の方がすごかったらしく、女の子が涙目になる。
 プルプルと小刻みに震えてさえいた。

「あ、あああ……えと、えと……その……あぅ」

 見ていてかわいそうになるくらい慌てている。

 これは……ちょっと放っておけないな。
 ちょうど隣の席だし……
 なんとかしてみよう。

「落ち着いて」
「ふぇ?」

 声をかけると、女の子がこちらを見た。
 涙目で、未だにプルプルと震えている。

「ただの自己紹介だから。そんなに緊張することないって」
「で、でもぉ……」
「難易度なら俺の方が上だぞ? なにしろ、この教室で唯一の……いや。この学院で唯一の男なんだからな。注目度は抜群だ」
「あ……」
「失敗するつもりでやればいいんだよ。っていうか、失敗しよう。一度失敗したら、色々と振り切れるぞ」
「は、励ましているのか落としているのか、どっちなんですかぁ……」
「どっちだと思う?」
「……変な人です」
「そうそう、その調子」
「ふふ」

 女の子は小さく笑い、軽く頭を下げた。
 それから、改めて前を見る。

「えっと、その、あの……ふぃ、フィア・レーナルト……です。よ、よろしくおねがいしますっ」

 女の子……フィアが頭を下げて、教室のみんなが拍手をした。

「あの……あ、ありがとう……ございました」

 フィアは席につくと、小声でそう言った。
 それに対して、俺は軽く笑みを返す。