今回こそはと通話に参加してみたり、他の字書きの作品も読んでいいねを付けたりとなるべくツイッターをマメに見るようにした。ただ、そうしていると違和感があるのに気付いた。
喋っている時間があるなら書けばいいのに。
どうしても創作のことばかり考えて自分の世界に浸りがちな私には、周囲がそうして交流を深めている間にもやはりキーボードを叩く手を止められなかった。馴染めない自分のことが嫌いになりかけて精神的に落ち込んだりもよくしていたが、そんな時に作品のファンになってくれたのがみいらさんだった。藤乃先生。彼女がまだ字書きでなかった頃。初めてツイッターで話しかけてくれた時、私を先生呼びしていたのが懐かしい。
みいらさんの薄桃色のアイコンが姿を見せる度、私は嬉しくなった。私が書くものはどうも堅苦しい雰囲気があるのは自覚していて、あまり人が寄り付かないのも分かっていたから、誰かにウケるように書くのは諦めていた。だから余計、自分の作風を褒めて慕ってくれたみいらさんを大事にしなければ、と思ったのだ。
『私も実は字書きで、藤乃先生には遠く及ばないんですが』
何回かのリプライを交わし、みいらさんが私の作品をアップする度、毎回いいねをしてくれて。私はすっかり調子に乗っていた。知り合って3か月後くらいだったろうか。ROMだと思っていた彼女が書いたのだと教えてくれた作品を、投稿サイトまで見に行って愕然とした。
私より、圧倒的にいいねが多かったのだ。
二重にショックを受けた理由としては、みいらさんの文章は正直、中学生の拙い作文みたいなレベルなのに私よりも評価されていたからだった。何故?というクエスチョンマークで頭がいっぱいになる。私の方が、物語の構成も遥かに練られていて、表現も成熟していて読み応えがある。でも、そんなものよりも。これの方がみんなは読んで感動するのだから恐ろしい。何がいいのか自分なりに分析しても、やはり分からないままその夜を明かした。
そして、よくよく彼女を観察して理解した。みいらさんは、交流が非常に上手かった。
『ナマステさんのイラスト、柔らかいタッチが素敵だな~!』
『ねぎうさぎさんって天才なのかな!?この解釈最高すぎて泣いちゃった』
『素晴らしい小説読んでたら朝になってた!yurinさんありがとう…これで寿命が延びました』
私にはまるで無い才能なのだ、これは。