眠りにつく前夜


 コールドスリープの処置を受ける前日の土曜日から、守倉病院に入院することになっている。
 担当医師はコールドスリープの処置を始めた第一人者かつ院長で、守倉先生という。
 五十代で怒ると怖そうな顔の、じつはとっても優しい先生。
 十年前から始まったこの処置は世間では賛否両論あるらしいけど、先生はテレビや新聞などの取材を全て引き受けて、この処置のメリットを訴え続けている。
処置の仕方を簡単に言うと、脳にある重要な一部を刺激して、強制的に眠りにつかせているらしい。さらに低温状態にして、悪い細胞が育つのを物理的に止めているのだとか。
〝今の時代〟だったら助かる病気だった……という大きな後悔を抱く人を、これ以上増やしたくないと言っていた。実際に、目を覚ましてから治療を受けて病気を克服した人は何人もいる。
 一方で、この処置に反対する人は、基本的に命の流れを不自然に止めてはいけないという考えを持っていて、倫理的なデメリットが大きいことを指摘している。もし最後まで治療法が見つからなかったら残酷でもあると。実際に処置を受けた人が、目覚めた世界に馴染めなくて結局自殺してしまったというニュースも、センセーショナルに取り上げられていた。
 自分の大切な人がひとりも生き残っていない世界で目覚める可能性も、大いにある。
 それが、私も一番怖い。
 けれど、家族は私に少しでも長く生きることを望むから、できるだけそんな孤独な未来を考えないようにして生きるしかないのだ。
「あ、青花ちゃんだ。久しぶりー」
 中学三年生のみつあみが似合う女の子・板野結衣が、私を見つけてひらひらと手を振った。彼女は私と同じようにコールドスリープの処置を受けている子で、必然的に仲良くなった。
 慣れた手つきで荷物を整え、入院用の部屋着に着替えて、楽な格好になる。
 ここは四人部屋で、コールドスリープ専用の病室だ。
 人がひとり入るのにぴったりなサイズのカプセル型のガラスが、四機置かれている。
青いライトで照らされたガラスの装置には、管が何本も通されおり、今は二名の患者が人形みたいに生気を感じない状態で眠っている。ひとりはまだ五歳の小さな女の子で、もうひとりは四十代の男性だ。
さながらSFの世界のような景色に、今はもうだいぶ慣れた。