夏の君がやってくる


 夏が嫌いだ。
 制服のシャツが汗で肌に張りつくのが不快だし、陽キャがさらに騒がしくなる季節だから。
 毎年夏の始まりは気持ちが暗くなるのに、俺はこの日を待ち望んでいた。
 鶴咲が今日、再び登校してくる。
 彼女がいない三ヶ月間、俺は魔法が解けたかのように元通りになってしまい、家族以外誰とも話さない日々を送っていた。
 クラスメイトからも空気のように扱われ、この前は担任にも名前を忘れられたり……。
 配信にのめり込んで、ただただひとりゲームと向き合う日々。それはそれで幸せだったけれど、何かが物足りない、と心のどこかで感じていたのだ。
 やっぱり、大好きなゲームの話をできる相手がリアルにいることは楽しかった。
 子供っぽく単純な性格の自分に、心底呆れる。
 でも、あんな風に一気に誰かと距離を縮めるなんてこと、今までの俺なら変なことを勘ぐって、絶対に避けていた。
「あれ、眠り姫じゃん」
 こそこそと話す声が聞こえて、俺はバッと顔を上げる。
 扉に視線を向けると、そこにはまだ眠たそうな表情の鶴咲がいた。
 三ヶ月間、ぽっかりと空いていた俺の隣の席に、一歩一歩近づいてくる彼女。
 クラスメイトも徐々にざわつきだし、「本当に凍ってたのかなー」なんてデリカシーのない言葉が聞こえてくる。
 そんなことなんか全く気にせずに、彼女はイヤホンをつけたままストンと席に座った。
 そろっと隣に視線を向けてみるけれど、鶴咲がこっちを気にしている気配は全くない。
 会った瞬間何を言おうかずっと考えていたけれど、話しかける隙がない。
 もしかして、あの一週間は、鶴咲にとって、気まぐれだったんだろうか。
 幻だったのかとさえ思うほど、鶴咲の視界に俺は映っていなかった。
 ショックだった。今日を心待ちにしていた自分が、恥ずかしくなるほど。
 けれど、ある言葉が頭の中に浮かんでくる。
『三ヶ月後も私のことを覚えておいてくれると嬉しいな』
 ああ言ったときの鶴咲は、たしかに少しだけ寂しそうな顔をしていたんだ。

 放課後になり、鶴咲と会話をしないまま今日が終わろうとしていた。
 何も話せないまま、貴重な一週間のうちの一日が終わってしまう。
 鶴咲が荷物をまとめて席を立ったその瞬間、俺は思わずつぶやいていた。
「鶴咲が、俺のこと忘れてんじゃん……」