「あっ、ヒロタカさん！ おはようございますっ！」
リゼとの一件があった翌日。
冒険者ギルド「白猫の宿り木」の２階に借りた部屋から降りてくるのを待ち構えていたかのように、ローナが挨拶をしてきた。
わざわざ出迎えてくれるなんていい子だな、なんて思ったけど、ギルド内は今日もガラガラみたいだし、多分暇だったのだろう。
「２階のお部屋はどうでしたか？」
「すごく快適だったよ。ありがとう」
「それはよかったです！」
嬉しそうにニッコリと微笑むローナ。
借りた部屋は広すぎず狭すぎず、ホテルのツインルームほどの広さだった。広すぎても落ち着かないし、ひとりで住むには丁度いい感じだ。
結局、昨日は２つ依頼をこなした。
ラスティ村への書信配達を終わらせたあとで、ジャイアントラット10匹の討伐依頼を受けた。ローナ曰く、ジャイアントラットの討伐依頼は俺にはまだ無理だと思ってオススメしていなかったらしい。
討伐証明として大量のジャイアントラットの耳を持ち帰ったら、「どこで買ってきたんですか？」と疑惑の目を向けられた。
昨日の儲けは、書信配達の銅貨２枚とジャイアントラット討伐の銅貨10枚。
そして、リゼを救った謝礼金としてあの従者っぽいヒゲ男から銀貨５枚をもらえることになったが──それは謹んで辞退させてもらった。
リゼに話していたとおり、金が欲しくて助けたわけではないのだ。
まぁ正直なところ、銀貨５枚という額には惹かれたけど。
リゼたちとはあの森で別れることになった。俺にはラスティ村への書信配達があったし、リゼもギルドに依頼の達成報告をする必要があったからだ。
ほんの少しだけリゼから「お城に来てお食事でも！」なんて言葉を期待したけど、残念ながらそういう流れにはならなかった。
まぁ、領主のご息女と知り合えただけでよしとしようではないか。
というわけで、想定外のことはあったけど、初日としてはなかなかの儲けだった。
やっぱり人助けってやるもんだな。
「それでヒロタカさん。今日はどうします？」
「もちろん依頼を受けるよ」
悠々自適な異世界ライフを送るには金がいる。
それに、魔剣オソロもどこまで強くなるか試したいし。
「そうおっしゃると思って、ヒロタカさんに超ピッタリの依頼を引っ張り出してきましたよっ！」
「おっ？」
なんだ、気が利くじゃないか。
天然ボケの適当猫娘だと思ってたけど、意外と真面目なんだな。
「それで、どんな依頼なんだ？」
「カブルートにある下水のドブさらいです！」
「…………」
前言撤回。野良猫のほうが１００倍気が利く。
「一応聞いておくけど、何でそれが俺にピッタリなんだ？」
「え？ だって、そういう汚い仕事が得意そうな顔をしているじゃないですか？」
「よし。とりあえず表に出ようか」
32歳の見た目だったらドブさらいが似合うかもしれないけど、ピチピチの17歳なんだぞ俺は。魔剣オソロでスキル回収するぞボケ。
「……あ、あのう」
と、元気だけが取り柄の猫娘とバカみたいなやり取りをしていると、ギルドの入り口からかすれるような声がした。
ふと入り口を見ると、白いフードをかぶった少女がギュッと杖を握りしめて立っていた。
「……え？ リゼ？」
「あっ」
俺を見て、リゼが目を瞬かせる。
「ヒ、ヒロタカ様！ やっとお会いすることができましたっ！」
「……ッ!?」
凄まじい勢いでこちらに走ってくるリゼ。
そのまま抱きついてくるのかと期待したけど、目の前でキュッと足を止めてしまった。ちょっと残念。
「昨日、登録されているギルドをちゃんと聞いておくべきでした。あれほどの実力をお持ちなので、勝手に『ひとつ目熊』に登録されているとばかり……」
ひとつ目熊って、俺が最初に行ったギルドだったっけ。「Ｂランク以上じゃないと登録できないんですぅ～」とか何とか言って門前払い食らったけど。
俺は頭をかきながら苦笑いを浮かべる。
「あ～、実は冒険者に登録したばかりなんだよね。昨日が初日だったっていうか」
「ほ、本当ですか!? 信じられません……」
「そうなんだよ。でも、何でリゼが俺なんかを捜して──」
「ちょっと、ヒロタカさん！」
「うおっ」
突然ローナに腕を引っ張られ、つんのめってしまった。
「な、何だよ？」
「ど、ど、どういうことですか!? あの方って、領主様のご令嬢のリゼ・モンターニュ様ですよね!?」
「ああ、そうだけど？」
「ああ、そうだけどって！ 『それが何かドヤァ』みたいな顔しないでください！ 何で汚い仕事が得意そうなド底辺冒険者のヒロタカさんが、リゼ様と顔見知りみたいな雰囲気出してるんですか!? 生意気ですよ！」
「お前にそんなことを言われる筋合いはない」
生意気の代表みたいなもんだろ、お前。
「昨日、依頼の途中で助けたんだよ」
「助けた!? ヒロタカさんが、リゼ様を助けやがったんですか!?」
「あれ、話してなかったっけ？」
トロルを倒した話はした覚えがあるけど、リゼのことは伝えてなかったっけ。
「秘密にしてて悪かったよ」
「……ヒロタカさんっ！」
ローナにグチグチと文句を言われるかと身構えてしまったけど、彼女は目を輝かせながら詰め寄ってきた。
「でかしましたよっ！ これは千載一遇のチャンスじゃないですか！ ここで領主令嬢のリゼ様を唆して強引にウチに入れちゃえば、彼女の名前を使って宣伝できるってことですよね!?」
「できねえよバカ」
ローナの口を手で塞いでカウンターの向こうに押しやった。
そんなことをやったら、登録者が増える前に誘拐事件が起きるわ。
「ビジネスチャンスが！」などと喚き散らすローナに、ドブさらい依頼の受注手続きをするように伝えてからリゼの元に戻る。
「受付嬢がやかましくてごめんな」
「い、いえ」
と言いつつ、目をぱちくりと瞬かせるリゼ。
「それで、俺に何か用事でもあるのか？」
「あ、あの……ええっと」
リゼはしばらくモジモジと体を揺すったあと、顔を赤くさせながら言い放った。
「と、突然で恐縮なのですが……わ、わ、わたしとパーティを組んでいただけませんか!?」
「え？」
本当に突然の話で、しばらくポカンとしてしまった。
「パーティ……って、冒険者のパーティってことか？」
「は、はい！ まだ勉強中ですが回復魔術は得意ですし、それに、先生から教わった知識でサポートもできると思います！」
そういえば、魔術の先生から色々と教えてもらっているんだったっけ。
リゼは魔術だけじゃなく、魔物のこととか魔剣のこととか俺の知らない知識も色々持っているようだった。
そんな人間からパーティに誘われるなんて、願ったり叶ったりだが──二つ返事で了承するわけにもいかない。
だって相手はモノホンのご令嬢だし。
そもそも、どうして俺と組みたがるんだって話だ。回復魔術が使えるリゼならもっと強い冒険者とパーティを組めるはずなのに。
「ありがたい話だけど、何で俺と？」
「じ、実は……わたし、魔術師を目指しているのにすごくあがり症で」
モジモジと杖をいじり出すリゼ。俺は首を捻ってしまった。
「あがり症が何か関係あるのか？」
「え？」
「実は俺って魔術系統がないらしくてさ。魔術のこと、よくわからないんだよね」
「そ、そうでしたか……」
気づかずすみませんと頭を下げて、リゼが続ける。
「魔術は精霊や神様に呼びかけて効果を発動させるんですが、その際に特別な『呼びかけ』をする必要があるんです。いわゆる、『詠唱』と言われているものです」
なるほど。「呪文」みたいなものか。
「わたしが使える神聖系の魔術詠唱には、マナと呼ばれる魔術の源を使う必要があるのですが、それにはすごい集中力が必要になります。心の乱れによって対話ができず、魔術の発動に失敗することがあるんです」
「だからあがり症のリゼは、魔術に失敗することがある？」
「お恥ずかしながら、そのとおりです。なので所属している冒険者ギルドではパーティを組めないんです。本名を出せば声をかけられるかもしれませんが、そういうわけにもいかず……」
シュンと肩を落とすリゼ。
何ていうか、はじめて会ったときから思ってたけどドジっ子なんだな。
可愛くてドジっ子かあ。うん、控えめに言って最高！
「で、でも、安心してください！ 成功すれば……成功しますから！」
真剣な眼差しでズイッと詰め寄ってくるリゼ。
そりゃそうだろ、とは思ったけど何だか言いにくい。
「そ、そもそもだけど、何で冒険者をやってるんだ？ 領主令嬢だったら、そんな危険なことに足を突っ込まなくてもいいだろ？」
あがり症だっていうんなら、なおさらだ。
「冒険者をやっているのは修行のようなものなんです。代々、モンターニュ家の長女は王宮に仕える宮廷魔術師になるというのがしきたりで、今はとある高名な魔術師の先生に師事しているのですが、実地訓練で冒険者ギルドの依頼を受けているんです」
「あ～、なるほど。実地訓練か」
つまり先生の授業の一環ってわけだ。
昨日、「ネズミの駆除と聞いてひとりで来た」なんて言ってたけど、訓練だったからあの護衛のヒゲ男の同行を断ったのか。
護衛を同行させるのは訓練にならないからだめだけど、お互いに協力し合うパーティなら構わないのだろう。
「だ、だめでしょうか？」
不安げにリゼが俺の顔を覗き込む。
「わたし、助けてくれたヒロタカ様に恩返しをしたいんです！ お願いします！ わたし……ヒロタカ様のためなら、何だってしますからっ！」
「ちょ、ちょっと落ち着いて」
グイグイ来るリゼを両手で制止する。
この子、大人しそうな見た目なのに、意外と押しが強いんだな。
というか、領主のご令嬢が何でもするなんて軽々しく口にしたらだめだろ。
俺がエロい男……じゃなくて、悪い男だったらどうするんだ。夜の街に売り飛ばされるかもしれないじゃないか。
まぁ、そんなこと絶対にやらないし、させないけどさ。
しかし、今の発言を聞く限り、むしろ承諾しなければならない気がしてきた。
俺が断ってしまったら、手当たり次第にパーティに声をかけそうだし。変なやつらに遭遇して、いいように利用されたら可哀想だ。
「わかった。じゃあ、パーティを組もう」
そう答えた瞬間、リゼの顔がパッと明るくなった。
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます！」
「ただし、何だってするとか、そういう発言はやめてくれ。パーティを組むってことは、対等……って立場が下の俺から言うのもアレだけど、お互いに命を預け合う仲間ってことだと思うからさ。多分」
「ヒ、ヒロタカ様……ありがとうございます」
またしても瞳を潤ませはじめるリゼ。何だかイジメて泣かせたような後ろめたさが去来してしまう。
フォローを入れようかと思ったけれど、これといってうまい言葉が出てこなかった。
これほど語彙力を鍛えておくべきだったと思ったことはない。
リゼが小さく鼻を鳴らしながら口を開く。
「ヒロタカ様って、わたしと同じくらいの年齢に見えるのに考え方がすごく大人ですよね。妙に落ち着いていますし、謝礼金もいらないって断っていましたし」
「え？ そ、そう？」
と、とぼける俺。
そりゃそうだ。だって中身は32歳のオッサンだもん。
「ま、まぁとにかく、これからよろしく頼むよ」
「はい、よろしくお願いします」
パーティ結成の証というわけではないけれど、リゼと固い握手を交わした。
「……あの～、ヒロタカさん？」
カウンターの向こうから声がした。
ローナがじっとどこか物欲しそうにこちらを見ていた。
「話がまとまったところで恐縮なんですけれど、ヒロタカさんとパーティを組むってことは、リゼ様もウチで依頼を受けるってことですよね？」
「そういうことになるな」
「そうなるとリゼ様は今所属されているギルドからウチのギルドへ移籍することになりますけど、大丈夫ですか？」
あ～、確かにそうなるな。ギルドで依頼を受けることができるのは、そのギルドに登録している冒険者だけだからな。
どうするかと視線をリゼに投げかけると、彼女は考えるまでもないと言いたげに即答した。
「もちろん移籍するつもりです。今ここで手続きをしてもよろしいですか？」
「よっしゃぁ、オラぁぁ！ リゼ様ゲットじゃあ！」
ローナが天高く拳を突き上げる。
よかったねローナ。でも、宣伝でリゼを使うなんてことは絶対にするなよ？ あと、リゼがびっくりして泣きそうになってるから、いきなり奇声を上げるな。
ローナに警戒しながら、リゼが尋ねてきた。
「で、では、手続きが終わり次第、さっそく依頼を受けましょうか？」
「依頼……あっ」
そこで俺はとある問題に直面していたことを思い出す。
「ど、どうしました？」
「いや……実はこれからドブさらいの依頼に行く予定なんだけど……」
「ド、ドブさらい？」
「そう。街の下水掃除」
「げ、げす……い」
さすがにそういう仕事をするとは想像していなかったのか、リゼの顔からさっと血の気が引いた。
しかし、彼女はすぐに小さく握りこぶしを作って深く頷く。
「……ヒロタカ様のためなら、頑張りますっ！」
「リ、リゼ……」
健気だなぁと涙が出そうになってしまった。
本当にごめんね、リゼちゃん。
こんないい子にドブさらいをさせるのは気が引けるけど、日銭を稼ぐためには仕方がないんだ！
恨むんなら、俺にお似合いだとぬかしてクソ依頼を押し付けてきた、天然ボケの適当猫娘を恨んでくれっ！
リゼとの一件があった翌日。
冒険者ギルド「白猫の宿り木」の２階に借りた部屋から降りてくるのを待ち構えていたかのように、ローナが挨拶をしてきた。
わざわざ出迎えてくれるなんていい子だな、なんて思ったけど、ギルド内は今日もガラガラみたいだし、多分暇だったのだろう。
「２階のお部屋はどうでしたか？」
「すごく快適だったよ。ありがとう」
「それはよかったです！」
嬉しそうにニッコリと微笑むローナ。
借りた部屋は広すぎず狭すぎず、ホテルのツインルームほどの広さだった。広すぎても落ち着かないし、ひとりで住むには丁度いい感じだ。
結局、昨日は２つ依頼をこなした。
ラスティ村への書信配達を終わらせたあとで、ジャイアントラット10匹の討伐依頼を受けた。ローナ曰く、ジャイアントラットの討伐依頼は俺にはまだ無理だと思ってオススメしていなかったらしい。
討伐証明として大量のジャイアントラットの耳を持ち帰ったら、「どこで買ってきたんですか？」と疑惑の目を向けられた。
昨日の儲けは、書信配達の銅貨２枚とジャイアントラット討伐の銅貨10枚。
そして、リゼを救った謝礼金としてあの従者っぽいヒゲ男から銀貨５枚をもらえることになったが──それは謹んで辞退させてもらった。
リゼに話していたとおり、金が欲しくて助けたわけではないのだ。
まぁ正直なところ、銀貨５枚という額には惹かれたけど。
リゼたちとはあの森で別れることになった。俺にはラスティ村への書信配達があったし、リゼもギルドに依頼の達成報告をする必要があったからだ。
ほんの少しだけリゼから「お城に来てお食事でも！」なんて言葉を期待したけど、残念ながらそういう流れにはならなかった。
まぁ、領主のご息女と知り合えただけでよしとしようではないか。
というわけで、想定外のことはあったけど、初日としてはなかなかの儲けだった。
やっぱり人助けってやるもんだな。
「それでヒロタカさん。今日はどうします？」
「もちろん依頼を受けるよ」
悠々自適な異世界ライフを送るには金がいる。
それに、魔剣オソロもどこまで強くなるか試したいし。
「そうおっしゃると思って、ヒロタカさんに超ピッタリの依頼を引っ張り出してきましたよっ！」
「おっ？」
なんだ、気が利くじゃないか。
天然ボケの適当猫娘だと思ってたけど、意外と真面目なんだな。
「それで、どんな依頼なんだ？」
「カブルートにある下水のドブさらいです！」
「…………」
前言撤回。野良猫のほうが１００倍気が利く。
「一応聞いておくけど、何でそれが俺にピッタリなんだ？」
「え？ だって、そういう汚い仕事が得意そうな顔をしているじゃないですか？」
「よし。とりあえず表に出ようか」
32歳の見た目だったらドブさらいが似合うかもしれないけど、ピチピチの17歳なんだぞ俺は。魔剣オソロでスキル回収するぞボケ。
「……あ、あのう」
と、元気だけが取り柄の猫娘とバカみたいなやり取りをしていると、ギルドの入り口からかすれるような声がした。
ふと入り口を見ると、白いフードをかぶった少女がギュッと杖を握りしめて立っていた。
「……え？ リゼ？」
「あっ」
俺を見て、リゼが目を瞬かせる。
「ヒ、ヒロタカ様！ やっとお会いすることができましたっ！」
「……ッ!?」
凄まじい勢いでこちらに走ってくるリゼ。
そのまま抱きついてくるのかと期待したけど、目の前でキュッと足を止めてしまった。ちょっと残念。
「昨日、登録されているギルドをちゃんと聞いておくべきでした。あれほどの実力をお持ちなので、勝手に『ひとつ目熊』に登録されているとばかり……」
ひとつ目熊って、俺が最初に行ったギルドだったっけ。「Ｂランク以上じゃないと登録できないんですぅ～」とか何とか言って門前払い食らったけど。
俺は頭をかきながら苦笑いを浮かべる。
「あ～、実は冒険者に登録したばかりなんだよね。昨日が初日だったっていうか」
「ほ、本当ですか!? 信じられません……」
「そうなんだよ。でも、何でリゼが俺なんかを捜して──」
「ちょっと、ヒロタカさん！」
「うおっ」
突然ローナに腕を引っ張られ、つんのめってしまった。
「な、何だよ？」
「ど、ど、どういうことですか!? あの方って、領主様のご令嬢のリゼ・モンターニュ様ですよね!?」
「ああ、そうだけど？」
「ああ、そうだけどって！ 『それが何かドヤァ』みたいな顔しないでください！ 何で汚い仕事が得意そうなド底辺冒険者のヒロタカさんが、リゼ様と顔見知りみたいな雰囲気出してるんですか!? 生意気ですよ！」
「お前にそんなことを言われる筋合いはない」
生意気の代表みたいなもんだろ、お前。
「昨日、依頼の途中で助けたんだよ」
「助けた!? ヒロタカさんが、リゼ様を助けやがったんですか!?」
「あれ、話してなかったっけ？」
トロルを倒した話はした覚えがあるけど、リゼのことは伝えてなかったっけ。
「秘密にしてて悪かったよ」
「……ヒロタカさんっ！」
ローナにグチグチと文句を言われるかと身構えてしまったけど、彼女は目を輝かせながら詰め寄ってきた。
「でかしましたよっ！ これは千載一遇のチャンスじゃないですか！ ここで領主令嬢のリゼ様を唆して強引にウチに入れちゃえば、彼女の名前を使って宣伝できるってことですよね!?」
「できねえよバカ」
ローナの口を手で塞いでカウンターの向こうに押しやった。
そんなことをやったら、登録者が増える前に誘拐事件が起きるわ。
「ビジネスチャンスが！」などと喚き散らすローナに、ドブさらい依頼の受注手続きをするように伝えてからリゼの元に戻る。
「受付嬢がやかましくてごめんな」
「い、いえ」
と言いつつ、目をぱちくりと瞬かせるリゼ。
「それで、俺に何か用事でもあるのか？」
「あ、あの……ええっと」
リゼはしばらくモジモジと体を揺すったあと、顔を赤くさせながら言い放った。
「と、突然で恐縮なのですが……わ、わ、わたしとパーティを組んでいただけませんか!?」
「え？」
本当に突然の話で、しばらくポカンとしてしまった。
「パーティ……って、冒険者のパーティってことか？」
「は、はい！ まだ勉強中ですが回復魔術は得意ですし、それに、先生から教わった知識でサポートもできると思います！」
そういえば、魔術の先生から色々と教えてもらっているんだったっけ。
リゼは魔術だけじゃなく、魔物のこととか魔剣のこととか俺の知らない知識も色々持っているようだった。
そんな人間からパーティに誘われるなんて、願ったり叶ったりだが──二つ返事で了承するわけにもいかない。
だって相手はモノホンのご令嬢だし。
そもそも、どうして俺と組みたがるんだって話だ。回復魔術が使えるリゼならもっと強い冒険者とパーティを組めるはずなのに。
「ありがたい話だけど、何で俺と？」
「じ、実は……わたし、魔術師を目指しているのにすごくあがり症で」
モジモジと杖をいじり出すリゼ。俺は首を捻ってしまった。
「あがり症が何か関係あるのか？」
「え？」
「実は俺って魔術系統がないらしくてさ。魔術のこと、よくわからないんだよね」
「そ、そうでしたか……」
気づかずすみませんと頭を下げて、リゼが続ける。
「魔術は精霊や神様に呼びかけて効果を発動させるんですが、その際に特別な『呼びかけ』をする必要があるんです。いわゆる、『詠唱』と言われているものです」
なるほど。「呪文」みたいなものか。
「わたしが使える神聖系の魔術詠唱には、マナと呼ばれる魔術の源を使う必要があるのですが、それにはすごい集中力が必要になります。心の乱れによって対話ができず、魔術の発動に失敗することがあるんです」
「だからあがり症のリゼは、魔術に失敗することがある？」
「お恥ずかしながら、そのとおりです。なので所属している冒険者ギルドではパーティを組めないんです。本名を出せば声をかけられるかもしれませんが、そういうわけにもいかず……」
シュンと肩を落とすリゼ。
何ていうか、はじめて会ったときから思ってたけどドジっ子なんだな。
可愛くてドジっ子かあ。うん、控えめに言って最高！
「で、でも、安心してください！ 成功すれば……成功しますから！」
真剣な眼差しでズイッと詰め寄ってくるリゼ。
そりゃそうだろ、とは思ったけど何だか言いにくい。
「そ、そもそもだけど、何で冒険者をやってるんだ？ 領主令嬢だったら、そんな危険なことに足を突っ込まなくてもいいだろ？」
あがり症だっていうんなら、なおさらだ。
「冒険者をやっているのは修行のようなものなんです。代々、モンターニュ家の長女は王宮に仕える宮廷魔術師になるというのがしきたりで、今はとある高名な魔術師の先生に師事しているのですが、実地訓練で冒険者ギルドの依頼を受けているんです」
「あ～、なるほど。実地訓練か」
つまり先生の授業の一環ってわけだ。
昨日、「ネズミの駆除と聞いてひとりで来た」なんて言ってたけど、訓練だったからあの護衛のヒゲ男の同行を断ったのか。
護衛を同行させるのは訓練にならないからだめだけど、お互いに協力し合うパーティなら構わないのだろう。
「だ、だめでしょうか？」
不安げにリゼが俺の顔を覗き込む。
「わたし、助けてくれたヒロタカ様に恩返しをしたいんです！ お願いします！ わたし……ヒロタカ様のためなら、何だってしますからっ！」
「ちょ、ちょっと落ち着いて」
グイグイ来るリゼを両手で制止する。
この子、大人しそうな見た目なのに、意外と押しが強いんだな。
というか、領主のご令嬢が何でもするなんて軽々しく口にしたらだめだろ。
俺がエロい男……じゃなくて、悪い男だったらどうするんだ。夜の街に売り飛ばされるかもしれないじゃないか。
まぁ、そんなこと絶対にやらないし、させないけどさ。
しかし、今の発言を聞く限り、むしろ承諾しなければならない気がしてきた。
俺が断ってしまったら、手当たり次第にパーティに声をかけそうだし。変なやつらに遭遇して、いいように利用されたら可哀想だ。
「わかった。じゃあ、パーティを組もう」
そう答えた瞬間、リゼの顔がパッと明るくなった。
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます！」
「ただし、何だってするとか、そういう発言はやめてくれ。パーティを組むってことは、対等……って立場が下の俺から言うのもアレだけど、お互いに命を預け合う仲間ってことだと思うからさ。多分」
「ヒ、ヒロタカ様……ありがとうございます」
またしても瞳を潤ませはじめるリゼ。何だかイジメて泣かせたような後ろめたさが去来してしまう。
フォローを入れようかと思ったけれど、これといってうまい言葉が出てこなかった。
これほど語彙力を鍛えておくべきだったと思ったことはない。
リゼが小さく鼻を鳴らしながら口を開く。
「ヒロタカ様って、わたしと同じくらいの年齢に見えるのに考え方がすごく大人ですよね。妙に落ち着いていますし、謝礼金もいらないって断っていましたし」
「え？ そ、そう？」
と、とぼける俺。
そりゃそうだ。だって中身は32歳のオッサンだもん。
「ま、まぁとにかく、これからよろしく頼むよ」
「はい、よろしくお願いします」
パーティ結成の証というわけではないけれど、リゼと固い握手を交わした。
「……あの～、ヒロタカさん？」
カウンターの向こうから声がした。
ローナがじっとどこか物欲しそうにこちらを見ていた。
「話がまとまったところで恐縮なんですけれど、ヒロタカさんとパーティを組むってことは、リゼ様もウチで依頼を受けるってことですよね？」
「そういうことになるな」
「そうなるとリゼ様は今所属されているギルドからウチのギルドへ移籍することになりますけど、大丈夫ですか？」
あ～、確かにそうなるな。ギルドで依頼を受けることができるのは、そのギルドに登録している冒険者だけだからな。
どうするかと視線をリゼに投げかけると、彼女は考えるまでもないと言いたげに即答した。
「もちろん移籍するつもりです。今ここで手続きをしてもよろしいですか？」
「よっしゃぁ、オラぁぁ！ リゼ様ゲットじゃあ！」
ローナが天高く拳を突き上げる。
よかったねローナ。でも、宣伝でリゼを使うなんてことは絶対にするなよ？ あと、リゼがびっくりして泣きそうになってるから、いきなり奇声を上げるな。
ローナに警戒しながら、リゼが尋ねてきた。
「で、では、手続きが終わり次第、さっそく依頼を受けましょうか？」
「依頼……あっ」
そこで俺はとある問題に直面していたことを思い出す。
「ど、どうしました？」
「いや……実はこれからドブさらいの依頼に行く予定なんだけど……」
「ド、ドブさらい？」
「そう。街の下水掃除」
「げ、げす……い」
さすがにそういう仕事をするとは想像していなかったのか、リゼの顔からさっと血の気が引いた。
しかし、彼女はすぐに小さく握りこぶしを作って深く頷く。
「……ヒロタカ様のためなら、頑張りますっ！」
「リ、リゼ……」
健気だなぁと涙が出そうになってしまった。
本当にごめんね、リゼちゃん。
こんないい子にドブさらいをさせるのは気が引けるけど、日銭を稼ぐためには仕方がないんだ！
恨むんなら、俺にお似合いだとぬかしてクソ依頼を押し付けてきた、天然ボケの適当猫娘を恨んでくれっ！
